第47話 対決か、それとも共闘か?
「父上、蓮兄上と凛音のお姉さまだけで目に留まるなんて、ずるいよ!」
朗々とした声が、緊張に包まれた場の空気を突き破る。三皇子――逸が快活な笑顔を浮かべ、無邪気な子供のように前に進み出た。
「私もお姉様と同じ陣営がいい! それに……父上、私は凛音のお姉様が好きです! お嫁さんにしたいです!」
その一言に、場は一瞬静まり返る。その後、低いざわめきが広がり、学員たちが目配せを交わす。
「逸様……」 凛音は心中で苦笑するが、表情を変えず一礼を返す。
皇帝は穏やかに微笑しつつ、落ち着いた声で言った。
「よかろう。逸も民生派に入るがよい。ただし、婚姻話については朕一人で決めるものではない。林将軍や凛音自身の意見も重んじるべきだ。」
その言葉と共に、皇帝の目は蓮へと向けられる。柔らかな笑みの裏に、底知れない意図が漂っている。
蓮は視線を受け止め、肩をすくめ、気怠げな口調で答えた。
「父上、私はただ、この模擬廷で全力を尽くすだけです。余計な心配は無用ですよ。」
太傅が指揮を取り、学員たちはそれぞれの陣営に振り分けられた。民生派と防衛派の二つの勢力に分かれ、各陣営で代表を中心に戦略を練るよう指示が下された。
凛音が属する民生派には、三皇子逸に加え、明徳堂でも指折りの秀才として知られる衛公子が加わった。衛公子は学問だけでなく、民政にも明るく、冷静な分析力で一目置かれている。その柔らかな物腰と的確な言葉は、すぐに陣営内の中心的な存在となった。
一方、防衛派では、蓮を中心に強者たちが揃った。特に武術に優れる者が多く、戦場での実践を前提とした意見が飛び交いそうな雰囲気が漂っている。
凛音は民生派の陣営を見渡し、状況を把握しようとしていた。隣には三皇子逸が陣取り、無邪気な笑顔を浮かべて話しかけてくる。
「お姉様、僕たちの陣営、絶対に勝ちますよね!」
凛音は微笑を返しつつ、穏やかな口調で注意を促した。「逸様、周りの意見も聞きながら進めるのが大切ですよ。」
続けて、もう一人の同陣営である衛公子に軽く会釈を送る。「よろしくお願いいたします。」
衛公子は柔らかな笑みを浮かべ、落ち着いた声で応じた。「こちらこそ、凛音様のご意見に期待しております。」
その柔らかな言葉と佇まいには余裕が漂っていたが、凛音は彼の横顔に警戒心を抱かずにはいられなかった。昨日、衛公子が庭園で陶太傅と蓮の密談を遠巻きに監視していた場面を思い出したのだ。その様子には、学問だけを追求する学員らしからぬ緊張感があった。
「さて、民生派と防衛派、それぞれの代表が意見を述べよ。」
最初に手を挙げたのは衛公子だった。彼は一礼してから、優雅な口調で口を開いた。
「辺境の村々は毒害と放火という未曾有の悲劇に見舞われています。まずは民心の安定と生活再建を優先すべきです。基盤が整わなければ、防衛も長続きしないでしょう。」 その声は穏やかでありながら的確な主張が込められ、一瞬にして学員たちの注目を集めた。
一方、防衛派を率いる蓮が口を開いた。 「民生を回復させるのは理に適っている。ただし、復興した途端にまた襲撃されたらどうする?まず防衛を強化しなければ、復興そのものが危うくなる。」 蓮の提案は、防衛拠点を各村に設け、防御を優先するというものだった。また、富裕層への増税で財源を確保し、村の周囲に防壁を築くことで防衛網を構築する方針を示した。
議論は次第に白熱し、民生派からも次々と意見が飛び出す。
「富裕層への増税が不満を生む可能性は考えているのか?」
「自治を進めれば中央の統制が弱まり、不安定化する危険もあるのでは?」
この時、凛音が冷静な声で割って入った。 「富裕層の不満には、交易の活性化で応えます。利益を還元し、不満を和らげる策を講じます。」
蓮も笑みを浮かべながら補足した。 「自治は中央からの分離ではなく、むしろ中央の統制を補完する形です。『辺境協約』を通じて駐屯軍と村長の役割を明確化すれば、全体の調和を保つことができます。かつての傭兵団のような暴走を繰り返さないために。」
そして凛音は地図の上に手を置き、冷静に語り始めた。 「村を三つのカテゴリーに分けて復興と防衛を同時に進める案です。『再建村』『復興村』『警戒村』として分類し、それぞれに異なる役割を持たせます。」
「再建村は生活と地域の中心に、復興村は自助再建に、警戒村は防衛拠点として活用します。」
その提案に、学員たちは真剣な表情で耳を傾けた。 「村を守るだけでなく、村人自身が自らの生活を取り戻す努力を続けられる仕組みを作るべきです。」
だが、防衛派の学員が蓮と凛音の意見の連携に驚きを覚えつつも質問を投げかけた。 「再建村が攻撃を受ければどうなる?警戒村に軍事力を集中させたとしても、敵が再建村を狙えば、防衛の穴になる可能性が高い。」
凛音は蓮を見て一呼吸置いてから、冷静な声で答えた。 「再建村には村人による自主防衛組織を設立し、簡易な防壁を設けます。同時に、警戒村との連携を密にし、早期警戒システムを整備することで対応します。」
蓮は興味深そうに目を細めて言った。「なるほど、悪くないね。」
――これ、真剣な議論の場じゃなかったっけ?どう見ても、妙に息が合ってる二人がいるけど。
その時、民生派の陣営では衛公子が微笑を浮かべ、凛音の提案を支えるように発言した。 「村人自身の力を引き出すという点で、凛音様の提案は非常に優れています。ただ、防衛だけではなく、経済的な自立も支援するべきです。再建村を中心に市場を開設し、周辺地域の活性化を図るべきではないでしょうか?」
凛音は微笑を返しつつ、衛公子の視線を一瞬だけ捉えた。彼の提案には一見理想的な未来像が描かれているが、どこか腑に落ちないものを感じた。
議論が最終段階に差し掛かった頃、太傅が一歩前に進み、学員たちを見渡した。
「両陣営とも、それぞれ独自の視点で課題に向き合い、興味深い提案を示してくれました。今後、提案の具体性と実行力をさらに磨いていくことが求められます。」
その言葉に場のざわめきが収まり、静寂が訪れた。次の瞬間、皇帝がゆっくりと立ち上がり、威厳のある声で語り始めた。
「朕はこの議論を通じて、諸君の才を見出すことができた。だが、模擬廷で示した答えは、現実の厳しさを前にすれば、なお未熟である。その点を忘れずに精進せよ。」
皇帝の鋭い目が、学員たちの間をゆっくりと動き、やがて凛音と蓮の間を行き来する。そして、穏やかな微笑を浮かべながら、凛音に視線を定めた。
「凛音、さすがは将門虎女だ。お前の提案は大局を見据え、よく練られている。」
凛音は静かに一礼し、その評価を淡々と受け止めた。だが、皇帝の言葉はまだ続く。
「蓮。」 二皇子に目を向けると、わずかに頷きながら言葉を紡ぐ。 「お前の防衛案もまた素晴らしい。現場の実情を捉え、理に適った見解だ。将来、さらに難しい局面に直面した際も、今日のような深い洞察を示すことを期待している。」
皇帝の穏やかな声には、蓮への称賛だけではなく、次期皇帝としての資質を問うような含みがあった。その一言に、学員たちの間に微妙な空気が広がる。
そして、再び凛音に目を向ける皇帝。その瞳には、親しげな柔らかさと同時に、鋭い探るような光が宿っていた。
「凛音。もし朕が辺境の安定をお前に託したなら、どう応える?」
凛音は一瞬考えを巡らせた後、深く一礼して答える。
「微臣、陛下の御命に従い、力の限りを尽くして国の安定に努めます。」
その答えに、皇帝は満足げに頷きながらも、じっと凛音を見据え続ける。
「そうか。時機が来たら、お前の働きを見せてもらうことにしよう。」
皇帝の穏やかな微笑には隠し切れない洞察が滲んでいた。それは、凛音に対する疑念と期待の両方を孕んでいるようだった。
(この娘が我が手の内に収まるならば、天下を揺るがす利器となるだろう。だが、もし敵となるならば……早急に手を打たねばならぬ。)
こうして模擬廷は幕を閉じた。しかしその場に残された余韻は、凛音と蓮、そして皇帝の間に新たな緊張と謎を孕んでいるようだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
12.13
今日は寒いですね。お体を大切に。
そして、ユーディ様へ。
毎回更新した後に1PV、1いいねを見ると、なんだかあなたが見てくれている気がします。いつも読んでくださるおかげで、更新するたびに寂しい気持ちにならずに済んでいます。本当にありがとうございます!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます