第19話 ハルキナにて
「
まるでそれが泣き声かのように、デリータの膝の上で
「可愛らしいこと。とても魔族には見えないわね」
「あの……デリータ様?」
「呼び捨てで構わないわ、システィル。何ならあたくしもアミラと呼ばせてほしいくらいなの」
「それは構いませんが……。それはいつ人を襲うかわかりませんよ?」
「あら? 契約は守ると言ったのでしょう?」
「契約、守ル……」
自分で言っておいてなんだが、そこまで信用されるとこちらが心配になってくる。
「あたくし、実はこれでも元傭兵なのよ。今のあたくしからじゃ信じられないでしょうけれど」
「それは……確かに意外です。お嬢様と呼ばれてましたから」
「これでも未婚なの。ほら、今どき地母神様の仰られるように15で子を
「修道会は、男も女も、ただ一人のために身を許すというのが本懐ですので。何しろ古王国では性風俗が乱れたと申しますから、その反発が修道会の基礎を形作りました。皆、修道院の中で慎ましやかに生活しております」
「まあ、それでは修道会の中でしか出会いが無いのでは?」
「ええ、しかも家族のような中で貞節を是とするようなものですから、男も女も未婚のまま終えてしまうことが当たり前になってますね」
「慎ましやかなのも考えものね。それでは本末転倒だわ」
「確かにその通りですね」
私もその矛盾には気付いていた。
そのことを思い出していると――
「ああ、それでねアミラ。あたくし、これでも地母神様から祝福を授かっておりますのよ」
「そうなのですか?」
「ええ。ただ、戦場で得た祝福が、何と彫金師でしたの。こう言っては神様に申し訳が立ちませんが、正直、笑ってしまいますでしょう?」
「え、ええ……」
「ともかく、あたくし彫金師としてはたくさん稼がせてもらったわ。ただ、昔からおかしな事件が周りで絶えなかったのよね。特に人死には多かったわ。誰もが黄金の呪いだって言ったけど、あたくしは信じなかった。もしかすると、この子がその原因だったのかもしれないわね」
「それだけのことがあって、まだこの
「金で買った契約ですもの。これ以上に信用できるものはないわ」
デリータは呆れるくらいに金の力を、口約束の契約を信用していた。誓いを信じるという古風な習慣を、この自由奔放な彼女が信じていることに驚いた。
◇◇◇◇◇
岩山にへばりつくようにハルキナの町は在った。領境でなお独立した力を持っているその町は、天然の要害でもあり、傭兵の町としても強固な防御を築いていた。それもあって馬車を降りたあとは歩いて登るしかない。
「アミラは観劇の趣味はおあり?」
「観劇は……恥ずかしながら一度も……」
「まあ! それは勿体ない。ぜひ、一緒に観ていかない? 古代帝国から続いたこの土地ならではの庶民の娯楽よ?」
古代帝国では観劇というものが珍しくなかったという。ただ、今の時代にそんなものが観られる場所があるなんて思いもしなかった。
「ゲイゼル……」
「ああ、楽しんでくればいい。オレはこの鎧では邪魔になるから外で待っていよう」
ゲイゼルは馬車に乗らず、負傷した騎士の馬を駆りてここまで駆けてきた。
「外で待たせるわけにはいきません。せめてどこか宿へ――」
「気にするな。この鎧ならどこにいても居心地は変わらない」
◇◇◇◇◇
結局、デリータに押し切られて観劇に付き合うこととなった。
「ごめんなさいねアミラ、いつもなら
「いえ、十分ですよデリータ」
長椅子が整然と並ぶ
舞台では、今の時代ではとても目にしないような鮮やかで奇抜な衣装を身に着けた演者たちが、古代の演目を演じていた。衣装を見るだけでも面白いし、何より台詞回しが独特だ。加えて、古王国の言葉まで出てくるではないか。
興味を惹かれて見入ってしまった。ただ、観ているとだんだんと雰囲気が甘くなり、いかがわし気な衣装を纏った女たちがくるくると舞い始めた。
「(あのような衣装が大昔にあったのですか?)」――デリータに思わず小声で聞いてみた。
「(ええ、古王国で大昔に流行ったらしいわ。今見ても新鮮よね、とくにあの
「ん゛っ…………」
「(どうしたの?)」
「(いえ、なんでも……)」
上に着た丈の短いふわりと広がるような衣装のことを聞いていたのだけれど、まさか
ついでに言うと先日、宿の部屋にゲイゼルが訪れた時、うっかり前の晩に洗って干しておいた下着を見られてしまった。ただ、私としては簡素な下着のつもりだったので、今更恥ずかしがるような物でも無いと思って気にもしていなかった。しかしその時、ゲイゼルはというと――
『
――そう言って、私の
私が頭を抱えて観ていると、やがて彼女らと一緒に舞い始めたのが古王国の伝説の王子だった。
「ほわ…………」
――と、甘いため息が右隣の少し離れた場所から漏れた。
そこには旅装束の
その
場面が場面なのもあって、恍惚としたその彼女はとても煽情的に見えた。
しかも彼女はもじもじと身体をくねらせ、お腹の辺りに手をやっていた。
目が離せずにいたら、向こうもこちらに気付き――
「(えっ……)」
「(あっ……)」
――とお互いに声を上げた。
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