第11話『初の実戦』


 鬼ヶ瀬おにがせ学園長に指示された通り、俺たちは夜を待って家を出た。


じゅんくん、お待たせ」


 途中で玲奈れいなと合流し、自転車で学校へと向かう。


「俺はいいとして、お前よくこの時間に外出できたな」


「准くんの家に忘れ物したって言ってきた。帰るの遅くなったら、話し込んでたってことにしとく」


 俺と並んで自転車を漕ぎながら、玲奈はほくそ笑む。家族がいると色々大変そうだ。


 ……それからしばらくして、俺たちは学校にたどり着く。


 その入口は柵があり、守衛さんまでいた。


敷戸しきど君と、姫島ひめしまさんかい? 学園長から話は聞いているよ」


 どうしたものかと悩んでいると、守衛さんはそう声をかけてくる。そして特に気にすることなく、柵を開けてくれた。


 俺たちはお礼を言ったあと、その近くに自転車を止め、先を急いだ。


「……お、随分と早いな。これを見てみな」


 校舎の脇を抜けてグラウンドに出ると、そこに鬼ヶ瀬さんが立っていた。


 彼が指し示す先には、ボコボコになったグラウンドがある。


 心なしか、写真で見た時よりひどくなっている気がする。


「今朝までは普通のグラウンドだったんだ。重機でも持ち込まない限り、人間にこんなことはできない。こりゃ十中八九、マグナカードの仕業だな」


 どこか嬉しそうに彼は言う。その間も地面はボコボコと音を立て、その下で何かがうごめいているのがわかった。


「そら、おいでなすった」


 ややあって、地面から巨大な動物が顔を覗かせた。


 特徴的な尖った鼻と、ずんぐりした胴体。そして鋭い爪のついた前足。俺はその姿に見覚えがあった。


「……モグラ?」


「だな。どうやらマグナカードのやつ、モグラに取り憑いたらしい」


 再び地中へ潜っていく様子を見ながら、鬼ヶ瀬さんが笑う。


「とりあえず、二人で捕まえてみろ。俺は見ててやる」


「……実際のモグラより何十倍もでかいけど。あれって危なくないのか?」


「危ねぇだろうな。あの爪で攻撃されたら、ひとたまりもないぞ」


 至って冷静に彼は言うも、俺は背中に冷たいものが走る。


「本気で危なくなったら助けてやるよ。それに、この辺りは安全地帯だ。いざとなったら、ここに逃げ込めばいい」


 続けてそう言い、足でトントンと地面を叩く。


「あのモグラに取り憑いているのは、おそらく『土』のカードだ。だから地面はいくらでも掘り進められるが、ここはコンクリートだからな」


 再び地面を足で叩く。


 なるほど。安全地帯があるのなら、まだ戦いやすいかもしれない。


「というわけで、頑張りな」


 そう言ってすぐ、鬼ヶ瀬さんは数歩後ろに下がる。俺と玲奈は視線を交らわせた。


「……准くん、頑張ろ」


「よし……やるか」


 大きく息を吸い込んだあと、俺は『炎』のカードを手にする。アルスマグナとしての初仕事だ。


 隣に立った玲奈も俺と同じように『水』のカードを取り出す。すると、それまで好き勝手に地中を掘り進んでいた巨大モグラが、俺たちのほうへ突っ込んできた。


 事前に玲奈と話し合い、ある程度の作戦は決めてある。まずはその通りにやろう。


「……えい!」


 直後に玲奈が前方へ巨大な水の盾を展開する。


 本人いわく、可能な限り水圧を高めたらしい水の壁は、モグラの突進攻撃をしっかりと受け止めていた。


「……やるな。姫島は防御タイプか」


 鬼ヶ瀬さんのそんな声が聞こえたものの、気にしている余裕はない。次は俺の番だ。


 俺は右手を前に出し、脳内に炎の槍をイメージする。


 カードから発せられた熱が体を通り、手のひらに収束。炎をそのまま具現化させたような、一本の槍が出現した。


 ……よし、うまくいった。


 マグナカードと戦うための武器として、俺が考えたのがこの炎の槍だ。これならリーチがあるし、投げ放つこともできる。多少は安全に戦えるはずだ。


「玲奈、下がってくれ!」


「うん!」


 玲奈が後退すると同時に、水の盾は消え去る。俺はそこに飛び込んで、すかさず炎の槍を突き出す。


