第19話 ターボロリババア

 タクシーを降りた俺達は、今日の目的地であるフライス整備工場までやってきた。

 ここはアクアマリン市の東の郊外で、店の前には何もない荒野が広がっていた。


 フライス整備工場の見た目は、普通の車検場みたいな感じだな。

 そこでは何人ものドワーフ達が車の整備を行っていた。


「おーい! わしじゃ、アンバーじゃ! フライスはおるかー!」

「そんなでかい声で言わずとも聞こえておるわ!」


 背中を向けて作業していた一人のドワーフがこちらを向いて、でかい声で返事をしてきた。

 機械油に汚れたツナギを着た、背の低い黒髪で髭が長い爺さんだ。


 なんだろう、銃の制作とか頼んだら「3日くれ」とか言いそう。

 コテコテのドワーフだ。

 彼はこちらにやってくると不機嫌そうに用事を尋ねてきた。


「それで、今日は何の用だ。また新しいこん棒でも作ってくれと言うのか?」

「それはまた今度じゃ。今日はこやつのバイクを買いにきたんじゃ」


 どうやらアンバーは度々このドワーフにこん棒の制作を依頼しているらしい。

 こん棒作りは整備士の仕事じゃねえだろ。


「お前は……ハルトとか言ったな。儂は機工士マシーナリーのフライスだ。サワムラの店では世話になったな」

「親父さんの店で?」

「そうだ。あの時のお前は酷く酔っぱらっていたからな、覚えていないのも無理はないか」


 もしかして、いつも宿の酒場の片隅で寂しく一人酒をしていたドワーフだろうか?

 何か近寄りがたいオーラを放っていたから気になってはいたんだよな。

 こんなところで会うことになるとは夢にも思わなかった。


「で、どうしてうちまでやってきた? ここはバイク屋じゃないぞ」

「ハルト、お主のステータスを見せてやるのじゃ」

「はいはい、いつものね」


 俺はフライスにギルドカードを見せた。

 すると彼はそれを見てさらに不機嫌そうな顔になった。


「ゴブリンに儂の傑作を任せるなど御免だ。帰れ」

辛辣しんらつだなぁ……」


 とはいえ、彼の言い分ももっともだ。

 器用さが低いと運転技能にマイナス補正が入るっぽいからな。

 自分が整備した機械で事故を起こされたらたまったものじゃないだろう。


「できんのならいい。帰るぞ、ハルト」

「できんとは言っておらん! 乗せるのが嫌だと言っているだけだ!」

「作っても使わんなら同じじゃろう? ドワーフには宝の持ち腐れじゃ」

「ぐっ……」


 アンバーの煽りで顔を真っ赤にするフライス。

 こんなに煽って大丈夫なのか?


「……分かった。ついてこい」

「わしの勝ちじゃ」


 アンバーはこっちを向いて笑顔でピースした。

 なんだか知らないが勝ったらしい。


 俺達はフライスの後ろについて整備工場の裏手にあるガレージまでやってきた。

 先ほどの場所と同じくらいの広さがある。

 彼は懐からギルドカードを取り出すと、壁の認証装置に当てた。

 するとガラガラという音とともに閉じられていたシャッターが上がっていく。


 ガレージの中にはピカピカに磨き上げられた車にバイクの数々が並べられていた。

 さらには積み荷のない4tトラックまである。

 フライスはこちらに向き直ってドヤ顔をした。


「これが儂のコレクションだ。どうだ、驚いたか」

「フン、こんなものか」

「何だとぉ!?」


 俺は異世界からきた地球人だぞ。

 大企業の技術の粋を凝らした高級車の数々に比べたらこんなもの屁でもない。

 いや、よく見るとタイヤのないホバー型と思わしき機種もあるようだが……。

 気になるのはそれくらいだ。


「で、俺はどいつを試せばいいんだ?」

「待ってろ、今持ってくる」


 そう言うとフライスはガレージの奥に向かっていった。


「お主、良い度胸しとるのう。普通の男の子はこれを見ただけで興奮が止まらぬというのに」

「アンバー、俺の故郷には空を飛ぶ機械だってあったんだぜ。こんなのオモチャみたいなもんさ」

「ほぉ? それは気になるのう。どんなやつじゃ」

「それについては今度話すから、楽しみにしていてくれ」

「分かった。楽しみにしておるわい」


 色々調べたが、まだこの世界では飛行機のたぐいは発明されていないようだった。

 化石燃料のない魔石頼りの世界だからコスパも悪そうだし、ぶっちゃけ天使とかバードマンみたいに自力で飛べる人間もいるから必要性が感じられないのだろうな。

 しばらくすると、フライスが一台のバイクを押しながら戻ってきた。


「これだ。乗り方は分かるか?」

「まあ見てろって」


 俺は原付免許持ってるからな。

 不良のダチにバイクに乗せて貰ったこともある。

 人間工学に基づいた機械なんて操作性はどれも似たようなもんだろう。


 ガレージの外でバイクにまたがって前方にあったキーをひねると、ブゥンと音を立ててエンジンが掛かった。


「じゃ、軽く試運転でも行ってみるか」

「絶対に壊すんじゃないぞ。絶対だからな」

「俺の器用さはEだ」

「!? やっぱりやめだ!」

「あばよ、とっつぁーん!」


 俺はアクセルを回すと、荒野に向かって走り出した。

 風が気持ちいいぜ。

 速度メーターを見ると軽く百キロは出てるようだ。

 こりゃあ良いものを手に入れたな。


「どうじゃ? 乗り心地は」

「最高だ!」

「そりゃあよかったのう、お主」

「おう!」


 ……ん?

