三品目 穏やか眼鏡イケメンヒロインです 後編
こんにちは。私はエミリア・ベーカー。乙女盛りの十四歳。見習い調術師です。パン以外の魔法薬を作るべく、王宮冒険者ギルド所属の憧れの調術師、アマリさんのもとを訪ねました。
アマリさんは、受付ではなんだからと応接室に通してくれて、お茶まで淹れてくださいました。素敵すぎる。
「さて、なんの御用かな?」
「うちで働きましょうよ」
「さっき断った」
本題をいったん脇に置いてアタックします。当たれる時に当たって砕けるです。
「そう言わず。ジーン先生も内心喜びますから」
「……そうだね。ジーンくんが居るから行かない」
突然アマリさんの目が死にました。おすすめポイントのつもりがマイナスポイントとなってしまったようです。ええと、何があったの?
「あ、ごめんごめん。彼とはちょっと一悶着あってね」
何があったかは敢えて聞きません。
聡明さを象徴する黒縁の眼鏡を持ち上げ、咳払いをしてにこりと笑えば、いつものアマリさんに戻ります。儚げな少年のような雰囲気を纏いながら、意外に人当たりが良く天然で人懐っこい笑顔。それでいて時折集中して周りが見えなくなってしまう、研究者お兄さん浪漫の塊です。
まあ女性なんですが。
「でも、そうだな。たまにの日雇いなら良いよ。一応冒険者の端くれだからね」
洒落た提案をされます。素敵。袖から伸びる細い手首も魅惑的です。素敵。
「依頼の詳細をどうぞ、可愛いお客様」
初めこそ男性と勘違いしていたため衝撃を受けましたが、今ではそれがまた良いという境地に至りました。
「はい! 何かと口実をつけて会いに来ました!」
「そろそろ真面目にね、可愛い見習いさん」
握手のために伸ばされた手でぐりぐりと頭を撫でられます。子供扱いされて甘やかされている。このために来たと言っても過言ではありません。
さてさて、アマリさんを連れ、ブレストフォード西調術所に戻ります。
「かくかくしかじかもっちりパンです」
「各々がどこまでも自由だね、君たち」
バキャ
道中、先払いの報酬として渡したオリハルコンパンに齧り付き、即座に試食を断念したアマリさんは、ふむと口元に手を当てました。その仕草も様になります。か細い指の一本一本がお美しい。
「それじゃあ、エン麦とワイトライスに共通して含まれているエレメントを挙げてみよう」
あ、調術所に辿り着きましたので、そろそろ真面目にやります。
「ええと、固きエレメント、水のエレメント、空のエレメント、塞ぐエレメント、炎のエレメント……」
エレメントとは、物質を構成する最小の単位です。素材に含まれる様々なエレメントを取り出し、組み合わせ、新たに調和をとり魔道具を生み出す。それが調術です。
「うんうん。良いね。それぞれのエレメントをイメージして。それから?」
アマリさんがワイトライスを調術鍋に入れました。
ワイトライスの奥にあるエレメントたちは、他のどのような新しいエレメントとの結びつきを求めているでしょうか。どんな魔道具に生まれ変わりたがっているでしょうか。材料の声に耳を傾けてこそ、一流の調術師です。
「それから、塞ぐエレメント、炎のエレメント」
「大正解。よく勉強しているね。それじゃあ、完成した魔道具にはどんな効果を持たせたい?」
「そうですね、魔法効果アップの力を持たせたいです」
「なるほど。ワイトライスを使うとどんな効果が期待できるかな」
「水属性の魔法の効果アップが期待できます」
「うん、良いね。あとはイメージの問題だ。完成品を想像して」
黄金卵を追加します。状態異常からの回復効果が期待できます。体力回復効果のあるミルクケンタウロミルクも追加。
「それじゃあ、調合だね」
「はい!」
ぐるりぐるりと調術鍋をかき混ぜます。
「キルンイ デケイ ラシン ジャン ヤスパハ スンウッソ ダイカ!」
さあ、どんな魔道具との出会いが待っているのでしょうか。
「水魔法攻撃威力アップ! ワイトライス粉パン!」
……あれ?
ほぼほぼ上手くいっていたのですが、唯一、完成魔道具のイメージが暴走していたようです。
「……なんかごめんね?」
謝られました。
アマリさんは何も悪くありません。いや本当に。パンという食物が魅力的すぎるのが悪い。
「やっぱりうちで働きましょうよ」
「この結果に対する感想それ?」
出来上がったライス粉抹茶アンパンを頬張ります。ふわりと香る上品な抹茶の味に、舌触りの良い餡子がよく合います。そしてパン生地の不思議な素朴さがそれをとてもよく引き立てています。
最後の一口をごくりと飲み込んだその時、うーんと考え込んでいたアマリさんの様子がふっと変わります。
「そうだな……。じゃあ、報酬に、賢者の石をくれたら良いよ」
「え」
油断をしていたところに、とんでもない提案がなされました。
「賢者の……石……?」
それは、調術鍋に入れたすべての素材を望む物に変えられるという、伝説の触媒。すべての調術師がその調術を目指し、未だに誰にも成し遂げられていない、伝説の魔道具です。そんなものがここにあるわけもなく、けれど──
「最近の君の成長ぶりには目を見張るものがある。だから、ね」
アマリさんの目は真剣そのものでした。
ぽんと頭に置かれた手のひらに、いつもと違う重みがあります。
「もし君が私よりも先に賢者の石を作ることができたら……、良いよ、君の後輩になろう」
恐ろしく、けれど、間違いなく、温かく、熱い、期待。その重みを、しかと受け止めました。
「……分かりました」
真っ直ぐにアマリさんの目を見ます。
「私、いつか必ず作ってみせますから。賢者の石──もとい賢者のパンを」
「もとい賢者のパンを!?」
穏やかな私の調術師ライフに、新たな風が吹き始める予感です。
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