 ……けれど、僅差でモグラは地面に潜ってしまい、俺の攻撃は虚しく土を突いた。


「逃げられたっ……どこだ?」


 一歩下がって、グラウンドを見渡す。そこには奴が空けた穴がいくつもあった。


 その穴の一つから『土』のカードが飛び出してくる。


 そこ目掛けて炎の槍を振るうも、再び穴の中へ逃げられた。同じような動作を、何度か繰り返した。


「わははは、まるでモグラ叩きだな」


「准くん、全部の穴を同時に攻撃しないと!」


 鬼ヶ瀬さんの呆れ声と、玲奈の助言が同じタイミングで飛んでくるが、今の俺に広範囲攻撃なんて芸当はできない。一瞬でも気を抜くと、この槍は消えてしまうんだ。


 当初考えていた作戦は完全に失敗したし、次の手を考えるしかない。


「玲奈、グラウンドを水浸しにしてくれ!」


「う、うん!」


 俺が指示を出すと玲奈は『水』のカードを掲げ、乗用車サイズの水球を生み出す。


 彼女との魔力量の差に呆れる他なかったが、次の瞬間に水球は地面に衝突。グラウンドの広範囲が水没した。


「あ、出てきたよ!」


 玲奈が叫ぶ。そこには泥沼と化したグラウンドでのたうつモグラの姿があった。


 いくらマグナカードとはいえ、動物に憑依している以上、呼吸をする必要があるらしい。


「……これで、どうだっ!」


 俺は狙いすまし、全力で炎の槍を投じる。その槍先がモグラに命中すると同時に炎が広がり、グラウンドが沸騰した。


「よしっ……!」


 炎の中で悶え苦しむモグラの姿に手応えを感じるも……奴は火だるまになりつつ、俺に突っ込んでくる。


「准くん、危ない!」


 その移動速度は先程までの比ではなく、玲奈の盾も間に合いそうにない。


 みるみるうちに距離を詰められ、鋭い爪が俺に迫ってくる。


「……おっと、そこまでだ」


 反射的に両手で顔を覆った時、そんな声とともに衝撃音がした。


 目を開けると、そこには地面に横倒しになったモグラと、それを見下ろす学園長の姿があった。


「敷戸も姫島も、初戦にしてはいい線行ってたんだがなぁ。最後の最後で気を抜いたか」


 そう口にする彼の両腕は肥大し、謎の光沢を放っていた。


 ……なんだ、あれ?


 その光景に思わず釘付けになった矢先、異形の腕が猛烈な勢いで振り下ろされる。


 ぐしゃりという耳障りな音がして、巨大なモグラは光の粒子となって消え去った。


「よし。いっちょ上がりだ」


 呆然と立ち尽くす俺たちの前に、鬼ヶ瀬さんは一枚のカードを手にやってくる。


「ほれ、固まってないで受け取れ。お前らのカードだぜ」


 学園長は続けてそう言い、手元のカードを差し出してくる。そこには『土』という文字と、先程戦ったモグラの絵が描かれていた。


「鬼ヶ瀬さん、その腕は……?」


「これか? 俺の持つ『拳』と『鋼』のカードの力だ」


 彼はにやりと笑ったあと、その両腕を見せつけるようにしてくる。


「そんな腕で殴られたら、あのモグラさんはもう……」


「そう悲観的な顔をするな。マグナカードと分離したし、モグラ自体は生きてる」


 鬼ヶ瀬さんが視線を送った先では、手のひらサイズのモグラが必死にコンクリートの地面を掘っていた。


「わ、かわいい」


「さて、最後にもうひと仕事だ。敷戸、『土』のカードを使って、このぐちゃぐちゃになったグラウンドを戻してみろ」


 玲奈がモグラを優しく抱きかかえる傍ら、鬼ヶ瀬さんからそんな指示が飛ぶ。


 俺は先ほど受け取ったばかりの『土』のカードを掲げ、普段のグラウンドを想像してみる。


 やがてカードが淡く光ったかと思うと、あれだけあった水が地中に吸い込まれるようになくなり、地面の凹凸も一瞬で消えた。


「……すげ」


「『土』のカードはその名の通り、土や砂を操る力がある。これは色々応用できるぜ」


 新しいオモチャでも手に入れたかのように、学園長は笑みを浮かべる。


 たしかに色々できるかもしれないけど、一枚入手するだけでこの苦労だ。


 残りは31枚。まだ先は長い。

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