魔法使いの適正条件

 「・・・今日も寒いな」


 夜も明けて外が明るくなってきた頃、アーシェラは目を覚ました。前の自分であれば、何も予定が無ければ昼まで二度寝を決めることも多かったが。


 今日も昼からユーリが授業を受けたいと申し出ていた。可能であれば毎日でも、と魔法の習熟に熱心な姿勢で。

 七賢者としての予定がある日を除けば、今のところ特別予定がある訳では無い。冬場は街中での事件が多くなる傾向にはあるため、警察機関をまとめる筋骨隆々な男――ブロウト卿などは忙しそうだったが、アーシェラの管轄ではない。


 「ふふ」


 思わずニヤケ顔になる。

 昨日はユーリの名前を知れた上に、魔法の授業のなかで色々と会話ができた。距離は少し縮まったとアーシェラは思っていた。そして、これから仲良くなってく機会が継続する。


 (この調子なら、人生初の友達ができるのもそう遠くないかな)


 そう思いながらいつものモーニングルーティンを開始する。その場で服を脱ぎ、浴場へ向かう。気分が良いせいか、アーシェラは小走りになっていた。


 浴室へたどり着くと、昨晩のうちに冷水となっていたお湯を魔法で元の温度に戻し、湯船につかると先日から浮かせたままの魔法道具を興味なさげに突く。


 「さて、今日はどんな話をしようかな」


 球体には小さな光が4つと、大きな光が1つ輝いていた。先日、一つ輝きが増えた事など、アーシェラには興味のないことだった。


◆ ◆ ◆


 アーシェラが黒板に文字を書く音が響く。ユーリは彼女の書く文字をノートに書き写す事に集中していた。文字情報だと意味がよくわからないため、書き終わったあとの口頭説明を聞き覚える事が重要だった。

 ユーリにとって、異世界文字による説明は語学勉強と魔法の勉強を一緒に行う事であり、脳をフル回転させる必要があった。


 今日はユーリの他にフランも参加している。昨日の帰り際にアーシェラに確認したら問題ないとのことだった。

 フランは元々回復の魔法が使えるが、応用を学ぶための講師を探しているとの相談を受けていたからだ。


 昨日の説明では、イメージできることは理論上何でも可能、訓練すればどんな場所からでも魔法は出せる、但し魔法を使うには魔力が必要である事がわかったが、ユーリは別の疑問が浮かんでいた。


 「それって見えない武器を持っているようなもので、とても危ないのではないですか?」

 「んー、まあ大前提として人間はお互いを基本的には傷つけない、っていう認識で世の中は成り立ってるからね」


 それは理解できるが、前提に武器を携帯しないという条件がある筈だ。しかし魔法という武器は常に携帯が可能。そういった状況でどうやって平穏を保てるのだろう。


 「それはね――、魔法には集中が必要だって言ったけど、例えば酩酊状態や混乱状態のような状態だと、集中ができなくて魔法は行使できないんだよ。逆に、ポジティブな精神状態であれば、効果や正確性なども向上するっていうのは周知の事実だね」


 (ああ、なるほど。メンタルが影響するって事か)


 衝動的だったり、寝ぼけたりして魔法を使う事はできない。テレビゲームでも状態異常だと魔法が使えない事も多い。あまり説明されるようなことはないが、そう考えると当然のことだった。確かに、魔法使いが怒りでパワーアップするようなことは少なく、逆に悟りの境地を開いてパワーアップするような事が多い気がする。そう思うと妙に腹落ちした。


 精神がポジティブな状態であれば魔法の力に良い影響が与えられる。

 それはステータスで考えると、マインドの値の高さだ。精神が成熟すれば、魔法の力も強くなるという事だとユーリは理解した。


 これからはボクの持論なんだけど、とアーシェラは話を続ける。


 「自分に自信を持つ事も魔力の行使には良い影響を与えると考えているんだ。自身の嫌いな部分を受け入れたり、好きになったりするのもいい。一応理屈はあるんだけど、具体的な検証が不足しててね」


