第22話 あるハンター ★
「くぅッ! しつッこいッ!」
今日はついてない。
朝は寝ていた階段の踊り場から転げ落ちて目を覚ますし、
バッグに穴が開いて今日の昼用に携帯してきた食料はダメにするし、
そして今、サラマンダーの群れに襲われ死にかけている。
「クソッ!こいつら『ハグレ』だッ!」
ダンジョンのモンスターが存在する位置は基本的にある程度固定されている。
具体的には階層を跨いでの移動は殆どない。
しかし時たま、その階層を移動してハンターの前に出現する事例が発生する。
数階層分の移動ならばまだいい。それぐらいならば劇的に強さは変わらないし、精々不意を突かれるぐらいだ。普段からリスクを考えて行動するハンターならば大抵は生還できる。
しかし、中には適正深度を大きく逸脱して出現する事例もある。今回のように『下層域』から『中層域』に進出してくるような、そんな個体が。
そのような個体はハンター業界に於いて『ハグレ』と言われ、恐れられている。
理由としては、圧倒的格上との偶発的遭遇がそのハンターにとって致命的であるのと、そしてもう一つ。
ハグレが発生するのが、たいていの場合『迷宮氾濫』の予兆であるからだ。
「これから迷宮氾濫が起こるってこと?」
「わからないけどそれ以外ないでしょ!まずは生き残らないと・・・・ナスノ!」
期待の若手として、持て囃され知らず知らずのうちに増長していたのかもしれない。
少し背伸びして、それでもある程度の余裕を持って挑んだ、中層域下部。
やはりもっと慎重に挑むべきであったか。
効率を考えて一泊などせず、昨日の時点で帰るべきであったか。
後悔が一瞬頭をよぎるが今そんなことを考えても仕方がない。
赤黒い皮膚のサンショウウオを車大ほどの大きさまで巨大化させたような3匹のモンスター。
一見可愛らしい顔つきをしているが、その特性は凶悪だ。
威力、攻撃範囲共に強大な炎の魔法攻撃に、高温のブレス、柔らかそうで刃の通りが悪い皮膚。
未だダンジョン内での討伐記録は数件しか存在しない、紛うことなき、深層に巣食う怪物の一種。
それが、三体。
「ちぃッ!」
突っ込んできた一匹をすんでのところで転がり避ける。
そこそこの値段がしたヘッドマウントカメラがすっ飛んでいくのが視界の端に見えたが、そんなことを気にしている余裕は存在しない。
すれ違いざまにサラマンダーの突進する足の軌道上に置いた刀の刃は、しかし傷一つ付けることなくはじかれる。
傍で止まったサラマンダーが身体を力ませるのを見て必死に走り遠ざかる。
「ぐぅ、あっつ!」
サラマンダーの全身から瞬間的に炎が吹き上がり、背後から体を炙るような猛烈な熱波が押し寄せる。
ポニーテールに纏めた髪がチリチリと焦げる音がした。
これは、まずい。
避けるのに精一杯でまるで攻撃ができない。
このままでは、私も、トモエ姉さんも・・・・
自分達の未来を予想するのは、極めて簡単だった。
『死』。
「ぐぅ・・・!」
敵の口から、まるで小さな太陽のような火球が放たれるのをみて思考からひき戻される。
一見、初級魔法杖として市場に多く出回っている『ファイアーボール』と同じ様に見える魔法だが、その温度は比較にならないほど高い。
幸い速度はそこまで速くなく、それ自体は注意さえしていればギリギリ避けることができる。
しかし、これは爆ぜる。
間一髪で避けた火球が、地面に当たって数瞬、地に粘着したように見えたそれは内から爆発し花火のように炎の雨を周囲にまき散らす。
しかも厄介な事に、足元を狙ってくるのだ。
飛来する火球を避けたとしても、直ぐに離れなければ焼かれる。
再び飛来した火球を飛び避ける。
どうやら、弱い私から潰すつもりらしい。
いや、ただの気まぐれなのかもしれない。ダンジョンモンスターのこいつらに自我があるのかは知らないが。
「『雷光』!」
姉さんが敵の懐に飛び込み、居合切りを放ったのが見えた。
流石は神楽家で当代随一といわれる腕前、そして恵まれた魔力量を持つ女だ。
紫電を纏い速度、強度共に強化され彼女の技術により制御された刀身はサラマンダーの皮膚を黒く焦がし引き裂き―――
それだけに終わった。
彼女の攻撃など気にも止めていないのかそれとも状況により目標を変更する頭すらないのか、三体は継続して火球を私に吐き続ける。
「あ」
いつの間にか、壁際に追い詰められていた。
横には今にも爆ぜようとする着弾した火球、そして前方には続いて放とうとしている一体のサラマンダー。
「ちょ、たんm」
視界の中、放たれた火の玉が急速に大きくなる。
避けられない。
前に跳んでも、後ろに下っても、当たる。
ジャンプ・・・?いや、ダメだ。間に合わない。
死ぬ。
姉さんが何か叫んでいるのが聞こえる。
ごめん、姉さん。
約束、果たせな―――――
「よいしょっと」
視界に、何かが割り込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます