第11話 怒り
10年前、王都スラム街。
「待てこのガキ!!!!」
「………ッ!」
白髪の少女が人さらいから逃げている。
少女が身なりのいいドレスを身につけていること以外は、もはやありふれた光景だった。
肉一欠片を巡って殺し合いが起こるような、どこもかしこも貧しさに溢れていた時代。もはや誰も少女を助けようとは思わない。
しかし。
「こっち!」
角に差し掛かった辺りで、どこからか手が伸びる。
そのまま、角の崩れた建物の中に引っ張られた。
「待ちやがれー!」
横を素通りして行く人さらい。
少女を建物の中に匿ってくれたのは、同い年くらいの小さな男の子だった。
「危ないところだったなー。…ん?お前見ない顔だな。名前は?」
「…………」
「あっそ、言いたくないなら別にいいよ」
少年は、小さな手いっぱいに草の束を握りしめている。
それをどうするのかと気になり、少女がジッ…と眺めていると。
「なんだよ、これは晩飯にすんの」
「ばん…めし………」
「食べたいのか?…まあお前ひどい顔してるもんな。んもー、特別だぞ」
「いいの………?」
「ただし!手伝うこと!これが条件だ」
まず、瓦礫を積み上げたカマド未満のものに火を付ける。
少女が炎魔法を披露すると、少年は楽でいいな!と喜んだ。
次に、置かれた鉄板の上に摘んできた草とある白い粉末を投入。
「これ……?」
「洞窟から採って来た塩だ!これの為にめちゃくちゃ遠出したんだぜ」
そして。雑草の塩焼きという、質素だが手間のかかった料理が完成した。
「食べてみてくれ!」
「い、いただき……ます…」
草の束を口に運んだ少女の目の色がはっきりと変わる。
「おいしい……!」
少女は王城でこんな料理よりも遥かに手間がかかり、遥かに美味とされているものを食べているのだが、不思議と少年の出した食べ物は、それすらも越えるような暖かさを持ち合わせていた。
「すごい……暖かい。母様の味がする…」
一瞬、少年の顔が何か嫌なことを思い出した顔付きに変わるが、やがて穏やかな笑みへと立ち戻っていった。
「オレさ…料理人になりたいんだ。オレの母ちゃんも、同じように笑っておいしいって言ってくれたから」
「嘘……わたし、笑ってた……?」
「バッチリ。そういう笑顔が、ここに…この国に増えたら良いなって思っててさ」
「きっと叶うよ……!じゃあわたしは…。わたしは、その夢を守れる人に……なりたいな」
それ切りで2人の親交は終わらなかった。
少女が食材を手土産に少年の家を度々尋ねたり。料理の練習をするところを、横でジッと見ていたり。
星を見ながら夢について語りあったり。いつの間にか眠りこけて、2人揃って屋根から落っこちたり。
この暖かな交流は、少女がこの国の王女となり、少年が聖剣アラストの適合者に選定されるまで続けられたのである。
「ギースッ…!」
セインの手でソファに押し倒され、もがくアンネベリー。
「どいつもこいつもギースギースってぇ…!」
セインが更なる激昂を口にした、その時。
執務室のドアが外の近衛兵ごと吹き飛び、何者かが室内に踏み入ってくる。
「その手をどけろ、セイン」
ガチギレのギースだった。
その光景を見て、倒れ伏すランタンが呟く。
「…ざまあみろ。よい子が叫んだらヒーローは来るのよ」
5分前、アンネベリーの用意した地下牢。
「姫様が大変なんだよ!」
「父が油断するだろうからって単独で執務室に乗り込んじゃってさあ!」
「あそこに近付くの姫様に命令で禁止されてんだけど…。何されるか分かんねえし、見てらんねえよ!」
「なあアンタ魔王討伐の功労者なんだろ!?見に行ってあげてくれよ!」
「本当にあのホワイトダガーなのかアンタ!?」
「俺たち心配なんだよ!頼むよ!」
地下の部屋に佇むギースに向かって、頭上から口々に頼む6人の王領騎士たち。
朝、アンネベリーに協力してギースの連行を担当した張本人だった。
「アンタがロ○コンでもペ○野郎でもこの際気にしないからさあ!」
「違うっつってんじゃん!初恋の人もちゃんといるんだよこっちは!」
「いくつなんだよその子」
「えっ…出会った時は8歳くらいだったけど」
「○ド野郎じゃねえか!」
「違えよ!当時の話だよ!」
その時、小型水晶に耳を傾けていた1人の騎士が大声で叫ぶ。
「やばい…!監視班から報告!なんか黒い影が執務室に飛び込んでったらしい!」
「姫様のところだ!」
1人がギースの方に向き直り、真剣に頭を下げて頼み込む。
「頼むよ…姫様、俺たちみたいな騎士の底辺にも優しいんだよ」
「俺たち時間稼ぎも出来ないくらい激弱だからな…。こんなことくらいしか出来ないんだ…」
「命と引き換えっていうなら喜んで死ぬからさぁ…!一生のお願いだ!」
「…ってあれ。アイツ、もういなくないか?」
地下の部屋にギースの姿は影も形もない。
「出てくところ…見えたか?」
「いや…全然」
「俺たちも行こうぜ!肉の壁くらいにはなるかもしれねえ!」
ギースが目にしたのは、まず乱暴に組み伏せられたアンネベリーの姿。
そしてその様を眼前で見ても動じず、むしろ褒め称えて祝福する父親の姿。
ズタボロに切り刻まれたランタンの姿。
その下卑た光景に、ギースはゆっくりと歩み寄って行く。
それを最初に止めたのは、意外にもアンネベリーだった。
「ギ、ギースさん!来ちゃダメです!あなたはもう戦わなくていいんです…!」
「あれだけ呼んでたくせに、健気なことだなァ」
白髪をセインに掴まれながらも、必死に叫び続ける。
「あなたが戦わなくてもいい国に…それはわたくしの!わたしの夢なんです!自分でやり切るべきことなんです!」
それでも、ギースの歩みは止まらない。一歩一歩を確実にセインの方へと動かしている。
「はぁ…仕方ない、相手してやりますよ」
聖剣ザ・セカンドと融合し、再び変身を果たしたセイン。黒鎧の底から余裕綽々の声が響く。
「驚きました?あなたに出来ることは、僕にも当然出来るんですよ。
…ところで、色々と鬱憤が溜まってますよね?」
ギースは答えず、ただアンネベリーに向けて静かに呟く。
「助けてくれとも言わなかったのは、オレに戦って欲しくなかったからなんだね」
「1発だけ殴らせてあげますよ。ほら、打ち込んで来てください」
「ありがとう。でも今なら、後腐れもなく戦える気がするんだ。
死刑から救ってくれる恩に報いる以外にも。別の理由で」
「まあ?ア・ラストも纏ってない今の状態では、鬱憤を晴らせる一撃も出せないでしょうが?」
「だから今だけ料理人を捨てて冒険者に戻るよ。今ならできる」
「そもそも…殴り方覚えてますかァ?」
セインの眼前に立つギース。体格差は絶望的。
しかも、片方は大砲の直撃を受けても無傷で済む性能の聖剣を全身に纏っている。
そもそも、ギースは生身の状態では何も出来ないザコ。
国王もろとも、勝ちを確信していた。
のだが。
「今ならできる!!!!!めちゃくちゃに怒ってるからァーーーッッッ!!!!」
振り抜かれたギースの拳は、まるで飴細工を貫くかのようにセインの腹部装甲を叩き割った。
「うごァァーーーッッッ!?!?!???」
本来あり得ない衝撃を受けたまらずその場に膝をつくセイン。
奇しくも、自宅パーティーで弁当を拾うギースを晒し者にした際と真逆の構図になっている。
「なっなぜ…生身の人間がこんなこと出来るはず…」
思わず漏らした国王の驚愕に、ギースは静かに答える。
「アラストのG加速はやばくてな…。常に鍛えられてんだよ」
そのまま。横蹴りの準備動作に入り、膝をつくセインの頭部を捉えた。
「庶民ドレッシング行くぞ」
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