第35話 いかずちのこん棒

 長い休養を明けた俺達は日々のパワーレベリングをこなしつつも、休日になる度に魔道具工房バタフライを訪れていた。

 目的はもちろん、アイリスに俺の新しい魔杖まじょうを作って貰う為だった。


 俺がカランカランという鈴の音とともに店の扉を開くと、店主のアルメリアが挨拶をしてきた。


「二人とも、いらっしゃーい」


 普段は店番をアイリスに任せて湖で遊んでばかりのアルメリアも、最近はちゃんと仕事をしているようだった。

 もっとも、それには明確な理由があるのだが……。


「まーだアイリスは地下におるのか? いい加減諦めて欲しいものじゃ」

「あの子は一度決めたらてこでも動かないものだから、仕方ないわぁ」


 例の事件で壊れたアイシクルキャノン、あれは仕事の報酬として魔道具工房バタフライに譲渡された。

 そしてギガンティックタイタン迎撃作戦で一人蚊帳の外に置かれたアイリスは、その鬱憤うっぷんを晴らすかのように手に入れた古代兵器の研究に没頭していた。


「新しい魔杖まじょうを作る金も用意できてるってのに、アイリスには困ったもんだ」

「あら、わたくしじゃ駄目なのかしら」

「アルメリアさん、俺はあの子の才能を買っているんですよ。だから俺の使う杖はあの子に作って貰いたいんです」


 俺はアイリスにこん棒型の魔杖まじょうを作らせるつもりだからな。

 このスク水ダークエルフは前みたいにノリノリで作りそうだから面白くない。

 こういうのは嫌がる人間に無理やりやらせるのが一番楽しいのだ。


「あらあら、もしかしてうちの子にも手を出すつもりなのかしら? アンバーちゃんと言うものがありながら、悪い子ねぇ」

「どちらかと言うと俺はアルメリアさんに手を出したいんだけどね」


 おっといけない、つい本音が。

 それもこれもこのスケベなスク水ダークエルフがいけないのだ。

 俺はアルメリアのおっぱいに責任転嫁した。


「えっ本当に? 魔力が高いハルトくんならわたくしはいつでも大歓迎よ?」

「もし浮気したら二人とも三つ折りの刑じゃからな」


 三つ折りにされちゃう!


