年齢
恰幅の女将の名前はテーティス、年齢は36歳。茶髪のスタイルの良い女性はフラン、年齢は18歳ということだった。女将の娘はラケシスといって現在9歳らしい。
女将は16歳の頃から1年間程度魔法学校に通っていたことがあるようで、炎の魔法が扱えるとの事だった。
フランはユーリと同じで魔法学校の在学生、一週間前からここで働いている。
テーティスが魔法学校の卒業生ということもあり、勤労学生の信頼できる労働先として目につくようだ。しかしハードな割には比較的賃金が安く、労働時間の長さからあまり人気がなく困っているという話だった。
(賃金や労働の過酷さだけで、職場の良し悪しは計れないんだけどな・・・)
ユーリはユーリ・アヤセと名乗り、17歳ということにしておいた。ファミリーネームを持つ理由は父方の先祖が貴族だった名残と説明した事は、実際に父方の先祖は武士だか武家だったと聞いた記憶があるので完全な嘘ではない。
面接においては、推薦状を見せた段階で即OKとの返事を返されたが、過去に居酒屋でバイトしたことがあったこと、給仕の経験があることと酒の名前はラベルで確認できることをアピールした。
従業員の住居については、女将のテーティスと娘が住む母屋に倉庫含めて数部屋開いており、他に住んでいるのは給仕のフランのみらしい。
「それなら、今後はフランも料理に入れるね。給仕がユーリひとりって訳にもいかないから、ちょっと大変になるかもしれないけど大丈夫かい?」
「はい。接客は少し苦手なので、その方がうれしいです。料理は得意ですし。それに、荒っぽい男性は少し・・・」
確かに年頃の娘では、冒険者のような荒っぽい男の相手をする事はストレスかもしれない。
ユーリは大丈夫かい?とテーティスに心配されたが、はっきりと大丈夫と答えた。
腕力に自信は無いが、流石に周りに多くの人がいる状況で危害を加えてくるような男は少ないだろう。ナンパやセクハラなどであれば適当に受け流せばいい。
「それじゃ、決まりだね」
「はい。急に無理をお願いしてごめんなさい。助かります」
いいよ。と女将は笑った。
「ところで、マカレルサンドってこちらで扱ってるんですか?美味しいと聞いたんですが」
「マカレル?」
「女将さん、たぶんサバサンドの事だと思います。他の国の言葉でマカレルって...」
首を傾げるテーティスだったが、代わりにフランが答えてくれた。
そういえばサバという意味の英語だったか。異世界の言語がどのように翻訳がされているのかは分からなかったが、国によって別の言語があるのかもしれない。
(そうなってくると、冒険者として様々な国を行き来するのは思ったよりも大変かもしれないなあ)
もしかしたら他の国の言語も翻訳して聞こえるようなものなのかも知れないが。
「サバサンドなら、うちの人気商品だよ。朝でも昼でも夜でも手軽に食べられるし、持ち帰りにも向いてるしね。港が近くて卸業者がここら辺に最初に回ってくるからね、量も少し多めに仕入いれてたら、いつの間にか人気メニューになったらしいよ」
「らしい、ですか?」
「ああ、うちの母親の代の時の話だからね。私はそれを受け継いだって感じかな。ユーリは街の誰からその話を聞いたんだい?」
「えっと、アーシェラ・・・ワイヤード様です。青い髪の、私と同じくらいの歳の女の子で」
ミドルネーム的な部分は何であったか覚えていなかった。
「アーシェラ、ワイヤード?って・・・ああ!あの偏屈ババアの事かい!」
「はい?」
最後の会話の印象から偏屈な部分はありそうだったが、ババアという印象はない。
いや、彼女はアーシェラの両親とアーシェラを間違えているのだろう。
「いえ、おばあさんではなくて、若い女の子ですよ。女将さんが言っているのは、先代とかそういう方なのでは」
「いやいや、アーシェラって言ったら偏屈ババアしかいないよ。それに、この国でワイヤードを名乗っているのはもう80年以上の間、偏屈ババアだけさ」
「――――」
アーシェラといい、テーティスといいこの街の人間は人をからかうのが好きなのだろうか?
そこでユーリはアーシェラがマカレルサンドについて話していた内容を思い出した。
『それなら、港近くの『渡り鳥』って酒場がおススメだよ。あそこのマカレルサンドは絶品でね。昔、一人娘がここに通っていた時に分けてもらったんだけど、その味が忘れられないくらいさ。ああ、今は女将をやっているのかな?』
昔、一人娘が昔通っていたという事だが、女将の娘は9歳という話だった。女将は36歳で、18歳の頃魔法学校に通っていたらしい。
つまり、18年前にアーシェラがサバサンドを分けてもらったのはテーティスからという事であり、アーシェラがその時子どもだったとしても20台中盤か後半以上になる筈だった。
(いや、ただ単に若作りなだけの可能性も・・・それくらいなら)
「アンタくらいの見た目だけど、もう100年の間あの姿のままって話だよ。私も最近みてないからなんともだけど、その頃も私らと同じくらいの年齢って感じだったしね。どんな魔法かわからないけどさ」
(100歳超え?うちの婆さん達よりおばあちゃんじゃないか・・・)
ユーリが呆けている間に、女将の娘――ラケシスというらしい――が帰宅してきた。フランが両手をバッと広げると、ラケシスがフランの胸に飛び込んでハグをした。
「あれ!朝のおねーちゃんだ!」
ラケシスの声はユーリは呆けたまま反応せず、彼女を含めた3人は不思議そうに首を傾げた。
(アーシェラ様じゃなくて、アーシェラおばあちゃんって呼んだ方がよかった?)
ユーリは今日一日で、この世界はよく知っている異世界よりも落ち着いているという印象を受けていた。優しい人々、誠実な政治、凶悪なモンスターや冒険者に出会うようなこともない。
そのなかに発生したユーリ自身という異質な存在。元男の美少女で、異世界転生をした少女という特異点。そういう状況だと思っていた。
それは実際間違いではないのだが、
アーシェラ。彼女は、美少女で、ボクっ娘で、かなりの実力の魔法使いで、上級貴族の家長で、七賢者という立場で、100歳を超える見た目は女子高生くらいの少女だという。
(属性盛られすぎだろ・・・)
いや、まだ他にも属性を隠している可能性もある。
ユーリとアーシェラが出会って会話をした時間は数十分程度でしかなかない。それでも、ユーリが異世界転生してから最も衝撃的なイベントは街のことでも冒険者や魔法の事でもなく、アーシェラとの出会いに間違いはなかった。
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