 なんで隣からアンバーの声がするんだ?

 俺は今荒野をバイクで走っているというのに。

 左を向くと、アンバーが隣を走っていた。


「ターボロリババア……!」


 彼女に気を取られて余所見をしている隙に、バイクのタイヤがガッと石を踏んだ。

 車体がバランスを崩しながら空中に浮かび上がる。


「あっ」


 まるで走馬灯を見るように感覚が引き延ばされていく。

 やっちまった。


「――プロテクション!」


 横向きに地面に落下したバイクが、半透明の青い障壁に包まれてぼよんと跳ねた。

 俺はタイミングを見計らってバリアを解除すると、ズザザザザっとドリフトして車体を止めた。

 左のそでで額に噴き出した脂汗をぬぐう。


「ふいー、危ない危ない」

「お、お主今のは……」

「これ? これはプロテクションの応用だ。一昨日アイリスに教わったんだ」


 一昨日、アイリスに教わったプロテクションの裏技だ。

 拒絶対象を地面にしてバリアの柔軟性を高めることで落下時の衝撃を和らげる。


 キャニオンドロップ(ボールに入って坂道を転げ落ちる遊具、危険)みたいで面白いから先にこちらを練習していたんだが……。

 練習しておいて本当によかった……!


「アイリスに感謝!」

「ううむ、これは後で礼をしなければならんのう」

「それはそうと、アンバーってめちゃくちゃ足速いんだな……ビックリしたよ」

「普通のハーフリングはすぐにバテてしまうがのう、わしの生命力はAじゃ。じゃから無尽蔵のスタミナでいくらでも走り回れるというわけじゃ。凄いじゃろ」

「それはすんごいなぁ」


 俺がダンジョンにリポップした時、彼女は三層で狩りをしていたという。

 ダンジョンマスターから救援要請が入るとすぐに走り出し、徒歩で半日は掛かる道のりをわずか30分足らずで踏破して、一層の爪獣そうじゅうの森で死に掛けていた俺を間一髪のところで助けたのだ。


 彼女がこの街に居なかったら、俺は間違いなく命を落としていた。

 アンバーを里から追い出したハーフリングどもにはいつかお礼をさせて貰おう。

 俺なりの方法でな!


「アンバー、そろそろ帰ろっか。後ろに乗っていいよ」

「そうじゃの、お主」


 彼女が俺のお腹に腕を回すと、ささやかな胸がぎゅっと背中に押し付けられた。

 役得、役得だ。


 俺達が二人乗りでガレージに帰ると、フライスは目を丸くしてこちらに詰め寄ってきた。


「さっきのは一体なんじゃあ!? 肝が冷えたぞ!」

「ただのプロテクションさ。これさえあれば事故も怖くない。だろ?」

「ぐぬぬ……」


 爺さんのぐぬぬ顔など見たくもないわ。


「で、こいつはいくらじゃ。金に糸目は付けぬぞ」

「金などいらん! 持っていけ!」


 そう言ってフライスは俺に腕輪を放り投げてきた。

 おっかなびっくり受け取ったが、これはもしかして装具か?

 左腕に着けて念じると、乗っていたバイクが跡形もなく消えていった。


 やっぱり装具だ。

 恐らく、車の鍵代わりにしているのだろうな。

 便利な世界だなぁ。


「礼といったら何だが、代わりにこいつを受け取ってくれるか」


 そう言って俺はポーチから一つの包みを取り出してフライスに渡した。


「何だ? こいつは」

「幻のおやき屋が作った数量限定のおやきだ。ここにくる途中に偶然見掛けたからお昼にしようと思って買ったんだ」

「そんなおやき屋なんて聞いたこともないが、そんなに美味いのか?」

「ああ、一度食べたら忘れられないような味だ」

「そうか……ありがとう。仲間と分けて大事に食べるわい」

「じゃあな、また酒場で会おう!」

「ああ!」


 フライスに別れを告げた俺達は装具から取り出したバイクにまたがると、街に向けて走り出した。


「フライスにモモのおやきを押し付けるなんて、なかなか大胆じゃのう、お主」

「へへっ、これでランチが食いに行けるぜ!」

「わしはまたリブトンに行きたいのう。連れてってくれるか?」

「任せてくれ、アンバー!」


 よーし、楽しいドライブデートの始まりだ。

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