「そ、それは困るわねぇ。わたくしは痛いのは余り得意じゃないのよ」

「痛いのが得意な人間とか居るんですか?」

「それが結構居るのよねぇ、この間も――」

「やめんか、わしはお主の床事情など聞きとうないぞ」


 この世界は魔杖まじょうがある分、SMプレイが過激になりがちなんだろうな。

 リョナの苦手な俺としてもその話は聞かない方が良さそうだった。


「アンバーちゃんにハルトくんじゃーん、元気してたー?」


 俺達がどうでもいい雑談をしていたら、店内に聞き覚えのある声が響いた。

 地下に続く階段から、アイリスがひょっこり顔を出していたのだ。


「随分と長いこと地下にこもり切りだったようじゃが、息災であったか?」

「ようやく研究も一段落ついたんだー。これで新しい魔杖まじょうが作れるよー」

「そうかい、なら早速仕事をして貰おうか」

「いいよ。じゃあ、はい」


 そう言うとアイリスは俺に手を差し出した。


「……何だこの手は?」

「何って、ライトニングコア。持ってるんでしょ? 早く出してよ」


 彼女は俺達がまだライトニングコアを持っていると勘違いしているようだった。

 やはりアルメリアはアイリスに黙っていたようだな。


「それならもうアンバーのこん棒に使っちゃったよ。な、アンバー?」

「じゃーん、これがわしの新しいこん棒じゃ!」


 アンバーは虚空から2mはありそうな大きなこん棒を取り出した。

 イボイボの突起が付いた、鬼が持っていそうな黄金色のこん棒。

 メツニウム銅合金製の金砕棒かなさいぼう、いかずち丸だ。


 俺はこいつのことを心の中でメツのイボイボと呼んでいる。

 特に理由はない。

 特に理由はないが、ネットで検索してはいけないよ。


「あ、ありえない……。ママ! どうして教えてくれなかったの!?」

「だってぇ~、絶対に面白そうだと思ってぇ~」


 余りの衝撃に愕然がくぜんとしていたアイリスは正気を取り戻すとすぐにアルメリアに詰め寄せたが、アルメリアはどこ吹く風だ。


「終わったことを気にしてもしょうがないだろう。前を向こうぜ、アイリス」

「Aランクの魔杖まじょうを作る機会なんて滅多にないから気合入れて設計図も書いたのに! 信じられない!」


 どの道その設計図は無駄になっただろうし、別にいいだろう。

 アイリスはこん棒型の魔杖まじょうを作ることになっているんだからな。


「そんなに言うほど悪いことしたか? わし……」

「あーあ、アンバーが落ち込んじゃった。アイリスのせいだぞ」


 俺は落ち込むアンバーの肩を抱いてよしよししながらアイリスに文句を言った。


「何でわたしが悪者にされなきゃいけないのよ。被害者なんだけど?」

「言っておくが一番の被害者は俺だからな」


 俺のつぶらな瞳から放たれた眼光がアイリスを貫く。

 流石のアイリスもこれにはたじたじのようだった。


「うっ。……それはそうかも知れないけどさー、エレメンタルコアが無いと強い魔杖まじょうが作れないじゃん」

「まあそうなんだけどな。金で解決するのも一つの手ではあるぞ」

「Aランクのエレメンタルコアを買うお金があると思う?」

「無いけどさ、そこは妥協すればまあ……」


 ああでもないこうでもないと話していると、痺れを切らしたアルメリアが手を挙げて俺達に一つの提案をしてきた。


「要はハルトくんの新しい魔杖まじょうに使うエレメンタルコアがあればいいのでしょう? なら三人で狩りに行けばいいじゃない。精霊樹海にねぇ」

「三人……アイリスも一緒に行くってことですか? 三層まで?」

「ママ、本当にいいの?」

「アイリスももうすぐ成人だもの、アンバーちゃんにハルトくんが居たらわたくしがついて行かなくても大丈夫でしょう?」

「まとめ狩りか……確かにアイリスがおるならそれも一つの手ではあるのう」

「わたくしがあなた達の代わりに異界の予約をしてあげるわ。アイリス、店番よろしくねぇ」

「あっ、待ってママ!」


 そう言い残すとアルメリアはダッシュで店から飛び出して行った。


「あー、逃げられちゃった」

「これはもう夕方まで帰ってこないだろうな……」


 長いこと店にこもり切りだったから禁断症状が出ていたのだろう。

 彼女は泳いでいないと死んでしまうマグロみたいな女だった。


「まあええじゃろ。それはそれとしてアイリス、実はお主に作って欲しい魔杖まじょうがあるんじゃ」

「別に良いけど、どんなの?」

「こう……こん棒みたいな見た目のな、かっちょええ魔杖まじょうがええんじゃ」

「かっちょいいかなー、それ」

「かっちょええんじゃ。わしらは『こん棒愛好会』じゃからな、ハルトにもトレードマークになる魔杖まじょうが必要になるんじゃ。分かってくれるか?」

「分からないなぁ……アンバーちゃんは機能美ってものを知らないの? ねえ、ハルトくんも何か言ってやってよー」


 残念ながら、今回ばかりは俺もアンバーの味方なんだ。

 ここは魔道具職人のプライドをくすぐってやるとしよう……。


「客の無茶な要望に応えるのが一流の魔道具職人クラフターなんだけどな、どうやらアイリスは違ったみたいだ。やっぱり今度の魔杖まじょうもアルメリアさんに頼むとするか」

「ハルトくん、それはずるくない?」

「ずるくない」


 俺の言葉にアイリスは一つ溜め息を吐くと、店のカウンターまで行って椅子に腰掛けた。


「しょうがないなー、やればいいんでしょやれば」

「おっ、やってくれるか! やはりアイリスに頼んで正解じゃったな!」


 喜ぶアンバーを尻目に棚の引き出しから白紙の紙束を取り出したアイリスは、ペンを片手に俺に新しい魔杖まじょうの設計に関する相談を始めた。


「えーと、Cランクのエレメンタルコアを使うならいちから設計を考えないと。ハルトくん、まずは仕様から詰めよっか」

「そうだな、じゃあこういうのはできる?」

「うーん、それならこうした方が――」


 新しい魔杖まじょうの設計は夜にアルメリアが帰ってくるまで続いた。

 なお、アンバーは途中で宿に帰ってしまった。

 こん棒の見た目を決めるのは好きでも、中身には余り興味が無かったらしい。



 こうして俺達はアイリスと一緒にエレメンタル狩りに行く約束をしたわけだが、それをすぐに実行に移すことはできなかった。


 なぜなら精霊樹海は猿鬼えんき渓谷に並ぶ人気の狩り場だったから、異界の予約が1ヵ月先までびっしりと埋まっていたのだ。


 あそこに出現するエレメンタル種が落とすCランクのエレメンタルコアは市場で入手しようとしたら最低でも1個10万メルは必要だ。

 経費を抑える為に魔道具職人クラフター組合がカルテルを組んで狩り場を独占するのも当然の帰結だった。


 仕方が無いので、俺達は時が来るまでいつもの日常を過ごすことにしたのだった。

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