第24話 愚人が盤上を舞う
愚人が盤上を踊る
――小指?
黒い異質な小指である。華奢な少女には不相応な代物。何よりその小指は異質な気配を感じた。魔法などそんなものではなく、もっと恐ろしい何かの片鱗。
「その指は?」
「これ?アルバートの小指。わたしはこの人を待ってるの」
「少し見せてくれるか?」
「うん」
そしてエルが小指を手渡す。
その瞬間二人が初めて触れた。
天使は神の使徒にして天界の住人。
如何に脆弱であろうと魂の階級が異なるため、七神同様の条件で殺しきることができない。
そして、天使は絶対の白。純白は他を侵食する。
即ち、魔に潜むモノにとっては、触れただけですら叶わぬ天敵となりえる。
突然、青い炎がザイードを襲った。
「があっ!?」
皮膚を焼き、再生すら間に合わない。
指先がみるみる灰となって崩れ落ちていく中で、ザイードの思考が加速する。
――何が起きている?いや、まずはこの状況を打破しなければ。回復が追い付いていない。この炎は血そのものを焼いているせいで俺の体質とはすこぶる合っていない……!
「早く……この炎よりも上の領域へと進化しなければ…………グッ!」
「大丈――」
「触れるなあッ!クソ!」
――何かないのか……?何でもいいから血か、力のある魔石でもいい。
そして、殺風景な原野に答えが弾き出される。
――指だ。
その正体は分からなくても、その指には何か力が込められている。
時間が無い中、もうこの指にしか希望は無かった。
「その指を寄越せ!俺に投げろ!」
「ひいっ!」
鬼神の如き表情にエルは怯え、弱弱しく小指を投げた。
空中に飛んだ小指を、ザイードは口でキャッチ。
そのまま小指を飲み込んだ。
味は気にしないように味覚を切っている。
しかし感触は最悪だった。
直後に炎は消え、ザイードの手指も再生が始まる。
「ふう……死にかけるところだったぜ。お前さん、実はすごい奴だったり?」
「ええと、わかんない」
自分でも異常だと思えるほどカラカラと笑っている。
肺に酸素が回っていないせいもあって、ザイードは高揚していた。生死の境目を彷徨い、生き残ったことは、生の実感を感じざるを得ない。
「そうか。よし。教会まで俺が連れて行って――――」
そして、死の実感を味わった。
* * * *
灰色の雲。
何処までも続く十字の墓標の中、一人の男が立っている。
さぞ不愉快そうにザイードを睥睨する一人の男。
やけに美形で耳が長く、そして視線が恐ろしい。
「ここはどこだ?というかお前って誰?」
「痴れ者が。道化でもまだマシに思えるぞ」
「は?お前誰に向かって――――」
グシャリ。
肉は潰れた。
* * * *
咳き込みながら、ザイードは息を吹き返した。
「……まったく、何考えたら他人の指なんて喰おうと考えんだよ。こいつは猿か?」
肉体に流れる血液が躍動し、肉体が今にも拒絶し破裂せんとする。
器に収まりきらない中身が注がれ、元あった魂は砕け溢れる。
魂、肉体の拒絶。
もはや器すら持たずして、崩壊を始める。
「――失せよ」
その拒絶を押し殺し、ザイードは深い呼吸をした。
「意図せずして再び蘇るか。地獄にすら私は嫌われているらしい」
――それはそうと、指を食べて受肉するという展開、なんだか物凄く寒気がする。
「……アルバート」
エルはその魂が慣れ親しんだものであると見抜いた。
「……アルバート!」
「正確には小指一本分の、アルバートだ」
他人に魔法をかけることは自分にかけることとは話が違う。
まして他人の魔力に干渉することは至難の業。
弱りきったアルバートに、他人に魔法をかけることはできなかった。
そこで小指だけを残して、小指に転移魔法をかけ触れていたエルごと転移させた。
保険としてスキル「明鏡」を付与させ、その指はいかなる攻撃も受けない強固なものとなる。
エルを守護する保険であり、自らの魂の保険でもあるこの品。
結果食べられてしまったので意味は無くなった。
――本体の反応は……ある。
そもそも魂は一つ。
小指以外の魂が完全に吸収されれば、小指のアルバートも共鳴して消滅する可能性が高い。
ゲーテの実行した吸収は魂の消滅ではなく融合。
それによって魔導皇帝を獲得することを画策した。 そしておそらくは成功しているだろう。
「いい加減利用されるのも嫌になってきたな。しかし自分のものをああも我が物顔で遣われると苛立ってくるというか……」
「……あれ?でもアルバートの顔じゃない」
未だザイードの顔のままである。
中身が入れ替わっただけであって、人が変わった訳ではない。
「前回は転生だが今回は受肉。器に私の外見が反映される訳ではない。許せ」
「でも寂しかったよアルバート」
「旧友に梃子摺ったものでな。遅くなった」
小さい身体を抱き上げる。
羽根のように軽いエルは、それでも命はあった。
「――まだ死んでいない。終わり良ければなんとやら、か」
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