第46話 精霊の力

夜会が始まると予想通り、父様に女性たちが殺到する。

だが、不思議とそばには寄れないみたいで、父様の周りには隙間が見えた。


父様を囲んでいる女性たちは、どうにかして父様に近づこうとしている。

だけど、精霊が弾いているようでふれることはできない。

父様は冷たい表情のまま応対している。これなら大丈夫そう。


そこにすごい勢いで近づいていく親子がいた。

つやのある黒い髪に胸がこぼれ落ちそうな赤いドレス……見たことがある。


「ルシアン様、あれって」


「ああ、やはり来たな」


ルシアン様の母親イヴェット様と異父妹レジーヌ様だ。

突進するように父様の元に向かうと、にっこりと笑った。


「あなたが新しい公爵?

 初めて会うけれど、本当にロベールの弟なの?

 弟がいるなんて聞いてないわよ」


「ああ、お前は兄上に捨てられた妻か」


「は?」


「金遣いが荒くて浮気三昧だったから、追い出されたんだよな

 違うのか?イヴェット・ゴダイル」


「呼び捨てにしないでよ!生意気だわ!

 義弟なら、姉を敬いなさい!」


義弟……それは結婚していた時はそうだったんだろうけど、

一度も会ったことがない上に別れちゃっているんだから関係ないと思う。

父様も同じなのか、イヴェット様を鼻で笑う。


「ルシアンの母だろうが、俺には関係ない。

 もうジラール公爵家とも縁は切れているんだからな。

 話す気はないから、さっさとどこかに行ってくれ」


「今まで平民として暮らしていた男が、当主なんでできるわけないでしょう!

 早くルシアンに代替わりしなさい!

 ついでにあの女が娘だって言うなら、一緒に出ていきなさいよ!」


「あの女?ニネットのことを言っているのか?」


「ええそうよ。ルシアンの婚約者は私が選び直すわ!

 もう好き勝手させないんだから!」


「うるさいな。消えろよ」


父様の目つきが変わったと思ったら、精霊があちこちから集まりだす。

イヴェット様とレジーヌ様を精霊たちが引っ張り、身体が浮く。


「ええ!?なに!」


「きゃあ!お母様、身体が浮くわ!助けて!」


「どうなっているの!誰か助けなさい!」


助けを求められても誰も手が届かない。身体は天井まで上がっていく。

ついには天井にべったり張り付いた状態になっている。

精霊が二人にまとわりついて、天井に押しつけているらしい。


かなり高いのか、二人の顔は恐怖で歪んで声も出せない。


……精霊がこんな風に人に攻撃するなんて見たことない。

いや、これは持ち上げているだけだから攻撃しているわけではない?


「公爵!何が起きているんだ!?」


騒ぎに気がついた国王が近づいてくる。

そこに、イヴェット様とレジーヌ様が急降下してくる。

人が降ってくることに驚いた国王は悲鳴をあげて座り込む。


「うわぁ!」


陛下の目の前、二人の身体は床にぶつかる前にぴたりと止まる。

良かった……あの高さから落ちたら怪我だけでは済まないかも。


かなりの高さから急に降ろされた二人は気を失ったようで、

ぐったりしたまま倒れている。

父様はそれには構わずに、辺りを見渡しながら人を呼んだ。


「おい、ゴダイル伯爵はどこにいる!」


「……はい!ここです!」


イヴェット様の夫であるゴダイル伯爵は、違う女性と一緒にいたようだ。

慌てて父様の前に駆けてくる。


「ゴダイル伯爵はこの女の面倒を見る約束で、

 マラブル侯爵家から経済支援を受けているはずだな?

 野放しにしないできちんと管理しろ」


「は、はい!申し訳ありません!」


「見苦しいから早く連れ出してくれ」


「すぐに!」


騎士たちも手伝って、倒れている二人を外に連れ出していく。

ようやく我に返った国王が父様に今のは何だと叫ぶ。


「今のは精霊たちですよ。力を貸してくれたんです。

 私がうるさいから消えろと言ったからでしょう」


「あれが精霊の力!なんて素晴らしいんだ!

 公爵がいれば、この国はますます栄えるだろう!

 皆の者!、祝杯をあげよう!」


うおおおおと貴族たちが喜ぶ声が響く。

精霊の数が少なくなって、大規模な精霊術が使えなくなった。

そんな中で父様の力は頼もしく見えたのだろう。


大騒ぎの中戻ってきた父様はうんざりした顔をしている。

国王の相手はせずに放ってきたようだが、

大喜びしている国王はそれでもかまわないらしい。

ご機嫌で乾杯を続けている。


「踊ったら帰ろう」


「ええ」


お披露目ということもあり、父様は踊る必要がある。

母様がいないので、相手は私。


まずは父様と一曲、そしてルシアン様と一曲。

これで帰れると思ったら、手を差し出された。


「え?」


「相手をしてもらおうか」


「……アンドレ様?」


にやりと笑って手を差し出しているのは王太子アンドレ様だった。

前回の夜会で私には興味なさそうだったのに、どうして。


断りたいけれど、断る理由がない。

ルシアン様も同じように思ったのか、渋い顔をしながらも軽くうなずく。


仕方なくアンドレ様の手を取って、踊り始める。


「この前は見れなかったが、本当に精霊の愛し子だったのだな」


「……はい」

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