第21話『森に潜むモノ』


「よっしゃ、そんじゃやるか!」


 鬼ヶ瀬おにがせさんのそんな掛け声とともに、俺は草藪から飛び出す。


 手始めに『拳』と『鋼』のカードを発動させた鬼ヶ瀬さんが、巨大なナナフシの足に殴りかかるも……表面が少し削れただけで、大したダメージは与えられなかった。しかも、傷ついた表皮はすぐに再生していく。


「おいおい。鋼を弾き返しやがるのかよ。どんだけ硬ぇんだ」


 言うが早いか、鬼ヶ瀬さんは粒状の鋼を散弾銃の弾のようにばらまく。これも通用しない。


「くそっ……まるで防御に全振りしたみたいなやつだな」


 物理的な攻撃が効かないと悟った彼は一旦後退する。次は俺の番だ。


 まず『雷』のカードを発動し、渾身の力で雷撃を加えてみるも……涼しい顔で地面に受け流された。


 続いて『土』のカードを使い地面に抑え込み、動きを封じようとするも……ものすごい力で抜け出される。


「虫もデカくなると厄介だな……敷戸しきど、奴の周囲を土の壁で覆え。姫島ひめしまはそこに水を注ぎ込むんだ」


 おそらく溺れさせる作戦なのだろうけど、奴のサイズが大きすぎて土壁をイメージできなかった。


 中途半端に生み出した土の壁は、その長い足の攻撃で瞬時に壊されてしまう。


 そうこうしているうちに、ナナフシは移動を始め……俺と鬼ヶ瀬さんの頭上を通過。ゆっくりと玲奈れいなのほうへと向かっていく。


「やばい、玲奈逃げろ!」


 顔面蒼白のまま固まっている玲奈に声をかけると、彼女は我に返る。


「わわわ、来ないで!」


 そして何を思ったか、虫除けスプレーを取り出すと、眼前に迫る巨虫に向けて噴射した。


 当然効果があるわけもなく、逆に怒ったナナフシはその前足を振り下ろす。


「わああああっ!」


 身の危険を感じた玲奈は即座に『水』のカードを発動。まるで鉄砲水のような強烈な水流で、巨大な虫を吹き飛ばした。


「うぉっ……マジかよ。なんつー威力だ」


 遠くの地面に横たわるナナフシを見ながら、鬼ヶ瀬さんが驚嘆の声を上げる。


「ご、ごめん。怖くてつい、本気を出しちゃった」


 俺達のもとに駆け寄りながら、玲奈はそう口にする。


 『水』のカードといえば防御のイメージが強いけど、ああやって攻撃にも使えるのか。


「……あれ、なんだかあの子、喜んでない?」


 その時、玲奈が巨虫を指差す。いつしか起き上がっていたそいつは、地面の水を嬉しそうに吸収していた。


 それを見ていた俺の脳裏に、ある考えが浮かぶ。


「なぁ、もしかしてあいつ、虫じゃないんじゃないか」


「え?」


「いや、見るからに虫だろ」


 揃って不思議そうな顔をする二人に、俺は続ける。


「雷は地面に流されたし、土による束縛も虫除けスプレーも効果なし。逆に水は喜ばれるってなると、元々は植物なんじゃないかって思うんだ」


「植物だ? あれだけ元気に動き回ってるのにか?」


「植物が動かないってのも、俺たちの固定概念かもしれないし。それこそハエトリソウやウツボカズラみたいに、動く食虫植物だっているしさ」


「……じゃあ、水で喜んでるのって」


「今って夏だし、梅雨明けてから、ずっと雨降ってないだろ。たぶん、水が欲しかったんだよ」


 そこまで説明すると、鬼ヶ瀬さんと玲奈は押し黙る。


「じゃあ、水をあげればいいの?」


「ああ、試しにやってみてくれ。今度は優しくな」


「わ、わかってるよっ……虫じゃないってわかったら、もう怖くないもん」


 玲奈はそう言って、改めて『水』のカードを発動する。


 それはまるで霧雨のように周囲を覆い、森の木々を濡らす。


 やがて満足したのか、巨大なナナフシはその動きを止め、淡い光に包まれていく。


 その光が収まると、俺たちの眼前には巨大な一本の木がそびえ立っていた。


「……こいつがナナフシの正体だったわけか」


 その巨木を見上げながら、鬼ヶ瀬さんが呟く。その直後、俺の前に一枚のカードが降ってきた。


「……『樹』のカードだってさ」


 拾い上げてみると、そこにはそんな文字とともに、まるで木の精霊を思わせるような少女のイラストが描かれていた。


「マグナカードの入手法って、戦って倒すだけじゃないんだね。なんか、友達になった気分」


 俺の手元にあるカードを見ながら、玲奈が嬉しそうに言う。


「せっかくだし、このカードは玲奈が持ってろよ」


 そう言うと、俺は『樹』のカードを玲奈に手渡す。


「え、いいの?」


「直感だけど、俺の手持ちのカードとは相性が悪い気がするんだよな。『雷』も『土』も通じなかったし、『炎』は怖がらせそうだしさ。その点、玲奈は『水』のカードを持ってるし」


「うん。植物に水は大事だもんね。それじゃ、責任持って管理するよ」


 玲奈は嬉しそうに言って、『樹』のカードをスカートのポケットにしまった。


「よーし、いい感じに片付いたし、帰るか。早くしねぇと虫だらけになるぞ」


 鬼ヶ瀬さんがそう言ったところで、玲奈が笑顔のまま固まる。


 すっかり忘れていたが、ここは森の中。虫たちの楽園だった。


「……植物さんたち、道を空けて!」


 次の瞬間、涙目の玲奈が『樹』のカードを発動する。


 すると、まるで意思があるかのように草木が左右に割れ、遊歩道までの一本道が現れた。


「早く! 早く帰ろう!」


 その道をダッシュしていく玲奈を眺めつつ、俺と鬼ヶ瀬さんは顔を見合わせたのだった。


 手に入れたばかりのカードを瞬時に使いこなすなんて、玲奈はやっぱり素質あるんだろうなぁ。

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