七品目 変なのが来た

 こんにちは。私はエミリア・ベーカー。引く手数多の十四歳。見習い調術師です。基礎調合剤からのエン麦粉調合依頼達成のご褒美として、今日は憧れの調術師アマリさんとともにクッキーを作ります。

「クッキー? なんでクッキー?」

 王宮内の調術研究所にご案内していただきました。豪華絢爛な装飾に彩られた長い回廊を抜け、機能的で清潔感が有りながらも沢山の書籍と物品が収納された棚の並ぶ部屋へ。

 ここへ来てももなお、アマリさんは大変混乱されていらっしゃいます。どうしてそんなに。

「パンじゃなくて良いの?」

「私エン麦粉を使った食品はなんでも好きですよ。それにもうすぐ春の感謝祭じゃないですか」

 ブライグランド王国では、春夏秋冬それぞれの季節に精霊感謝祭があります。春の感謝祭は比較的小規模なものですが、感謝祭の日に好きな人にクッキーを贈るという文化があるのです。

「え? エマは誰かあげたい人がいるの?」

「アマリさんとジーン先生ですよ」

「君本当にそういうところ可愛いな……」

 由来としては恋愛の告白や婚約の申し出の意味があったそうですが、昨今では恩人や友人に贈ることも多くなっています。そんなわけで。

「祭りの出店でも販売します。うちの調術所の経営予算増やしたいので」

「意外とそういうところしっかりしてるね」

 さて、それでは早速調術と参りましょう。


 今日はアマリさんの許可のもと王宮調術研究所の備品素材を自由に使わせてもらうことが出来ます。色とりどりの素材の数々に、どこぞの師匠ほどではないですがついついはしゃいでしまいます。

「珍しい素材ばかり……! ジーン先生が来たら大喜び間違いなしですよ。じっくり調べて最後に全部分解したがりそう」

「だから彼は出禁だよ」

 植物素材系の棚に並べられた瓶の中から、気になったひとつを手に取ります。小さな赤い果実が実る蔓状の植物。

「この素材にはどんな効果があるんですか?」

「それはルベラ苺。食べた人を混乱させる効果があるから、今回のクッキーには向かないんじゃないかな」

「味はどうですか?」

「甘酸っぱくて美味しいよ」

 一口味見をさせていただきました。瑞々しくほのかな酸味に後からくる甘みがたまりません。無限にいける。

「採用です」

「混乱を解きなさい。ほら、蜜砂糖を舐めて」

 甘みで舌が蕩けるような蜜砂糖には、混乱回復効果があるそうです。こちらと併せて採用すれば、混乱を相殺出来ますね。

 次に魔物討伐素材系の棚にあった卵を手に取ります。巨大な鳥類の卵とお見受けしますが、果たして。

「グリフォンの卵。強い体力回復の効果があるよ。味は鶏卵に近いかな」

 次に調合中間素材系の棚に向かいました。調合中間素材とは、調術によって作られた調合材料のことを指します。さまざまな薬の素となる万能薬液や、各種調合金属などがこれらに該当します。冷蔵保存器の中にあった、紙に包まれたバターを手に取りました。

「よく見つけたねそんなの。強化バター。不眠付与効果があって、身体ステータスを少し向上させてもくれる。戦闘補助アイテム作り以外で使うにはいまいちなんじゃないかな。味は濃厚」

 最後に魔道具の棚へ。調術では完成した魔道具をさらに調合の材料にすることも出来ます。甘い香りのする謎の液体の入った薬瓶を手に取りました。

「それは何だろう。ここの職員の誰かが作った魔道具だけど、説明は書いてないのかな」

「自白剤と書いてあります」

「何作ってんのうちの職員」

 今回の調術には関係がなさそうだと棚に戻そうとしましたが、その甘い香りが妙に癖になりました。えいやと一口舐めると、その味は。

「に、苦い!」

「好奇心旺盛がすぎる」

 さて、例え毒であったとしても、この場に毒消し効果のある素材はたくさんあるので問題なしです。果たして効果は。

「神が与えたもうた奇跡の素材エン麦粉から作られる数々の品々のうち、クッキーは嗜好品部門最高峰と言えます! サクサクもしくはしっとりのクッキーが王道だと分かっているのですが、実は私は、邪道と分かりつつもモサモサとした食感で口の中の水分を奪うような素朴なクッキーが好きなんです!」

