第26話 レイモンド卿

 淫魔アルダトは次々と襲い掛かってきた。甘い香りはゲイゼルには効かず、騙し討ちはヘルに見破られ、群れを成しても二人がひと暴れすると、後には淫魔アルダトの魔石が転がるだけだった。


「本当、便利な鎧よね。貴方が一人居るだけでここの魔族を一掃できるわ」


 ヘルは度々、ゲイゼルを盾代わりにして淫魔アルダトの猛攻から身を守っていた。これまでは彼女なりに退避路を確保しながら地道に傭兵団の力を削いでいたのかもしれない。


「では、ああいう場合はどうすればいい?」


 ゲイゼルは廊下の先に現れた1体の淫魔アルダトを目にして言った。その淫魔アルダトは女を片手に捕らえ、もう片手でその首を掻き切ろうと構えていた。


「コノ女の命が惜しくば武器を捨テロ!」――そう脅してくる魔族。


 ただ、ヘルはつかつかと前へ進む。


「ヘル!」

「恐いのね、恐いのでしょう……じゃあ、もっと恐くしてあげる……恐怖の気オーラオヴテラー


 ヘルから流れ出た禍々しい靄に巻き込まれ、カタカタと震えだす淫魔アルダト。抱えた女は靄に触れた途端、気を失っていた。魔族でも恐れることがあるのだ。立ちすくんだ淫魔アルダトは、とても刃が届くような距離ではないところからヘルに両腕を切り落とされた。


「――貴女は特別にすぐには殺さないでおいてあげる。どこから削いであげましょうか? どうせ死んでも元の世界へ帰るだけでしょう? 冥土への土産に楽しい想い出を作ってあげるわはぁ」


「ヤメロ……ヤメ……ヤメ…………アアアァァァァアアア!」


 廊下中に、いや、きっと屋敷中に魔族の悲鳴が響き渡ったことだろう。ヘルの怒りの大きさを示すかのように、悲鳴は長く長く続いた。相手が魔族とは言え、廊下の先で行われている行為に私は怯えた。


「耳を塞いでいろ。アミラまで狂気に飲まれる必要は無い」


 ゲイゼルがそっと抱きしめてくれた。



 ◇◇◇◇◇



「さすが人間を誘惑するだけあって淫魔アルダトは人間に近いわね。尤も、不感症の淫魔アルダトなんて何の役にも立たないけどね」


 ケラケラと笑いながらヘルがそう言った。結局、あの魔族はヘルの拷問の最中に塵となって消えてしまったようだ。


 その後はレイモンド卿の部屋へ辿り着くまでに、1体の魔族とも遭わなかった。静まり返った屋敷がむしろ不気味だった。



 ◇◇◇◇◇



 ドガッ!――ゲイゼルが扉を破り、レイモンド卿の部屋へと踏み込む。


 部屋の中は血と臓物から立ち昇る湯気と異臭でむせかえるようだった。


「やりやがったわね、こいつら……」


 ヘルが悪態を吐いて睨んだその先には、間に合わせで張り付けられたような皮膚と、ちぐはぐな細身の腕と足を継がれ、股間にも胴体ほどの大きさの不気味なものを生やしたレイモンド卿が居た。レイモンド卿はヘルの姿を目にして明らかに怯えていた。


「やめ……ろ……儂はここまでする気ではなかったの……だ。奴らが勝手に――」


「だまれ!! 魔族と手を組んだ時点でお前の罪だ!」


「イイエ、コレは貴女たちの罪よ……。貴女タチが我が眷属たちに暴虐の限りを尽くシタ、その報いナノよ……」


 レイモンド卿の傍の闇から淫魔アルダトが姿を現し、ヘルにそう告げた。


「うるさい……魔族が勝手を言ってんじゃないわよ……」


 ヘルが淫魔アルダトへ向かって踏み込むが、そこへ割り入ってきたのはレイモンド卿だった!


「か、体が、勝手に……」


 バタバタと、見苦しいほどに手足をばたつかせながら、レイモンド卿はベッドの上を仰向けのまま逆さまに這ってきた。頭は引き摺られるまま、股間の物がまるで蛇のように長く鎌首をもたげてヘルの前へ立ちはだかったのだ。


 ズバッ!――とヘルが一線を描くと、蛇の頭は刎ね飛んだ!


「ギニャァァアアア! 痛い! 痛いィィィ! ヒィィィ!」


 レイモンド卿が悲痛な叫びをあげた。


「アッハハハハハ! 愉悦、愉悦。コレだから男を苛めるのはヤメられぬ」

「そこは同感ね! だけどあんたはムカつくから殺す!」


 ヘルが踏み込もうとすると、レイモンド卿の蛇の頭が再び動き出した。しかしヘルはその蛇の頭を踏み越え、淫魔アルダトへ斬りつける!


「無駄だ、無駄だ。このキスキル様には魔剣など通じぬ……」


 ヘルの黒剣はその淫魔アルダトの身体をすり抜け、淫魔アルダト自身は霧散してしまう。


霧化ガスフォーム!? どこへ消えた! アミラ、分からない??」

「私は、聖堂騎士ではありませんので実戦で使えるような祈りは……」

「アミラ、傍に居ろ。何をしてくるかわからん」


 私がゲイゼルの傍にいくと、彼は私を胸の前で抱きかかえるようにして2枚の盾で覆う。

 こんな場合に何も役に立たない自分が腹立たしかった。


「ええい、うっとおしいわね! 気持ち悪いから近づくな!」


 レイモンド卿がヘルに向かって執拗に擦り寄っていく。ヘルはそれを斬り裂くが、レイモンド卿の蛇は内側から湧いて出るように肉が盛り上がり、再生されていくのだ。しかもヘルが真っ向から真っ二つにすると、蛇の頭は二つに増えた。


「ヒィィ、ヒィィ、助けてくれぇ……」


 当のレイモンド卿は、意に反して動く体に振り回されていた。が――


 ドンッッッ!――轟音と、そしてヘルたちを包むように巨大な火柱が下の階から突き抜け、さらには天井にまで穴を開けて燃え上がったのだ!






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る