第6話 剣
「作戦はどうなってんだ!ギースと聖剣はちゃんと遠ざけていたのか!?」
『申し訳ありませんセイン様…!まさか聖剣があの場にいるとは』
「上見ろ!
真っ白に染められた陶磁器のような体。纏った鉄から覗く赤色の眼光。
通称
それが今、劣鉄塔の進路に立ち塞がるようにして、威圧を放って空中に静止している。
「魔王を討伐した英雄…ギースくんがそうだったのか!?」
「知らずに雇っていたの、ホクト」
「前職が冒険者だったとしか聞いてなくて…仮面も被ってるし…」
地上に残されたホクトとランタンが、開けた地下道の天井越しに遥か上空を見つめている。
そして。
「はい、これうちわ。持って」
ランタンが冒険服のふところからうちわを取り出した。
そこには派手な色でデカデカと『ギース♡』『私を切り刻んで』と書かれている。
「えっと…これは何かな?」
「自作のうちわ。ホクトもこれを振って応援して」
「ええ…?」
「あとこれも。魔力光を込めたホワイトダガー型ペンライト。
もし彼が劣勢に追い込まれたらここに応援パワーを込めて」
「お、応援パワー?」
「手本を見せる。
スゥーーーーーッ、がんばっ」
一方。
上空のギースとアラスト。
『今下から黒魔術っ子のバカデカい声援が聞こえて来たぞ…。相変わらずありえんくらい好きなんじゃなあ、この形態になった貴様のこと』
「複雑な気分なんだよね…。まあその分がんばらないと」
『出力はどうするつもりなんじゃ?100は…ちと厳しいか。ブランクの分80程度に抑えた方がよいのではないか?』
「いや、以前通りの120で行く」
『正気か?気絶しても軟着地→水をかけて気つけくらいしかできんぞ』
「めちゃくちゃ手厚いな…。でも大丈夫、惣菜作りの激務で鍛えてるからッ!」
殺人的な加速で空を裂き、劣鉄塔に近付く。
『大砲くるぞ!』
「うォオッ…!」
中段から放たれたドワーフ特製の炸裂大砲。
この弾の特徴は、従来通り重い一つの弾を飛ばすのではなく、散弾形式で飛び散らせている点にある。
つまり、放たれた弾は無数に飛び散り、3000いくつに別れて猛烈なスピードで周囲に降り注ぐということ。
これはまさに対人兵器。冒険者が手も足も出なかった理由がここにある。
だが。
「行けるッ!」
ギースはその全ての隙間を、驚くべきスピードで縫い突破。
いとも簡単に劣鉄塔の真上に辿り着いてしまった。
魔王ですらその速度を捕捉することが出来なかった。
そして、速度と合わせて最大の武器が一つ。
『久々に行くか…!タイミング合わせるんじゃぞ!』
「ああ!」
『「ソーギロチン…!」』
それは、全身が刃物ということ。
腕を振るうだけで対象は切れるし、キックをすれば相手がバラバラになる。
そんな体に、ギースとアラストが保有する絶大な魔力を流し込めばどうなるか。
答えは、魔力で部位が強化され刃渡りが伸び、巨大で恐ろしく切れ味のいい凶器が完成する。
「うぉぉぉぉぉぉぉおおおおオオオッッッ!!!!!」
合図で伸ばした腕の刃先を、劣鉄塔に向けて上から下に振り落としていくギース。
積み上げられた四角形を両断しながら、地面へと落ちていく。
そして盛大なギロチンが終わり、地面に辿り着いた頃。
全ての核を真っ二つにされた劣鉄塔の残骸が出来上がっていた。
「どうだ…ホクト弁当で鍛えた包丁捌きは」
捉えきれない超高速で突っ込んで、全身の刃物で全てを刻む切断魔。
「ホクトさーん!ランタン!」
地下通路の入り口、夕陽に染まる王都内の大広場。
すでに避難所を脱した集団に、変身を解いたギースが駆け寄る。
まずいち早く反応したのはランタンだった。
「今回も最高だった。決め手に王道技のソーギロチンで行ったのも久々の戦闘っていう点で見たら逆にファンサービス満載でよかったし、短くスパッとした戦闘がまさに異名の白い短剣を表しててやばかった。大砲すり抜けて飛ぶところで5回泣いた。生きててくれてありがとう」
「ありえないくらい早口…。でも、色々助かったよ。監視やっつけてくれたし、天井無くしてくれたおかげで飛び出す時すんなり行けたし」
「フン…感謝するつもりがあるなら握手とサインとツーショットをお願いします」
「多いな…」
そして、握手をしてもらったランタンはサインとツーショットが映った小型水晶を抱えて身を翻す。
「私、戦ってるギースが見たくてセインのカスに加わってたけどやっぱりやめた。
汚さの絡んでない、正しい理由で戦うギースの方がかっこいいから。
でも、やっぱり闇堕ちは続けることにする」
「その感じで続けるものじゃなくない…?あとどうして…」
「戦ってるあなたのことが、たまらなく好きだもの」
少しの照れもなく気恥ずかしいセリフをぶつけて、ランタンは去っていった。
次は、ホクトに謝る番。
「すみませんでしたホクトさん…。前職のこと。辞職という形で戦いから逃げた自分が恥ずかしくて…言い出しづらかったんです」
