第4話 鬼の隠れ家亭
水路を小舟に揺られることしばらく、俺は探索者ギルドのロビーに到着した。
空港のロビーのような広大な空間を大勢の探索者達が行き交っている。
ギルドの受付には沢山の人魚達の姿があった。
彼女達は浮遊する丸いクッションソファのようなものに腰掛けて、事務作業を行っているようだった。
人混みを抜けて探索者ギルドの外に出ると、空はすっかり夕暮れに染まっていた。
「えーっと、噴水で待ち合わせだったよな」
探索者ギルドの前には二車線の道路があった。
目の前の横断歩道の上を見慣れないデザインの車が横切っていく。
信号の色は赤と青の二種類。
横断歩道の先にある歩行者用の信号機のピクトグラムは人魚の形をしていた。
道路を挟んで向こう側には広い公園があり、遠目に噴水から噴き出したであろう高い水飛沫が見えている。
そして公園の入口には台座に乗せられた天使の石像が置いてあった。
ここはどうやら待ち合わせのスポットとして利用されているようだ。
早く青にならないかな。
暇つぶしに観察していたが、行き交う車の運転手はどれも子供ばかりに見える。
もしかしてハーフリングだろうか。
器用値の高さがドライビングテクニックに関わっているのかもしれない。
この世界の走り屋がみんなガキだったら漫画にしても全然映えないだろうなぁ。
歩行者信号が青に変わったので、俺は人の流れに乗って公園へ足を運んだ。
すると噴水の
俺がおーいと声を上げながら手を振ると、こちらに気付いたのか彼女は嬉しそうな顔をして駆け寄ってきた。
「思ったより早かったのう。さて、暗くなる前に宿に向かうとするか」
「その宿っていうのはどこにあるのかな。できれば近くだと嬉しいんだけど」
「バスで郊外に向けて10分ほど行ったところじゃ」
バスあるんだ。いや車があるくらいなんだからそれくらい普通にあるか。
俺達が近くのバスターミナルで待っていると、すぐにバスがやってきた。
うわ、バスの側面や上にも人が乗っている。
インドとかでよく見る奴だ。
簡単に回復魔法が使える世界だと、事故を気にする必要がないのかもしれない。
停まったバスからぞろぞろと人が降りていく。
おいおい、無賃乗車じゃん。
「お金払わなくていいの?」
「これはいわば公共サービスと言う奴じゃ。安価で魔石が供給される迷宮都市に限った話じゃがな、探索者ギルドがどれだけ儲けているかが分かるというものじゃ」
漫画の有名なセリフに「金は命より重い……!」というものがある。
俺はノンケだが、もし仮に大〇翔平にプロポーズされるようなことがあったとしたら、腰の炎を燃やすだろう。
金の力は偉大だ。
この世界の子供がなりたい職業ランキングはダンジョンマスターが不動の一位になっているに違いない。
殿堂入りしてランキングから除外されている可能性も
俺達がバスに乗り込むと、奥の方に一人分だけ席が空いていた。
どうしよう。
アンバーの顔色を
「お主が先に座るとよい」
「それじゃあ、
席に着くと、いきなりアンバーが俺の
胸に押し付けられた頭から
腰の炎に火が付いた。
いかん! 心頭滅却すれば火もまた涼し……。
俺は心の中で念仏を唱えながら1秒でも早く目的地に着くよう祈るのであった。
俺達がバスから降り、少し歩くと一軒の宿屋に到着した。
二階建ての店の看板には鬼の隠れ家亭と書かれていた。
なかなかに達筆だ、これは料理にも期待が持てそうだ。
俺は両開きの扉の片方を押し開けたアンバーに続いて中に入る。
宿の内装はオリエンタルな
店内の酒場にはいくつものテーブルが設置され、その多くが満席になっている。
俺達が空いているテーブル席に腰を下ろすと、近くにいた
「バーちゃん、また新しい男か? アンタも
「
へー、年上だったのか。いや、待てよ?
つまり……合法ってコト!?
俺の頭の中は合法の文字で埋め尽くされていった。
うおお、
「ホントかぁ? この前だってレベル100超えてるって自慢してたじゃないか。実は200歳くらいなんじゃねーの?」
「なんじゃとぉー!?」
俺はムキーと
「まあまあ、冗談だって。気にしない、気にしない」
そうこうしていると、カウンターの奥からエプロンを身に着けた一人の大男が姿を現した。
その両手にはいくつものジョッキが握られている。
彼は赤い肌に二本の角、頭にバンダナを巻き右目には眼帯をしていた。
ドラテンのオーガそっくりだな。肩にトゲとか生えてないけど。
「いらっしゃい新人さんよ。まずは駆けつけ一杯、いっときな」
ドンとテーブルに置かれたジョッキはキンキンに冷やされ白い煙を
ジョッキの中には
炭酸だろうか? かすかにシュワシュワと音がする。
ていうかさ、これお酒じゃん。
俺、未成年なんだけどなぁ。
喉が渇いていた俺は目の前の誘惑から逃れることができなかった。
口を付けてぐびりと飲んでみる。
すると、強い酒精に続くようにしてフルーティーな香りが鼻を抜けた。
想像していたよりも苦くない。
さりとて甘すぎもしないほどよい
う、美味すぎる……! 止まらねぇ……!
一息に飲み干してしまった。
アルコールが空っぽの胃袋に詰め込まれ、血の巡りが加速する。
心臓の
段々と顔が
「いい飲みっぷりだな」
「えへへ……それほどでもない」
なんだか気分が良くなってきたなぁああ。
俺がふらふら頭を揺らしていると、隣に座っているアンバーに肩を揺すられた。
「ほら、みんなに自己紹介するんじゃ」
「お、おう」
慌てて立ち上がると、椅子に掛けていた鞄からチャリンと音が鳴った。
あ、いいこと思いついた。
鞄から布袋を取り出し、周りからよく見えるように高く掲げ大きな声で叫ぶ。
「ちゅうもーく!」
周囲の視線が一斉に俺に集まった。
緊張をごまかすようにして、俺は大きな声でスピーチを続ける。
「俺はカワサキからきた新人探索者のハルト・ミズノだ! 世界最強の探索者目指して頑張っていくんで
『わああああああ!!!』
酒場中に歓声が広がる。
へへへ、やっちまったぜ。
赤ら顔で椅子に座った俺の前に、新しい酒が並べられた。
おかわりあざっす。ごくごく。
それから先のことはよく覚えていない――。
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