第21話 聖堂十字騎士団

 翌朝、ハルキナの傭兵団を訪ねた。傭兵団の団長がハルキナの領主を兼ねており、実質的に傭兵団そのものがこの町を支配していた。グリについては名前を付けたことと、今は自由フリーな魔族だということをゲイゼルに紹介しておいた。ただ――


『……まあ、アミラがそれでいいと言うならオレも異論はない』


 ――などと、少々呆れ気味に言われたのだ。だが理解する努力もせずに、あの不思議な幻視や魔族の事をただ怯えて遠ざけるだけというのは私としては納得がいかなかったし、せめて少しくらいゲイゼルには私の探求心を理解してほしかったのに。



 さて、その傭兵団だが……


「ようこそ修道女様マテル聖堂十字騎士団クロイゼクネヒトへ」


 この名前をディールオ卿から聞かされた時にはひどく驚いたし、依頼を受けるべきでは無かったと後悔した。彼らは聖堂を名乗っているにも拘らず、我々の後ろ盾となる聖堂とはなんら関係が無いのだ。何故この名前なのかというと、箔が付くからだという話だ。我々修道会からすれば無礼にもほどがあった。


 そして私が訪れると言うことは既に知らされていたようだ。


「私のような小娘が何の役に立てるかは存じませんが、ディールオ卿にぜひにと頼まれましたので、ここまで参りました」


 のっけから失礼な物言いではあったが、私としてはさっさと追い出して欲しいくらいだったのだ。ところが――


「こんな若くてお綺麗なお嬢さんが相談に乗ってくださるとなると、我があるじ、レイモンド様も喜ばれますでしょう」


 見かけによらず、傭兵などとはまるで無縁のかのような紳士的な男は、そう言って私とゲイゼルを招き入れてくれたのだ。グリについては外に置いてきた。キラキラしたものが目に入っても、人を襲わないよう念入りに言い聞かせて。



 ◇◇◇◇◇



「閣下、スッラーラ卿より遣わされたれいの修道女マテルがお見えになられました」


 我々は敷地の奥の、もっと高い場所に在る屋敷の一室へと案内された。建物と建物の間に階段や小さな中庭を挟んで、岩山の斜面に沿うようにいくつも屋敷が建っていたのだ。

 部屋からの返事は聞こえなかったが、私たちは中へと通される。


 私は部屋の中の様子に眉をひそめた。


 部屋の中には、裸と変わりない恰好で首輪をつけられた数人の女が居たのだ。そして部屋の奥には広いベッドがあり、そこには……そこにはまるで人と思えないような存在が居て女たちをはべらせていた。目の前の光景に私が言葉を失っていると――


「(……バケモノを見るのは楽しいかね……?)」


 くぐもった、聞き取り辛い言葉で自らをバケモノと呼ぶ、その存在は私に問いかけた。


「いったい……これは……」


 私は言葉に詰まる。

 すると紫色の薄衣を纏った女が、首輪をつけられた女たちを退かした。そして吸い飲みのようなものを持ち出し、そのの口らしき部分に当てて、中身を注いだ。再びその存在は口を開く。


「……見事な物だろう。腕も脚も刎ねて皮を削ぎ、はらわたを引きずり出してなお、生かしておくと言うこの芸術を……」


「…………障りはないので?」


「……障り? 障りだと! 高価な薬に頼らねば昼も夜も地獄を味わうような痛みにさいなまれる! 目の前に他人がうらやむような女を置いても指一本触れられぬ! 目や舌を他人から奪って継いで、ようやくかろうじて会話ができるのだ!」


 芸術などと自虐しながらも、は自らの不幸を吐き出した。いったい、どれだけの恨み辛みを吐き出しながら、どれだけ大勢の人をその不幸へと巻き込みながら、こうやって生きながらえているのだろうか。せめて安らかに過ごせないのだろうか。


 カシャリ――私を心配したのか、後ろでゲイゼルが音を立てて腕を組み、存在を知らしめようとした。


「……それで閣下、相談事とは……」


 ゲイゼルの存在のお陰で少しだけ落ち着くことができた。

 とにかく一刻も早くこの場から立ち去るため、要件を聞き出そうとした。


「……儂をこのような目に遭わせたが舞い戻ってきたのだ……」


「女? 女がこれを?」


「……そうだ。ヘルという名の女だ。あれが戻ってきたのだ。儂の部下を、15年前と同じように一人ずつ、儂と同じような身体に変えていっているのだ」


 屈強な傭兵を女が殺して回っていると言う事なのだろうか?


