第24話『オカ研・夏の合宿! 前編』


 やがて合宿当日がやってきた。


 俺と玲奈れいなは準備を整え、学園前に集合する。


「来たわねー」


「うーっす」


 バスから降りると、瑞帆みずほまことが出迎えてくれる。


 その傍らには車が停まっていて、運転席に鬼ヶ瀬おにがせ学園長の姿が見える。


「……あれ? 湯平ゆのひら部長は?」


 集ったメンバーの顔を見渡したあと、ふと気になって尋ねる。


「湯平は色々あって現地集合だ。荷物をトランクに積んだら車に乗れ。出発するぞ」


 鬼ヶ瀬さんはそう教えてくれたあと、車の後方を指差す。


 俺たちは言われるがまま、荷物をトランクに押し込むと、車に乗り込んだ。


 ◇


 目的地である合宿所は、ここから高速で一時間ほど走り、そこから山を超えた先にあるらしい。


「いやー、最高の合宿日和だな」


 サングラスに太陽光を反射させながら、鬼ヶ瀬さんは軽快に車を飛ばす。


 ちなみに助手席には慎が座り、俺は後部座席で瑞帆と玲奈に挟まれていた。


 ……どうしてこうなったんだろう。


 鬼ヶ瀬さんの用意してくれた車は、そこまで広くない。どうしてもその、左右の二人と肩が密着してしまう。


「おっと、ここからしばらくS字カーブが続くぜ!」


 そうこうしていると高速を下り、山道に差しかかる。途端にカーブが多くなった。


「わわわっ」


「うひゃあっ」


 車がカーブを通るたび、後部座席に座っている俺たちは右へ左へと揺さぶられる。


 シートベルトはしているが、その勢いを完全には殺しきれない。


「うわわわわっ!?」


「おわっと!」


 俺のほうに寄りかかってきた瑞帆を、反射的に支える。その拍子に、彼女の胸に触れてしまった。


「ちょっと、触ってんじゃないわよ!」


「わ、悪い!」


 突っ込んできたのはそっちだろ! なんて考えるも、口には出せない。反対を向けば、玲奈が頬を膨らませていた。


 ……玲奈、俺は悪くないぞ。これは不可抗力だからな。


「わあっ!?」


 そんなことを考えていた矢先、今度は玲奈が突っ込んでくる。


 慌てて支えると、右手が柔らかいものに触れてしまった。


「お前ら、楽しそうだなー」


 その時、助手席から慎の声がした。


「代わってやろうか!?」


「遠慮しとくわ」


 思わずそんな言葉を返すも、彼はひょうひょうとしていた。


 くそっ、帰りは絶対交代してもらうからな。


 ◇


 ぐねぐねと曲がりくねった道を通り抜け、山を超えると……やがて目の前に海が広がった。


「おおっ、海だ」


 誰ともなく歓声を上げる。


 俺たちの住んでいる街は海から遠いので、実際の海を見るのはずいぶん久しぶりだ。


 そのまま道なりに進み、真っ白い平屋の建物の前で鬼ヶ瀬さんは車を停めた。


「ついたぜ。ここが合宿所だ」


「すっご……これ、学園長先生の別荘だったりするの?」


「残念ながら違うな。本来、教員向けの施設だ。最近使ってなかったから、ちょうどいいかと思ってな」


 腕組みをしながら、彼は建物を見上げる。


 言われてみれば、少し古めかしいような。なんともいえない昭和感がある。


「やあ、来たかい。時間通りだね」


 その時、玄関扉が開いて湯平部長が顔を覗かせた。


「え、部長、なんでいるんですか?」


「学園長の指示でね。前乗りして室内の掃除をしていたのさ」


 思わず尋ねると、そんな言葉が返ってきた。


 言ってくれたら、全員で掃除したのに……。


「ちょうど掃除も終わったところだし、合宿所の中を案内しよう。あ、荷物も持ってきて」


 埃にまみれたエプロンをたたみながら、湯平部長は言う。


 申し訳ない気持ちになりつつ、俺たちは彼のあとに続いた。


「こっちがキッチンで、ここが談話室。お手洗いと浴室はあの廊下の先で……」


 部屋に荷物を置いたあと、湯平部長は室内を案内してくれる。予想していたよりかなり広い建物だった。


「おーおー、まるで業者にでも頼んだみたいにきれいになってやがる。さすが湯平だ。助かったぜ」


 最後尾を歩く鬼ヶ瀬さんは、室内を見渡しながらご満悦だった。


「学園長に言われたら断れませんからね。それに、掃除は僕の数少ない特技ですから」


