第31話 プリズキリーグ

「そうであったか……傭兵団が魔族の手に落ちていたとは……」


 ヒューヒューと、苦し気な息をしながらディールオ卿はそう言った。

 彼は胸に包帯をし、煌びやかなガウンを羽織って謁見の間に現れ、椅子に腰かけていた。


 ディールオ卿は我々の到着を聞いてすぐに謁見の場を設けてくれた。意外なことに、彼は実際に負傷していて、その身体で我々の前に出てきてくれたのだ。周囲の臣下が彼の身体を心配する姿が痛ましく、彼を疑ったことが申し訳なかった。


「レイモンド卿は既に人ではなく、幹部たちも魔族と共謀しておりました。ただ、何故レイモンド卿は閣下へ助けを求めたられたのですか?」


 ひとつ、分からなかったのがそれだ。ヘルが恐ろしいなら傭兵団を呼び戻してでも守りを硬くすればいいだけなのに。


「傭兵団の一部は今も北の小領地の防衛のために吾輩が雇っておるが、あれはあれで律儀な男だと言う事だろう」


 どうにも納得がいかなかったが、ディールオ卿がそういうのであればと、それ以上は聞かなかった。


「ところで閣下、お怪我の方はいったいどうなされたのでしょう?」

「これか。これはセクストゥスだよ」


「負傷した衛士の彼ですか?」

「ああ。あれは負傷もあったゆえ、吾輩の傍に置いてやっていたのだが、つい一昨日、突然気が触れてな。吾輩に襲い掛かってきたのだ」


 凶刃に倒れたと言うのは誇張ではなかったのだ。


「――幸い、死者は出ずに済んだのだが、セクストゥスは元に戻らず仕舞だ。今も牢に入っておる」


 蛇のような顔が悲しそうにそう語った。負傷で弱っているのではなく、配下の者にそのようなことが起こったことを悲しんでいるように見えた。


 ディールオ卿の従者がずっしりと重そうな袋を手にやってくる。


「あの、褒美は前回頂いておりますので……」

「システィル・アァミラ……これは吾輩からの感謝の気持ちだ。魔族に落とされた町を救ってくれたのだ。受け取ってくれ」


 エルミトス様をわずらわせるな――と従者が言う。仕方なく袋を受け取る。


「――ときにシスティル・アァミラ………………そのように嫌そうな顔をするな」


 思わず顔に出てしまっていたようだ。また何か頼まれ事をされるのではないかと警戒しすぎていた。


「――北部の町や村から、墓地が荒らされると言う報告が入っておってな。知っておろう? 墓を荒らす魔族の事を」

「ええ。ですがそれはもう昔のことで、最近は聞かないと……」


「修道院というのは、あまり俗世の情報は入って来ぬようだな。もっと東の領地なら墓荒らしの魔族など珍しくも無いぞ。ともかく、それが吾輩の領地でも現れたのだ」

「それを私に何とかしろと?」


「安心せよ。領内の事だ。吾輩の兵もつけてやる」

「はぁ……。お役に立てるかはわかりませんが……」


 厄介なことに、ディールオ卿から妙な信頼を得てしまっていた。


「それからもうひとつ」

「まだあるのですか!?」


 思わず声に出してしまってから慌てて口を塞いだ。


「そう邪険にするな、システィル・アミラ。勇者教は知っておろう?」

「……はい、およその活動だけは」


「その勇者教から執拗に使者が来ておってな」

「使者……ですか?」


「君のその騎士、もしや名をプリズキリーグというのではあるまいな?」


 ディールオ卿はゲイゼルを見てそう言った。ただ、ゲイゼルは答えない。


「いいえ、違いますが…………それは何者なのですか?」

「勇者教が主張するには、君の騎士は自由騎士フライハイトストライタープリズキリーグではないかと言うのだ。自由騎士プリズキリーグは勇者と聖騎士が王都に篭っていた2年の間、王国を魔族の手から一人で護ったと民に伝わっているそうだ」


 勇者と聖騎士が祝福をお返しする前に、王都に篭っていたという話は聞いたことがある。呪いだとか、病気だとか、何か理由があって王都を出ていなかったと。ちょうどそれが、ゲイゼルの時代、30年ほど前だ。


「――勇者教の話では、自由騎士プリズキリーグは君の騎士に似た大鎧を纏っていて、素顔を晒さなかったと言う。加えて彼らが主張するには…………その正体こそ勇者その人だと言うのだ」


 ディールオ卿は、ゲイゼルの面頬ヴァイザーの奥を観通すかのような鋭い目つきで彼を見据えた。


「ゲイゼル?」

「ん? ああ、オレが勇者であろうはずがない。オレはゲイゼルだ」


「そうか。ならば良いが、いずれにせよ、君の騎士を求めて、勇者教が集まってきておる。その忠告だ、システィル・アミラ」

「ええっ!?」



 ◇◇◇◇◇



 ヘルに連絡を取ろうと街へ降りようとして、館からの道を下っていくと、いちばん下の門の前に20名ほどの人だかりができていることに気付いた。


「あの方では?」

「勇者様だ!」

「勇者様がいらっしゃったぞ!」


 ゲイゼルの姿を門の奥に見つけるや、そう言って騒ぎ始める群衆。


「うわぁ……。裏口は無いんでしょうか……」

「守りの固い屋敷の裏口を教えて貰えるとは思えんがな」


「あの、これって追い払ってもらうことって…………できませんよね?」


 門のこちら側に詰めている衛士に問いかける。


「無茶を言わないでください、あれは皆ディールオの民ですよ。あと、広場にはこの10倍は集まってます。こちらの評判にも関わりかねません」

「10倍ですか!?」


 ここにはディールオ卿の兵士の準備が整うまで、三日は滞在する予定だった。ただ、館に三日間ずっと篭っているわけにもいかない。


「ゲイゼル、ここでちょっと勇者教の相手をしていてもらえませんか?」

「なんだって!?」


「賢いんですからそのくらい余裕でしょう? 私はシスティル・ハリヤに連絡を取ってきます」

「おい、ちょっと待てアミラ!」


 私はゲイゼルを置いて、無関係な振りをして群衆の脇を抜け、坂を下っていった。






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