炭水化物の調術師 〜パンが好きすぎる見習い錬金術師と愉快な仲間たちの暴走スローライフ〜

しろしまそら

自由に調合、ときどき冒険

一品目 ほかほかキュートな看板娘です

 こんにちは。私はエミリア・ベーカー。夢いっぱいの十四歳。ブライグランド王国の王都ブレストフォードの西のはずれの調術所で働いている、見習い調術師です。

 ご存知の通り、調術師とは、様々な素材に魔力を加えて専用の鍋で煮込み魔道具を作る魔法使いのことです。

「ぐっつぐつ〜っと。よしっ」

 鍋の中では素材がエレメントに分解されます。この段階まできたら一旦火を止めて鍋に蓋をし、杖で蓋を三度叩きます。

「ヨイシイ シンク パオ」

 呪文を唱えるとバラバラのエレメントが再構築されます。こうして新たな力を持つ魔道具が生まれるのです。

「スンウッソ ダイカ」

 仕上げに火と風の魔力を加えて、煮込みに使った水分を飛ばして作業終了。

「やった! 成功!」

 蓋を開ければ、なんということでしょう、出来立てほやほやの新作魔道具がばっちり完成しているではありませんか。

 早く誰かに見せたくて仕方がありません。ちょうど良いところに、私の調術の師匠であるジーン先生がやって来ました。

「おはようございます! 見てください、ジーン先生!」

「朝から熱心だな、エミリア」

 自信作を腕に抱え駆け足でジーン先生を捕まえます。

 ああ、早く感想が聞きたい。

「ほっかほかのパンが出来ました!」

「オーブンでやれ」

 心ない正論で一蹴されました。とても出来が良いのに残念です。


「でもこのパン、シンプルだからこそ素材の甘みが引き出されていて、口どけも柔らかなんですよ?」

「要するにただの食パンだろ」

 つれない返事をされてしまいます。

 ジーン先生は若き天才調術師です。ご年齢は私より四つ歳上の十八歳。少々浪漫に関心がない男性で、あまり表情筋が仕事をしないタイプのお兄さんです。私の世紀の大成功をこれっぼっちも分かってくれません。

「口・ど・け・も・柔・ら・か・な・ん・で・す・よ・?・?・」

「んぐっ!?」

 フカフカパンの端をちぎってジーン先生の口に捩じ込みます。しっかりとした咀嚼からの嚥下を確認します。その瞬間の無表情の僅かな綻びを私は見逃しませんでした。

「ほら、やっぱり大成功じゃないですか」

「……たしかに味は。じゃない、そういう話じゃない。仕事道具を遊びに使うなと言ってる」

「遊びではありません! これだって立派な魔道具です!」

「魔道具としての効果は?」

「とっても美味しい! 食べるとハッピーになります!」

「要するにただの食パンじゃねえか」

 反論の余地もなく正当に主張が却下されました。

「でもでも、これからの時代、『ただただ美味しい! 魔法で作ったただのパン』みたいな商品が一周回って調術界隈のトレンドになったりしませんか?」

「しない」

「むう……」

「いいから食べたら仕事するぞ」

「はあい」

 結論ありきの問答をしながら休憩室の食卓に運んだパンを薄く切り、一枚を有無を言わさず先生の皿に、一枚を自分の皿に載せます。ジーン先生は来るもの拒まずハムとチーズを乗せて召し上がっていますが、私は今日のところは何も手を加えずに頂きます。

 とろけるような柔らかさ。もっちりとミルキーな瑞々しさ。優しく香るバターの余韻。

 うん、やっぱり美味しい。大成功。明日は軽く表面を焼いて苺のジャムを塗って食べることにしましょう。


 さて、どうしましょう。

 朝食を終え、素材採取に出かけたジーン先生を見送り、再び調術鍋の前へ。

「魔法薬……ハイパーポーションならレシピ通りに作れるようになったけど……」

 見習い調術師はすでにレシピの確立された有名な魔道具をその通りに作るのがもっぱらの仕事。しかし、新たなレシピを自ら作り出してこそ真の調術師。依頼の少ないこの時期は新作の魔道具作りに励んでいます。

「そうだ、あれを使ってみましょう」

 冒険者のお客さんから貰った『妖精の花粉』と呼ばれる虹色の粉を薬箪笥から取り出します。これは妖精の周りにふわふわと浮いている粉を集めた物で、煎じて飲むと魔力を回復させる作用があります。