「…謝らないといけないのは僕の方だよ。戦うのが嫌いな君を戦わせてしまった。
それに、あまり自分を卑下しないでくれ」
「え?」
指をさし、広間の方へギースの視線を移させるホクト。
そこでは、難を逃れた避難民たちが安堵の笑みを浮かべ、穏やかに笑い合っていた。
「避難所コロッケを配ってくれた時もそう。今だってそう。
君は、笑顔のために動ける誇らしい人間だ」
「………!」
「それに、ずいぶんと輝いて変身したからね。君の変身を目撃したのも僕たち老人くらいしかいないからさ。
英雄としてじゃなく…これからも、ギースくんとして頼りにしちゃうよ」
「はいっ!」
じゃあ明日の仕込みがあるから、と店に戻るホクト。当然ギースも手伝うと言ったのだが、
「後ろのお嬢さんがお待ちかねみたいだからね」
と言われる。振り返ると、
「ごめんなのじゃ…」
辺りを照らす夕焼けのように、沈み切ったショボショボのアラストが立っていた。
場所を移し、広場のベンチで沈み切るアラスト。
「すまんかったの…」
「どうしたんだよ…さっきまで一緒に『ソーギロチン!』とか叫んでたのに」
「バッ…!あれは貴様が『合図はこれね』って決めたから!昔から仕方なく言ってるだけじゃい!」
一瞬元の勢いを取り戻したものの、またへなへなと戻っていく。
「貴様が我の適合者に選ばれなかったら、もっと早く夢を叶えられてたはずなんじゃ…。貴様の人生を奪ったのは我なんじゃよ…」
「まあ確かに、もし適合者でなければって思ったこともあるよ」
ギースの言葉を受けて、ドキリと跳ねるアラスト。
やっぱり我がいなければ…と自覚した目の端には、少しずつ涙が溜まっていく。
だが、彼の声色には恨みなどはこもってなく、優しく穏やかなままだった。
「でも、確かに汚いものに出会ってダメになってしまったけど…。一緒に戦った人たちとの出会いも絶対になくならない。
ランタンとまた話せて、アラストが横にいる。
紆余曲折は経たけど、いい人生に辿り着けたと思ってるんだ」
「本当に…?後悔は絡んでおらんのか…?」
「うん。昔なんかよりも、今笑い合えていればそれでいいじゃないかって思うよ」
自身の口の端を指で引っ張り、にこやかな笑顔を作ってみせるギース。
アラストは噛み締めるように少しだけまぶたを閉じたあと、ベンチから立ち上がり
「なら尚更…我が側にいるわけにはいかんな」
と笑顔で言い放った。
「どうして…?」
「我は剣じゃ。この性分は変わらん。貴様の好きな笑顔の中に混ざるには、少し物騒がすぎるじゃろ」
「そんなことなさすぎるだろ」
ギースの脳内を、復讐とか言いつつ惣菜買いまくってたアラストの光景が過ぎていく。
「いいんじゃ。初めから分かってた。もう我はギースの剣として必要とされることはないと分かっていたから『また一緒に戦いたい』とも言えずに、自分を捨てて行ってしまったと復讐を選んだんじゃ…」
トボトボと、夕陽に向かって歩いていく寂しげな背中。
最後に振り返って、
「色々迷惑かけてすまんかったの。そなたには、剣よりも笑顔が似合う」
と別れ代わりに言い残し、去って行った。
「ひゃんっ」
いや行けなかった。
その腕を、しっかりとギースが掴んで引き留めたのだから。
「離さんか!もう剣なぞ握るんでない!」
「避難所で…コロッケ一緒に配ってくれただろ?あの時どう思った」
「それは…それは!嬉しかったに決まっとるじゃろ…。剣の手でも、幼子に喜びを与えられるんじゃ…って」
「…アラストも、そういうことで喜びを感じられる人なんだな。
オレはずっと知らなくて…今までずっとアラストは剣であることを優先する性格だって勘違いしてて。
だから…冒険者を辞める時も冷たく突き放して、本当にごめん」
「そういう…ことじゃったんじゃな」
「でも、それが分かった今なら。今までとは違う形でまた一緒に戦えると思うんだ」
「違う形で…?」
「ホクトさんに面接をお願いしてみないか?」
「え?」
「アラストと一緒に働きたいんだ!時給もいいし、住み込み可だし!福利厚生も充実してるんだよ!」
「この流れでがっつりバイト募集とか嘘じゃろそなた…」
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たくさんの閲覧、いいね・フォロー・⭐︎♡ありがとうございます。
予想だにしてない数すぎて椅子から転がり落ちて危うくブラジルに辿り着くところでした。
本当に励みになっています。
無駄に重い誰得な感じのシリアスパートは序盤のここまでにして、以降はコメディ中心に舵を戻せたらなと思っています。
お付き合いいただけたら幸いです。
梅もんち
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