第2話. 君の手となり足となる
「あっ……起きた? どう? 動くでしょ」
頭に声が響く。スッとした綺麗な声だ。
「君はさっきの女の人……。何で俺は動けてるの? 俺の体は中からボロボロになっていて、動けるようになるはずがなかった。俺の四肢はもうただの物になってるのに……」
レクロマは左手の指が動く実感を、生きている実感を感じながら剣を眺めている。
「君は魔力量は十分に高い。でも人間の魔力は体の中で塊状にまとまっているだけ。それを私の魔力と同調させて変質させれば、魔力の力はさらに増す。身体を動かすくらい簡単だよ。私を握っていないと動けないけどね」
「ありがとう……まさか本当に動けるようになるなんて……。これで俺はセルナスト王に復讐できる。でも、君を持ってなければ動けないんだよね」
「いいよ。君に付いて行けばきっと面白い。どこまでだって付いていくよ」
「何でそこまで」
「これは私のため、あなたに興味を持ったから。それに、君は悪い人には見えないしね」
「君は……何者.....なん……だ……」
あれ、なんだ。力が、入らない。
脚の力が抜けてベッドにもたれ掛かってしまった。
「私は一回人間になるね。そうなったら君は動けなくなっちゃうけど、今はいいよね」
女性は一瞬の光を放って人間に戻り、レクロマを抱き抱えてベッドに寝かせた。
「動くのは二年振りなんでしょ。それじゃ筋肉は衰えてるし、体力もなくなってる、一日一食じゃ栄養も不十分だよ。それに身体を動かす時には君の魔力を大量に消費しているから、君の魔力量が多いと言っても尽きてしまうかもしれない。動き続けることはできない。ちょっと待っててね。どっかから食べ物を持って来るから」
女性は物置の扉に手をかけて外に出て行こうとした。
「待って。行かないで」
「どうしたの?」
アングレディシアはベッドの近くにしゃがみこんだ。なんだか優しい良い匂いがする気がする。レクロマの目から不意に涙が溢れ出る。
「大丈夫? どこかおかしいところがあるの? 魔力を操作したせいで身体に違和感があるとか」
「違うよ。俺に話しかけてくれて、こうやって心配してくれる。それだけで何だかとても懐かしくて温かい気持ちになる。でも、離れたらもう二度と会えなくなるんじゃないかって思うんだ」
「大丈夫、あなたが望むなら一緒に居てあげるよ」
「ありがとう……ありがとう……」
「ほらほら、もう泣き止んでよ」
「うぁ……ぁぁ……」
頭を撫でられるとさらに涙が出て止まらなくなってしまった。この人なら心にぽっかりと空いた穴を埋めてくれるような気がした。
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しばらくすると、やっと涙は止まった。
「あなたは何者なんですか? なんで剣になれるんですか? それに最初に言っていた
「そんなに焦って聞かなくてもちゃんと全部話すよ」
女性はベッドに座り直した。
「じゃあ改めて、私の名前はアングレディシア。聖剣って呼ばれてたこともあるかな」
「聖剣? それじゃ、剣になれる人間じゃなくて人間になれる剣ってことなの?」
「正しくはそうなんだけど人の姿をとれるようになってからは基本人間の姿で過ごしてるから剣になれる人間なのかもしれないね。剣の姿では思考こそあっても目は見えないし触覚も聴覚もない。魔力と感情を感じることくらいしかできない。人間でいる方がよっぽど楽しいからね」
「あの……シアって呼んでもいいかな。それか、ちゃんとアングレディシアって呼んだ方がいい?」
「シアって呼んで。アングレディシアなんて物に付けられた記号的な名前よりも、人間の私に付けてくれた生きてる名前の方がずっと良い」
シアは嬉しそうに脚をばたつかせた。さっきは大人のように堂々としていたのに今は子供のように喜んでいる。
「私は何百年も前に聖剣として作り出されてから一流の魔剣士に使われ続けてずっと強い感情と魔力にさらされてきた。そのせいで少しずつ人格が形成されて人間の姿になれるようになった」
「何百年も前から──」
「私は18歳だよ」
「わかって──」
「18歳なの」
シアの言葉には何も言わせようとしない圧倒的な圧力があった。
「分かってる。そんな無神経なこと言うつもりはないよ」
シアは一拍、息をついてから話を続けた。
「そして、感情が色として見えるようになった。幸せや歓喜の感情は黄色、信頼は青色、苦しみや悲しみの感情は緑色、愛情は桃色、怒りや憎しみは赤色、殺意や悪意は黒色って感じにね」
感情が、見えるなんて。それじゃあシアの前じゃ嘘なんてつけないな。
「セルナスト王家の持ち物となってからは辛かったよ。嫉妬や裏切り、見下しの紫色の感情ばかり。聖剣って称号もあって誰もが私を打算的な目で見て利用しようとしてくる。それが気持ち悪くて逃げてきた」
「俺も、シアを利用しようとしてるってことになるのかな」
「あなたはいいの。それは私の厚意によるものだから。他人の厚意には素直に従っておきなさい」
さっぱりとした言い方だが、シアの優しさが伝わってくる。とてもありがたい。
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