第45話 金細工のペンダント
「これ……は…………」
それは小さな金細工のペンダントだったが、繊細な装飾の中に磨かれた小さな石が幾つもはめられ、キラキラと輝いていた。ゲイゼルはそのペンダントに見入っていた。触れようとして手を伸ばし、触れられないでいた。彼の声にも戸惑いのようなものが感じられた。
「母が置いていったものです。理由は分かりませぬ。ですがそれまではとても大事にしておりました。毎日のように胸に抱いて……。これはぜひゲイゼル卿に持っていてもらいたい」
なぜゲイゼルに――そう言いかけて口を閉じる。
「……ロカレス、これはお前が持っていればいい」
「いえ、儂にこれを手にする資格はない。母とは決別したのですから」
「……決別? 何があったのですか、陛下」
ロカレスは私をちらりと見やり、再びゲイゼルへと縋るような目を向ける。
「アミラなら大丈夫だ」――そのゲイゼルの言葉を受けて、ロカレスは悲しそうな目を私へと移した。
「儂は聖騎士ミルハイネを追放したのだ。西の聖国のさらに辺境へと」
「どうしてそんなことを!? 祝福を神へお返ししたのではなかったのですか!?」
「リメメア師の話では、聖騎士ミルハイネは勇者ドバルの行いを知っていながら見逃したと言うのだ。ミルハイネは裏切り者だと……」
「そんな!
「それは本当か、アミラ?」
「ええ、知っていたのかと聞いたら、確かに彼女は否定を。それに、そんな酷い方には思えませんでした」
「そうか…………アミラがそう言ってくれて嬉しいよ」
ゲイゼルが優しげな声でそう言った。
「だが、聖騎士ミルハイネが裏切ったことには変わりは――」
「ロカレス」――ゲイゼルが静かに、だがまるで戒めるかのように言うと、ロカレスはハッと目を見開き、口を閉ざした。
「わかりました。お二人ともが手にしたくないと言うのでしたら、そのペンダント、私が預かります。そして必ず、聖騎士ミルハイネにお返しします」
「アミラ…………だが…………」
「文句があるのでしたらゲイゼル、貴方が自分で責任を持ってください。それか、
そう言い放った私は、キルトと毛布を被ってベッドへ再び潜り込んだのだった。
◇◇◇◇◇
ぐぅぅぅ――とお腹が鳴って目が覚めた。
結局あれから……いや、王都に着いた時からずっと何も食べていなかった。
身体を起こすと、透明な玻璃の嵌った窓から見える外の景色はもう暗く、暖炉には火が灯っていた。柔らかなキルトのあまりの気持ちのよさに、すっかり寝入っていた。このキルト、あまりに軽くて柔らかい。何が入っているのだろうか? 少なくとも綿ではない。毛布も手触りが良かった。王国は牧羊が盛んだと聞く。その中の最上質となると、ここまで質が良いのかと驚いた。
ベッドの脇の小さなテーブルには、あの金細工のペンダントが盆の上に置いてあった。
ミルハイネの金細工のペンダント。大の男二人がどちらも手にしようとしないペンダントを、思わず自分が返すと言ってしまった。ロカレスはペンダントを持っていて欲しいとゲイゼルに渡そうとした。ゲイゼルがロカレスとあれだけ親しい以上、その母であるミルハイネと何の関係も無い訳がない。
扉をノックする音がした。どうぞ――と声を掛けると、ゲイゼルが顔を――
「目が覚めたか。食事にしよう」
「ゲイゼル……」
扉を閉めかけたゲイゼルが手を止める。
「なんだ?」
「ごめんなさい、勝手なことを言って。色々あり過ぎて、つい興奮してしまいました……」
「いや、アミラの素直なところがオレの救いなのだよ」
そう言ってゲイゼルは扉を閉めたのだった。
◇◇◇◇◇
「これはっ……これはどれも素晴らしいですね!」
私の前には何種類もの豚の腸詰が並んでいた。付け合わせは
「ロカレスが残念がっていたぞ。せっかく豚を絞めたというのに、アミラが寝てばかりで」
「仕方がないではありませんか! ゲイゼルが一緒に食べてあげればよかったのですよ」
「オレが食べてもあまり意味はない……」
「それですよ! 少しは食事に楽しみを見出してください」
私は腸詰をひとつフォークに差して差し出した。
ゲイゼルはしぶしぶフォークを手に取り、面頬の下へと運んだ。
「――この白い腸詰も、黒い腸詰も初めて食べました。こんなにおいしいのに、勿体ないです」
「ああ。それはどちらも絞めてすぐでなければ食べられない」
パリッ――と気味が良い音と口の中に満ちる脂の香りに満たされた。
◇◇◇◇◇
「陛下、お土産を沢山ありがとうございました」
翌日の朝、昔ながらの荷運び棒に昨日できたばかりの燻製の腸詰と、よく干した腸詰とをこんもりとぶら下げて、ゲイゼルに持ってもらっていた。立つのなら、どうしても持って行けと言われたのだ。
「うむ。ここでの事は、
「もちろんです。そのように恐い顔をされなくても口は堅いですよ」
そう言うと、ロカレスはますますムッとした。
「ロカレスは成人して間もない頃に王位を継がされたのだ。これでも苦労している。察してやれ」
「儂はもともとこのような顔だ。父にも似ておらんし、母にも似ておらん」
「ゲイゼルには似ているのですか?」
そう問うと、二人は顔を見合わせた。
「性格は似ていたかもしれんな」
「そうですな」
そう言うと、二人は笑い合った。本当の親子のようだった。
「そう、ひとつだけ気にかかることがあるのです。まだ国としては公には言及しおりませんが」
部屋を去る我々にロカレスが言った。
「別れ際になんだ?」
「言うべきか迷ったのですが…………新たなる魔王が現れる兆しが見えたと」
「新たなる魔王だと?」
「ええ、預言者――と言っても路傍の出自さえはっきりしない預言者ばかりですが、幾人もが預言しているのです。心臓の傍に赤い花を添えられた者こそが次の魔王だと……」
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*甘藍:キャベツ
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