第20話 王子の思惑

「今日はラリアは……」

「魔術師仲間と街に出かけています」

「えっ! エリック以外にそんな子いたんだ?」

 実の親なのに割と失礼な物言いであるが、間違ってはいない。そう差し向けたのも俺だが、それで構わないくらいストイックなラリアだから。

「ケイシーという魔術師です。以前ラリアと団長室に行ったときにすれ違ったことがありましたが」

「んー? ああ……あの子か」

 目をパチパチと瞬く仕草は、とてもラリアに似ている。しかし目の前にいる彼女の父親のほうは可愛くはないし、何倍も曲者なのだが。彼の妻である義母が可愛い可愛いと言っているのは同意しかねる。

「苦渋の決断です。でも時間と場所は把握していますし、色々持たせていますので。もちろんこのあと迎えにも行きます」

「……聞かない方がよかったかな。まぁ、エリックにしてはそれでもよく我慢しているね」

「一人で来いと言ったのはお義父様でしょう」

「あは、そうだった。では君がラリアのところへ、さっさと向かえるよう早速本題に入ろうか」

 瞬間、応接室の空気がチリッと震えて、真空のような静寂が訪れる。防音とバリアを施したのだろう。

 

 ラリアの実家である、このカーライル家はこぢんまりとした屋敷である。それは伯爵家の分家で最低限の使用人しかおらず、できることは自分たちでしたいから、というのは表向きで。実際は国の主力である、このロジャーが愛する家族を屋敷ごと守れる結界を維持するのに、大きすぎるものでは無駄に魔力を消費してしまうから、というのが身内しか知らない本当のところだ。

 その屋敷の応接室で、さらに防音をする念には念の入れように密かに背筋を伸ばした。対面に座る男は既に義父の顔ではなく、魔術師団長としてのそれに変わっている。ラリアに関して、これほど頼もしい協力者はいない。しかしいつどこで俺ごと跳ねのけられる可能性も否めないのが、いつまでも緊張感が拭えぬ所以である。


 今日、単独でここを訪れたのは、実は未だに調査し続けていたラリアが襲撃を受けた件について話がある、と呼ばれたためだった。ついでに一人で来い、とも。ラリアを一人でケイシーに会わせたくはないが、彼女の実家に行くのに一緒に行かないのも不自然だから、どうしたものか……と考えていたところへ、ラリアに外出をねだられて了承したのだった。

 

「突然だけどジェフリー様には最近会った?」

「え……? はい。屋敷に一度いらっしゃいましたが」

 あまり関係のない名前が出てきて、眉間に皺を寄せた。なにか嫌な予感がする。ジェフリー様とはこの国の第二王子のことで、現在十九歳。プラチナブロンドに碧眼の見目麗しい王子然とした御方だ。そして口には出せないが俺にとって、憎き相手でもある。

「よくやるねぇ。自ら魔王の城に乗り込むなんて」

「……ラリアが庇った魔術師が、ジェフリー様の側近の妹だと言われたので、応接室までは通しました」

 憔悴はしていたが身なりや所作が良く、伯爵家の屋敷に気後れしていない様子は、その女性の兄が王子の側近ならば彼らはそれ相応の身分なのだろうと推測できた。興味もないが。

「偉いえらい。エリックも大人になったね」

「当然です。見舞いの品は痕跡残さず消しましたけど」

「うーん。相変わらずだったか。ところでジェフリー様が近々また渡航されることは知っているかい?」

「……いえ、初めて知りました」

 予感は的中かと、こめかみが引き攣る。『ジェフリーの留学』というワードは苦々しい思い出しかない。


「今までは騎士団員や側近数名を供に連れて行っていたんだけど、一年ほど前かな、次回の外交から魔術師団員にも、と要請がきていたんだ」

 ジェフリーの兄である第一王子が次期国王に確定しているため、外交的な役割を担う彼はこれまでも色々な国へ訪れていた。まだ年若いが、外交官としての手腕は確からしい。

「はぁ、そうでしたか。珍しいですね……というかそのようなこと初めてでは?」

「そう、騎士団と魔術師団は今まで協力……というよりは不可侵の関係で当たり障りなく王家に仕えてきただろ? 魔術師団に入ったなら分かるだろうがそれは表向きで、実際は互いにライバル視、というか向こうが勝手にこっちに負けん気を発揮してるんだよね。いい迷惑だよ、ほんと」

 血気盛んで団結力のある騎士団と違い、魔術師団は知識と魔法に特化した頭脳集団だ。それぞれの個性は尊重されるが協調性に欠ける。騎士団からみれば魔術師は得体が知れず畏怖の存在であると同時に、見た目が貧弱な人物も多いので頭でっかちな軟弱者ばかりだと見下されていた。表立って発言すれば有事の際に回復などを施してもらえなくなるため、せいぜい態度に表すくらいだが魔術師は噂や嫌味を言われても気にも留めない者も多く、それも気に入らないのだろう。

 

「歴代の王たちも我々を一纏めにしたかったが互いに癖が強いし、面倒になったんだろう。第一王子殿下は側近だった女性騎士を妃にしたし、基本的に王家の天秤はあちら側に傾いてはいるのにね。けれど僕たちは名誉よりも、成果が大事で魔法の研究に没頭できればいい。騎士団に囲まれていては気も散ってしまう」

「そうですね。こちらからは騎士団の輪に入りたがらないから誰も手を挙げないでしょうね」

「その通り。だから僕ものらりくらりと躱していたんだけど、痺れを切らしたのか直談判に来てね」

 突然、身体を見えない縄でキュッと縛られた感覚がした。魔術が唱えられないように手指まで丁寧に拘束されているようでビクともしない。不審な眼差しを目の前の大魔術師へと向ける。そんな仕草は一切感じられなかったからだ。

 

「ラリアをご指名だそうだ。つい最近、前向きに考えて欲しいと僕に頭を下げてきたんだ。いや、あれはほぼ命令かな?」

 

「なっ!」

 拘束の力が強まる。物理的な縄ならなんとかできたかもしれないが、魔力で造り上げたものは厄介だ。術者の実力によって左右されるために、格上相手のそれを解くのは絶望的である。

「おっと、暴れるなよ。冷静になれ」

「どうして! またラリアなんですか!? 既婚者になってもまだ諦めてないってことですか!」

「そうなんだよ。確かに僕と妻に似てものすごく可愛いからモテるのは仕方ないとしても、君という存在は大きな障壁だ。僕も懲りないなと思ったけど、学生の時とは違って共に学ぶというよりは、純粋に魔術師としてサポートをしてほしいようだ」

「モテるってどこのどいつがラリアに懸想しているんですか? 教えてください」

「あー、そこ気にしちゃう? まぁ、皆エリックに恐れをなして散っていくから気にしなくてもいいよ。ほら、留学していた時分はエリックに邪魔されただろ?」

「……それでもちゃんと結果は残しました」

 

 ――数年前の出来事を思い出す。何が邪魔だ。邪魔をしたのはあちらの方だというのに。お陰でしなくてもいい喧嘩をする羽目になったし、ラリアをみすみす一人で行かせてしまったのだから。

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