「でもこれ、すごく苦いからなあ……」

 甘さと回復力増加を期待し、ユグドラシルモドキの樹液と合わせることにしました。

 ユグドラシルは世界を作り出し支えるという伝説がある樹木で、その樹液は死者をも蘇らせるとか。

 似て非なるユグドラシルモドキの樹液は甘くて舐めるとちょっと元気が出ます。風邪薬によく入ってる。

「それから、これと……」

 ベースを水ではなくミルクケンタウロミルクにすることで、飲みやすさと体力回復効果を付与。ついでに黄金卵を加えて状態異常からの回復効果を狙います。

 調術鍋に煮込みのための調術液をたっぷり入れ、続いてこれらの材料を投入。

 調術液は仕上げの際の呪文で全て回収されるので、その他の材料の量によって完成品の量が決まります。

 今回はカップ一杯分ほどの回復薬が出来ることでしょう。

「色々欲張りすぎましたかね。成功率を上げる素材も入れれば良かったかも」

 多くの素材を使えば使うほど、魔道具の効果が多ければ多いほど、調術の難易度は上がり、成功率は下がります。

 見習いである私は、難しい魔道具を作る際には成功率を上げてくれるお助け素材に頼りがちです。

「んー、でも……」

 しかし、その定番である易化効果剤のお味は筆舌し難い残念なものなのです。

「あ、あれなら! 液体に拘ることもないし」

 調合成功率を上げる効果のある、エン麦粉を投入します。易化効果剤よりは効果が劣りますが、今の私の技術ならなんとかいけるはず。

 こういうちょっとした思い付きも大切にしていきたいものです。

 仕上げに魔力調整剤を加えたら、あとは煮込んで呪文を唱えます。

「フーオシェイ マアリイク テアイタム」

 最後に調術液を取り除く魔法も忘れずに。

「スンウッソ ダイカ!」

 蓋を開けるとそこには……

「甘くて美味しいフェアリータイム! 魔力体力同時回復! フェアリー粉蒸しパン!」

 魔法使いらしさ抜群の魔法薬が完成していました。

「……あら?」

 さて、次の新作にいきましょう。


 防御力を上げる効果のあるプロメテイオンと攻撃力を上げる効果のあるバーベナ、二種の植物の粉を使って、戦闘にお役立ちの魔法薬を作ることにします。

 これら二種の植物は地下茎が芋になっており、茹でて粉末状にしたものを乾燥させて薬の素材に使います。

 さらに、ミルクケンタウロミルク、黄金卵、エン麦粉、魔力調整剤を投入。

 あとは、同じパターンでいきましょう。

「ラスマンッド ナパヲタゴ ワーアモル」

 そして出来上がったものがこちらになります。

「ナイスバルク! 仕上がってるよ! 攻撃&防御力上昇! マッスルベーグル!」

 素晴らしいですね。

「ふむぅ……?」

 これまた実際の戦闘を想定した魔法使いらしさ抜群の魔法薬です。


 さあさあ、気分がノってきたのでもう一品。

 アダマント銅、ミスリル錫、賢者の欠片、ミルクケンタウロミルク、黄金卵、エン麦粉、魔力調整剤を調術鍋に投入。

「トチケカ シガガイ マコルッガ ハナクトツ」

 途中省略しましたが完成です。

「最硬の輝きを食べられるものなら食べてみな! 伝説の合金オリハルコンパン!」

 美しい。

「大変美しい……」

 これはもはや芸術の域です。


 もう、些細なことを考えるのはやめましょう。


 気がつけばすっかりと夕暮れ時。

 これらの素晴らしい新作をお披露目した際のジーン先生の反応は以下の通りです。

「春だからってパン祭りを始めるな」

「えへへぇ」

「褒めてな……え、ちょ、オリハルコン!?!?」

 概ね予想通りのリアクションです。

「あのー、やっぱり、商品化はできませんかね?」

「……」

 出来の良い新作魔道具は、調術所の調合可能魔道具リストに加えたり、祭りの際に出店で販売したり、魔道具雑貨店に販売を委託したりなど、多くの人の手に行き渡るようになります。逆に出来の残念な魔道具は、言わずもがな、お蔵入りになります。

「魔法薬としての効果があるのなら、魔法薬か」

 いつの間にやら妖精粉蒸しパンを試食していたジーン先生は、ふむと頷きました。

「とりあえず、次の出店で出すか」

「やったぁ!」

 はしゃぐ私をよそに、淡々とフェアリー粉蒸しパンを食べ切ったジーン先生でしたが、すぐに次のパンを手に取りました。どうやらお気に召しましたようで。


 バキャ


 数秒後、ハイドロキシアパタイトとオリハルコンの衝突が織りなす摩訶不思議な和音が響いたのは、まあ、ご愛嬌ということで。

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