 恥ずかしいのか、メガネの位置を整えながら部長が言う。


 彼、前乗りしたと言っていたけど……ここまで公共交通機関で来たんだろうか。謎だった。


「ところで学園長先生、このあとの予定は?」


「予定だと?」


 室内をあらかた案内し終えた頃、玲奈が尋ねる。


「そうだなぁ……夜はバーベキューをするから、準備を手伝ってくれ。それまでは海で遊んでていいぞ」


「ええっ……そんなのでいいの? 合宿っていうくらいだから、スケジュール決まってたり、もっとオカルト研究会っぽいことすると思ってたんだけど」


 鬼ヶ瀬さんの口から出た言葉に、玲奈は困惑顔をする。


 おそらく彼女の頭には、運動部の合宿みたいなものがイメージされていたのだろう。


「あー、じゃあ、夜に集まって怪談話でもするか。そのあと肝試しだ」


 少し悩んだあと、鬼ヶ瀬さんはそう口にした。


 たしかにオカルト研究会っぽいけど、それでも遊びの域を出ないような気がする。


 合宿というのは表向きで、実際は親睦旅行みたいなものなんだろうか。


「ま、細かいことは気にせず、若い連中は海で遊んでこい。ほら、行った行った」


 窓の外に広がる青い海を指差しながら、鬼ヶ瀬さんは言う。


 俺たちは顔を見合わせたあと、水着を取りに向かったのだった。



 ……それから水着に着替えて浜辺に行くと、そこには慎と瑞帆の姿があった。


「あれ? 玲奈はまだ来てないのか?」


「んー、準備があるから先に行ってって言われたわ」


 どこから調達したのか、ビーチボールを持った瑞帆が言う。


 その時、自然と彼女の水着が目に入る。


 これは……俗に言うタンニキというものだろうか。胸周りの露出が少ないビキニだった。


准也じゅんや……じっくり見てるとこ悪いが、瑞帆は自信のない部分はしっかり隠しているぞ」


「え?」


 慎がニヤニヤと笑みを浮かべていた。何か勘違いされている。


「ちょっと慎、その言い方ないでしょー。この水着、あんたが良いって言ったから買ったのに」


 そんな慎を肘で小突きながら、瑞帆が言う。水着、二人で買いに行ったのか。


「ごめん、遅くなっちゃった」


 そんなことを考えていると、玲奈がやってきた。


 彼女の水着はワンピースタイプで、露出は少ないが可愛らしい感じだ。


「玲奈、なんか用事でもあったのか?」


「うん。あの二人を手伝ってたの」


 玲奈は遠くの浜辺を指差す。そこにはビーチテントが出ていて、その中に湯平部長と鬼ヶ瀬さんが寝っ転がっていた。


「あの人たち、海に入る気はないのか?」


「まー、海の楽しみ方は人それぞれよねー。玲奈、あたしたちは泳ぎましょー」


「うん!」


「ちょいまち」


 そのまま駆け出していく玲奈の手を、俺は慌てて掴む。


「やけに乗り気だけどさ、お前、泳げないだろ?」


「ふっふっふ。じゅんくん、もう今までのわたしじゃないんだよ」


 小声で尋ねるも、玲奈はしたり顔で言う。


「なんかキャラ変わってるし。その自信はどこから出てくるんだ?」


「いいから見てて」


 そう言うが早いか、玲奈は海に飛び込んだ。


 これはまずい。普段なら波に洗われるように溺れて、浜辺に打ち上げられるパターンだ。


「……あれ?」


 俺は助けに行く気満々でいたが、玲奈は波の上に浮いていた。


「……どうなってんだ? 万年カナヅチの玲奈が」


「実はねー。『水』のカードを持ってきたの」


 ニコニコ顔の玲奈に対し、俺は思わずその全身を見る。


 たしかに『水』のカードを使えば、海水に浮くのも簡単かもしれないが……その手には何も握られていない。


「……どこに持ってるんだ?」


「それは秘密」


 思わず訊いてみるも、教えてはもらえなかった。


 ワンピースタイプの水着だし、お腹辺りにでも忍ばせてるのかな。


「とにかく! これで一緒に遊べるよ!」


「どわっ!?」


 溺れる心配がなくなったのが嬉しいのか、玲奈は妙にテンションが高い。そのまま海の中に引っ張り込まれ、俺は思いっきり海水を飲んでしまった。


 ……それにしても、マグナカードはそんな使い方もできるんだな。

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