第105話 ミルハイネ 8

 魔族たちと合流して村の中央へと向かう。彼らは村の入り口で敵の魔族と遭遇し、それを打ち倒していた。


 寒々しい村だった。通りには誰も居ない。だけど、煙突からは煙が出ていた。それも身を潜めるように、僅かずつ。



 ◇◇◇◇◇



 村の中の広場には地獄の裂け目があった。その地獄の裂け目から燃え上がる炎は、かつて私を焼いたものと同じだと感じた。


「ミリー! ミリー、大事なことです!」

「なあに、アミラ?」


「そちら側から、あの岸壁の岩に突き立った黒い爪を引き抜いてください」

「あれを? あれはなに?」


「あなたの大切な人です。お互い、しっかり話し合ってください」


 アミラはおかしなことを言った。と。


 岸壁の岩へ近づくと、地獄の裂け目の中の様子が覗き見えた。裂け目の底には燃える川が広がっていて、眩しいほどの焼けた川面かわもが、離れていてもこの目を焼くようだった。立ち登る炎が私の罪を感じ取ったかのようにこちらへとうねると、サートの鎧が護ってくれているはずなのに、恐怖で足がすくむ。


 ――怖い……あの死しても熱い炎に焼かれるのは怖い……。けど――


「ミリー……」


 声が聞こえたのだ。聞き間違えることなんて無い、サートの声が!


「――ミリーすまなかった」

「えっ?」


 ――どうしてサートが謝るの?


「君を護ってあげられなかった。遅すぎたオレを許してくれ……」

「ううん、私がいけなかった。臆病だった私がいけなかったの!」


「ミリー、オレは君が生きていてくれてさえいればよかったんだ……。たとえ何を犠牲にしても君を…………それなのに…………」


 ――違う、違うよ。だって私!


 地獄の裂け目を覗き込むと、そこにはアミラが言った、黒い爪が岩に突き刺さっていた。


 私はそれがサートだと理解すると、炎に巻かれることも厭わずに掴んでいた。力いっぱい引き抜き、後ろへとへたり込む。地獄の裂け目から立ち昇る炎は、私に火傷ひとつ負わせなかった。私は黒い爪を胸に抱く。


「サート……ごめんね……私がいけなかったの。あなたがスルトルを傷つけることなんて絶対に無い。ソボルの本性もわかった。バカだった私は、あいつを善人だと信じ込もうとして……」


「ミリーがヤツの本性を知ってくれただけで、オレには満足なんだよ……わかるかい?」


 私は頷いた。何度も、何度も。過去の誤った答えを正したかった。


「あなたの忠告を聞かなかったもんね……。かたくなに、ソボルは改心してくれたって言って。バカだから、私、殴られてるのにそのことを理解しようとしないでいた」


「やはり暴力を受けていたのか……。おかしいと思っていた。だってミリー、君はちっとも幸せそうに見えなかった。だけど、貴族という立場もあるってわかっていたんだ。そんな君を見捨てられなかった」


「だから誰とも一緒にならなかったの? 私の傍に居てくれて……」


「そうだったかもしれないが、それだけじゃない。オレにはオレの信念がある。生き方がある。君を今度こそ護ってみせると誓った言葉は、一度は嘘になってしまったけれど、今でも曲げる気は無いよ。だからこれはオレの身勝手の結果だ」


「身勝手だなんて!」


「いいや、身勝手だ。身勝手で何も成長していない。オレは小さい頃から勇者になりたかったんだ。君を護って、カッコよく生きたかったんだ」


「サート……」


「あのとき……ドバルがオレたちを魔法で焼いたとき、死者たちの悲鳴に混じってミリーの悲鳴が聞こえた……」


「死んだのに、どうしてか体を焼かれて熱かったのを覚えてる」


「そのときオレは確かに思ったんだ。何か……きっと何か奇跡のようなものが起こると。オレの魂を鎧に残してくれた女神が、アミラを待つように言ったのはこのためだったんだ」


「私には女神さまは何かを見せてくれるって。きっとソボルの嘘を教えてくれたんだって」


「君が生きてくれている……こんなに嬉しいことは無い……」


「私は……これからもずっとあなたと一緒に居たい……」


「ああ……その言葉を聞きたかった」


 サートを胸に抱きしめ、アミラの元へと走った。






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