第30話 雨の夜の淫夢
宴会が終わり全員を見送った後、俺は一人酒場に残って親父さんの片付けの手伝いをしていた。
親父さんは手伝わなくてもいいと言っていたのだが、なんだか何かをしていないと落ち着かない気分だったのだ。
食器を片付けてテーブルを拭くだけなので大して時間も食わない。
すぐに仕事を終わらせた俺は、就寝の為に部屋に戻ることにした。
「親父さん、終わったんで俺はもう部屋に戻ります」
「ありがとう、ゆっくり休んでくれ。……おっと忘れていた、ちょっと待っててな」
そう言うと親父さんはカウンターの下をごそごそして一つの包みを取り出した。
結構大きいようだ、一体何が入っているのだろうか?
「ほら、これだ」
疑問に思いつつも差し出された包みを受け取って開けてみると、中から出てきたのは一着のパジャマだった。
俺がこの世界にきた時に着ていた、あのパジャマだ。
「親父さん、これは……」
「大事なものだと思って修繕に出しておいたんだがな、上手く
よく見ると、ボロボロになっていた左腕の部分の色が少し異なっている。
流石に機械で生産された合成繊維を再現するのは難しかったのだろうな。
「親父さん、本当にありがとうございます。このパジャマは故郷から持ってくることができた唯一の衣服だったんです」
実際にはパンツもあるし、ぶっちゃけパジャマなんてどうでもいいと思っている。
だが、それを表に出さないだけの良識が俺にはあった。
「そうか……。大事にするんだぞ」
「はい。それでは、おやすみなさい」
「いい夢を」
そうして自分の部屋に戻った俺はパジャマに着替えて歯みがきを終えると、布団の上で寝転びながら日課のハムマンフィギュア作りを始めた。
いつも寝る前にしているルーチンワークだ。
出来上がったハムマンフィギュアをしげしげと眺める。
ううむ、やはり死線を潜ったことで俺のスキルはさらなる成長を遂げたようだな。
いつにも増して出来が良くなったような気がする。
もちろんこれは気のせいだ。
だって今日は一度も土属性スキル使ってないし。
俺はハムマンフィギュアをベッドのサイドテーブルに置いて魔導ランプを消した。
普段はカーテンの隙間から伸びる青白い月光も、分厚い雨雲に
真っ暗な闇の中で、俺はゆっくりと眠りに入っていく。
その時、コンコンと扉をノックする音が聞こえて目が覚めた。
……なんだ、気のせいか。
俺が再び眠りに入ろうとすると、またコンコンと音がした。
「お主、お主起きておるか? ……やっぱり寝ておるか」
アンバーの声だ!
俺はベッドから飛び起きて魔導ランプの灯りを付けると、走ってガチャリと扉を開いた。
廊下に立っていたのはパジャマ姿のアンバーだった。
「アンバー、こんな夜中にどうしたのさ」
「起こしたようですまんのう、実はお主にお願いしたいことがあってきたんじゃ。入ってもええか?」
彼女は両手で大きな枕を抱えていた。
もしかして、眠れないから一緒に寝て欲しいのだろうか。
このこの、可愛いやつめ。
「もちろんいいけど……足元には気を付けてね」
俺の部屋のあちこちには練習で作ったハムマンフィギュアが転がっている。
いい加減、どうにかして片付けないといけない。
俺の部屋の中に入ったアンバーは、ベッドに腰掛けて足をぶらぶらさせた。
サイドテーブルの上に置かれた魔導ランプに照らされた部屋の中を、彼女の大きな影がゆらゆら揺れている。
「枕を持ってきたってことは、つまり添い寝をして欲しいってことだよね?」
「わしのお願いもまあそれと似たようなものじゃが……違うのじゃ」
「違うの?」
彼女はなんだか緊張しているようだった。
もしかして、これはもしかするのか?
「その……わしのここがちゃんと治っているのか、お主に確かめて欲しいのじゃ」
アンバーはほっぺを赤くしながらパジャマをたくし上げて小さなおへそを見せた。
うーん、なんか思ってたのと違う。
「アンバー、お腹を出したまま寝たら風邪引いちゃうよ?」
「お主……本気で言っておるのか?」
「ごめんごめん、冗談だよ」
俺はアンバーをベッドに押し倒すと、そっと彼女のお腹に右手を添えた。
小柄なハーフリングの体温は人よりもちょっぴり高いようで、俺の手がぴたりと触れるとその冷たさに彼女はびくりと身を震わせた。
「んっ……はっ……」
治ったばかりの皮膚が少し敏感になっているのだろうか、お腹を
初めて見るアンバーの
俺はお腹から手を離すと、彼女のふんわりとした金髪を指で
そして髪の中から現れた、少しだけとんがった小さな耳をぺろりと舐める。
「やめんか、こそばゆいのじゃ……」
「嫌だった?」
「嫌じゃ、ないけど……あんまり焦らさないで欲しいのじゃ……」
魔導ランプの暖かい灯りに照らされる中、俺は覆いかぶさるようにしてアンバーの顔を真っ直ぐ見降ろすと、彼女に深い口づけを送った。
アンバーの小さな舌に俺の舌を絡ませ、互いの唾液を交換する。
呼吸も忘れるほどの長い長い
俺がゆっくりと顔を離すと、二人の愛が細い糸となって切れていった。
琥珀色の瞳を
「もう辛抱たまらんのじゃ……
そんな彼女に俺は――。
チュン、チュンと鳥の鳴く声が聞こえる。
「お主、お主もう朝じゃぞ。早く起きるのじゃ」
「うーん、後10分……」
身体をゆさゆさと揺さぶられているが、寝ぼけていた俺は無視を決め込んだ。
なんだかとても良い夢を見ていたような、そんな気がした。
具体的に言うとアンバーとエッチなことをする夢だった。
続きを見ようとして二度寝に入った俺に、アンバーがのしかかる。
「こりゃ、起きんか!」
「ぐえっ」
ドシンとのしかかられた俺は、突然の痛みに思わずベッドから飛び起きた。
その反動でアンバーが体の上からずるりと滑り落ちる。
俺は目をこすりながら、床に転がるアンバーに朝の挨拶をした。
「おはようアンバー……」
「ようやく目が覚めたようじゃの。ほれ、早くこっちにくるがよい」
「えっ、何なのさいきなり」
「いいから、いいから」
俺がアンバーに手を引かれて窓際まで行くと、彼女は締め切っていたカーテンを一息に開いた。
大きな窓の向こうには透き通るような青空と、大きな虹が見えていた。
「わしもこれにはびっくりしてのう。お主と一緒に見たかったのじゃ」
「確かに、これは見逃すには惜しい光景だ……」
虹の下では白い建物が朝日に照らされて、きらきらと輝いている。
その光はまるで俺達のこれからの未来を祝福するかのようだった。
長く続いた雨は上がり、迷宮都市アクアマリンの新たな1日が始まった。
「もう虹が消えてしまったか、残念じゃのう」
「なあに、またいつでも見れるさ。俺達は生きているんだからな」
「そうじゃの。……実はお主が寝ている間に湯舟を張ってあるんじゃ。朝食の前に一緒にお風呂に入らんか?」
「なんだか昨日からやけに積極的だな、どうしたのさ」
「わ、わしも乙女じゃということじゃ。お主、早く行くぞ!」
「はいはい、行きますよー」
夢オチなんてものはない。
だって俺達は恋人なんだからな。
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