「何の告白?」

 なんということでしょう、心の奥に秘めていた本音がうっかり口から漏れてしまうではありませんか。すごい効果です。

「この薬品も入れたいです。バニラエッセンスみたい」

「無視して良い効果なのそれは」

「愛の告白を促すクッキーとして売れたりしませんね? この甘い匂いめっちゃ大好き絶対使いたい」

「自白してる」


 さあ、調合です。

 材料を調術鍋に入れ、たっぷりの調術液と魔力調整剤を加え煮込みます。

「ナハアク ノクイ ニコソノ」

「スンウッソ ダイカ」

 出来上がりです。素材の数は少ないもののそのどれもが最高品質の一級品です。

「うっかり溢れる大好きの気持ち! 要らんことまでダダ漏れに! 告白クッキー!」

 ほかほかのクッキーができあがりました。

「さて、試食しましょうか」

「今の口上を無視しろと?」

 そう言いつつもアマリさんは私とともに数秒の躊躇ののちクッキーを口に入れました。芳醇なバターと甘いエッセンスの香り、口内の水分を奪う食感を楽しんでいると、上品な甘さが舌に広がります。大成功です。

「クッキーも好きだけどやっぱりパンも好き! このごろフワフワの柔らかい白パンが流行りですが、私としてはグルテンの少ない固焼きバケットの魅力を全人類に布教していきたいと考えています!」

「ドラゴンって超かっこいいよね! あの鱗、翼、牙、爪、全てが胸を熱くするよね! いつか死ぬ時は絶対ドラゴンの炎に焼かれて死にたい!」

 味の感想を述べようと口を開くと、胸の内に秘めた野望を口走ってしまいました。アマリさんのは何の告白なんです?

「すごいね、なんだこれ、本当に勝手に口が動く」

「なにやら開示されなくて良い情報が開示されてしまいましたね」

「あ、普通に喋れる。効果時間短いのかな」

「ではおかわりを」

「この流れでいく?」


 トン


 次のクッキーに手をつけようとしたところで、背後から誰かに肩を叩かれました。振り返ると、そこには年頃の近そうな男の子が立っていました。

「お取り込み中失礼。エミリア・ベーカーで合ってる?」

 突然のフルネーム呼びに狼狽えます。

 関係ないですが、なかなか整ったお顔立ちの男の子です。赤髪の長髪に紫色の瞳。すでに私よりも背が高いですが、まだまだ伸びそうな成長途中の身体に、かっちりとした王宮騎士の制服を着込んでいます。誰。

「ああ、ジャスくん、紹介するね。この子がエマ。ブレストフォード西調術所の調術師だよ」

 ぽかんとしていると、アマリさんが間に入ってくれました。どうやら、こちらのジャスくんとやら、アマリさんの同僚のよう。すなわち王宮冒険者ギルド職員の方。アマリさんが私のことをお話ししているようです。

「やっぱり? マジやべえ!」

「マジやべえ?」

 聞き慣れない口調に驚き、思わず復唱してしまいました。こうして出会わなければおそらく一生縁のなさそうな類の方です。

「エマ、こちらはジャスパー・ラッセル。最近王宮冒険者ギルドに入った期待の新人騎士。君たちの話をしたら是非護衛がしたいと話していてね」

 え、何故、と思っていたら、ひそりとアマリさんに耳打ちされます。

「……ちょっと問題がある子なんだけど、腕は確かだから」

 さしてフォローになっていません。わざわざ私やジーン先生の護衛をしたいだなんて、そりゃあもう変人なのでしょう。

 警戒の念を込めて爪先から頭の先まで観察していると、目が合って揶揄うようににやりと笑われました。苦手なタイプかも。

「あ、それ、噂の食べる魔道具?」

 などと考えていると、目ざとくクッキーを見つけられます。あまりに自然に手に取ったため、止めるのが遅くなりました。

「あ、ちょ、危ないですから! 食べちゃダメですよ!」

「実験台? なるなる!」

「あ」

 あっという間にパクリと口腔内へ。何ですかこの人、全然人の話聞かない。なんて怒っている場合ではありません。ただでさえ口の軽そうなこの騎士様にうっかり国家機密でも語られたらどうするんですか。すぐに解毒を──

「うっひょー! 良い目! 軽蔑され罵倒され虐げられ苦境に追いやられたい! 強い相手と戦う時ってわくわくすんじゃん? ぎりぎりの戦いの時ほど興奮すんじゃんね! それが楽しすぎて魔法なしの剣のみで戦ってたら魔力のない穢れた血と見做されて隣国を追放されちった! そしたらこの国に拾われてまた戦えて、俺、今最高に幸せ! とりまよろ!」

 間に合いませんでした。本日三人目の犠牲者が発生しました。うっかり国境を越えた秘密を語られました。

「護衛の話、丁重にお断りして良いですか?」

 何やら嵐のような人を紹介されてしまったので無かったことにしたいものです。

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