「その女に……何か恨みでも買ったのですか?」


 そう問うと、くぐもった声で笑う男。


「……恨みなど気にしていては、傭兵は務まらぬわ」


「なるほど……。ただ、私にはこのような荒事を解決できるだけの腕はございません。力及ばず誠に申し訳ございませんが閣下、どなたか腕の立つをあたってください」


「……ググハハハ! 帰れ帰れ! システィルなど、裸に剥いても小便臭いだけだ!」



 ◇◇◇◇◇



「傭兵団に用心棒を雇えなどと、アミラもな」


 退室した途端、ゲイゼルが茶化してきた。けれど――


「ありがとうございます。助けてくださって……」

「なに、あまり若い娘が長居すべき場所では無いとオレも思ったのだ。ディールオ卿には悪いが、さっさと引き上げた方が良かろう」


 ゲイゼルの存在が嬉しかった。

 そうしていると、ここまで案内してきてくれた男が頭を下げてきた。


修道女様マテルあるじが大変失礼を申し上げました」


「……いえ。不快ではありましたが貴方が謝るようなことではありません。それよりも、部下の方も彼と同じ処置を?」


「クリストフとお呼びください。――まさか。見るも憐れな姿です。その場で止めを差すのがせめてもの情けと……」


「ではあの男……レイモンド卿サー・レイモンドだけがあのような処置を? なぜ皆、そこまであの男に尽くしているのです」


「それが……諫めようとする者が皆、怪死するのです……」


「誰かが暗殺しているという事ですか?」


 クリストフ氏は答えなかったが、彼が傭兵団に在りながら人当たりが良いのも頷ける。つまりは彼のような人物でなければ、レイモンド卿の傍で生き残れなかったのだ。


「――誰も彼も、いったいどれだけ殺し合いをすれば気が済むのかしら!」



 ◇◇◇◇◇



「それで? いったいどういった風の吹き回しだ?」


 私は結局、屋敷を出ないまま、クリストフ氏に部屋を用意してもらっていた。正直なところ、こんな不快な主の居る屋敷には長居したくなかった。ゲイゼルにもそう伝えていたし、彼もよく分かっていた。しかし――


「何かこう…………むしゃくしゃするんですよね! 人がこう……当たり前のように死んだり、殺されたりするような世の中に納得がいかないんです!」

「わからんでもないが、それはもっと平和に暮らしている人たちに向けてやるべき優しさでは無いのか?」


「いいえ、こういう傭兵を生業なりわいとするような人たちにこそ、修道会は道を示すべきなのです。彼らのような力ある者が、せめて人らしくあらんとすることが大事なのですよ。でなければ、下の者をいくら助けてもきりがありません」

「しかしは既に中身まで人を捨てていると思うぞ」


「ならば力を削ぐまでです!」


 私はクリストフ氏を説得し、協力してもらってレイモンド卿を諫めて貰った。それも、私の所属する修道会の名を持ち出して。修道会に報告し、この現状に介入して貰おうと伝えて貰ったのだ。実際、そうすることも可能だろう。修道会の後ろ盾には本物の聖堂騎士団ホーリーオーダーが居るのだ。


 ただ、私はそうはならないと考えた。そしてレイモンド卿をどうにかすることはできなくても、暗殺者を仕留めることなら何の問題もなかろうというわけだ。私は屋敷の窓からそっと、グリを招き入れた。







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