 ということであれば、自身への好感度が高い方が良いという事だろうか。


 「ところで、魔法使いは女性の方が多いイメージはないかい?女性が男性よりも非力だから、戦士などより魔法職を選ぶことが多いのが一因ではあるけど、割合的には女性の方が強力な魔法が使える人が多いんだよね。それは何故か、わかるかい――」


 ゲームであれば、パーティーメンバーの男女比をバランス良くするためなどといったメタ的な事が考えられるが、ユーリ自身もあまり深く考えたことがなかった。確かにこの世界で出会った魔法使いはアーシェラやリサといった女性ばかりだが。


 「わかりません」


 ユーリの回答にアーシェラは人差し指を立て、

 

 「――それは化粧やオシャレ、美容だとボクは思ってる」


 ニヤリと笑った。

 

 予想外の答えにユーリは思わず目を丸くする。


 「え・・・えぇ?」

 「自分を好きか嫌いかに関わらず毎日自分を鏡で見つめ、化粧で自分を可愛く見せる事に意識を集中させている。魔法の行使には集中が必要だって話したよね。体重や体のラインとも向き合って、昨日と今日で発生したどれだけ小さな変化も見逃さない、自分自身への意識の集中・・・」


 確かに、男の時のの自分はそんな事はやっていないが、女性の多くがが日々そういった努力をしている事は知っている。

 なんとなく理解できない事もない。強大な魔法使いであるアーシェラは明らかにオシャレや美容を気にしているのがわかる。髪もサラサラである。


 「だけど、検証結果や証跡が少なくてね。他の七賢者も懐疑的で強力してくれる人も居ないしで、これはただのボクの持論って訳さ」


 確証はない。しかし化粧をしたりオシャレをすれば魔法に関係するステータスやスキルが向上する可能性がある。そして、その可能性のためにそれを実行するかどうか――。

 思案する。ユーリ自身が男性だった時、美容やオシャレに気をかけてはいなかった。それをする事によって、確実に良い結果――女性にモテる――が得られるという確証がなかったからだ。それにかかる時間も金も別の事に使っていた。


 「二人ともあまり化粧をしていないようだけど、興味はないのかい?」


 アーシェラの問いに、フランが先に声をあげる。


 「きょ、興味はあります。でも、わたし田舎育ちでよくわからなくって・・・それに可愛くないし――」


 ユーリはフランの答えに驚いた。田舎育ちはなんとなく解る気がしたが、自身を可愛くないと評した事だ。アイドル的な美人という感じではないが、穏やかで人当たりの良いその顔つきは、美人の部類に入るのではないだろうか。確かに髪の毛などは殆ど手を付けられておらず、野暮ったい印象をうけるが。


 「そんなことないよ。フランはとても可愛い子だとと思う」


 アーシェラの言葉に、フランは顔を赤らめて慌てていた。ユーリはその姿も可愛らしいと感じた。


 「ユーリはどうだい?」


 色々と考えたが、正直に答える。


 「正直、あまり意識したことがないですね。自分の見た目・・・美容やオシャレに興味を持ったことがなくて」

 「ふむ、まあ先ずは簡単なところからでも、始めてみてはどうかな?」


 それもいいだろう。特に損をするわけでもないし、折角女の子の身体になっているのだから。そういえば、この身体が他人である可能性がある事も思い出す。持ち主に返す事になったとき、肌や髪の毛がボロボロになっていては申し訳がない。


 (あ・・・)


 一つ思い出した。石鹸で髪を洗う事が少し気になっていたのだ。


 「石鹸じゃなくて、洗髪剤を使うようなところからでもいいんですか?」

 「・・・なんだ、ユーリも興味があるんじゃないか。連邦国ではまだ洗髪剤の流通は少ないのに――。でも、最初はそれで十分だよ、焦らずに少しずつ綺麗になっていけばいいんだから」


 満足げにアーシェラは頷き、なんでもボクに聞いてくれと胸を張る。

 よろしくお願いしますと目を輝かせるフランを横目に、ユーリはこれからの自分を思案した。女の子としての自分を想像すると照れくさいが、悪い体験ではないと考える。


 「二人ともとても可愛いからね。ボクから見れば、ユーリもフランもとても魔法使いに向いていると感じてるよ」


 アーシェラの歯に衣着せぬ言葉に、思わずユーリも顔を赤らめたのだった。

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