第10話

「…なんです?」


 向けられた表情かおを見て一瞬躊躇ってしまった。


「もしやとは思いますが、止めようなどと考えている訳ではありませんよね?」


 一瞬の表情も見逃さず、詰め寄ってくる。これは、一歩間違えたらカイザーと共倒れになりかねない。


 感じたことのない緊迫感に、吐き気すら催してくる。


「ええ。そのつもりです」


 そう言うとダリウスは足を止めた。アンネリリーはゴクッと息を飲み、言葉を続けた。


「今ここで殺すのは簡単ですけど、易々と殺してしまうのはつまらないと思いませんか?」

「…………へぇ?」


 よし、食いついた。


殺さないという選択肢もあるという事です。楽に死ねるなんて、生ぬるい」


 悪女らしく目を細めて冷笑した。


 その言葉の意図を察したダリウスは「なるほど」と小さく笑うと、パチンと指を鳴らした。同時にカイザーを覆っていた水が弾けた。


「ゴホッ!!」と咽ながらも必死に肩で呼吸をし空気を取り込むカイザーを見て、これで命だけは助けられたと安堵した。


「先に言っておきますが、私は寛容な心は持ち合わせておりません」


(その辺りはよく存じております)


 ダリウスは言うなり、呼吸の整わないカイザーの傍へ寄った。見ているこちらは何をするのか分からず、額に汗が滲む。


 咽て涙目になっているカイザーは、構わずダリウスを睨みつける。カイザーは呆れるように溜息を吐くと、再び指を鳴らした。


 その瞬間、カイザーに電流が走った。


「ぎゃぁぁぁぁ!!」


 断末魔のような悲鳴が響き渡り、その場に倒れたカイザーを見て慌ててダリウスの元へ駆け寄り「殺したの!?」と詰め寄った。


「まさか。そんな事はしませんよ。男としての威厳を失う呪いをかけたんですよ」


 冷静に言葉を返されホッとしたが、男の威厳を失う?呪い?と訳の分からない単語を言われ逆に戸惑った。


「ふふっ。簡単なことです。彼はこれから先、女性を抱こうとしても抱けない身体になったのです」


 ………えっと、それはもしかして………


「抱けないだけで、性欲は人並みにあります。貴女の言葉を借りるのなら、生き地獄を味わえ。といったところでしょうか?」


 冷ややかに笑みを浮かべながら教えてくれた。


 子供が出来なければ嫁いでくる令嬢もいない。無能…と言うより不能?の烙印を押されてしまった。更にダリウスに目を付けられたとなれば、親である伯爵も黙ってはいないだろう。


(自分が言っといてなんだけど、死んだ方がマシだったな…)


 遠い目をしながら意識を失っているカイザーを眺めた。




 その後──


 ドレスもボロボロで震えの止まらない私の気持ちを汲んでくれたダリウスは、この日の婚約発表を取り止めることを決めてくれ、屋敷まで送り届けてくれた。


 私の姿を見たミケは発狂していたが、無事だと伝えると泣きながら抱きしめてくれた。


 カイザーの事は公にしないと決めた。だが、ダリウスが不気味なほど笑顔で騎士団に引き渡してきた事で、何かあったのは明白だ。


 貴族というものは他人の不幸と噂話に目がない。こちらが黙っていても不能の事実が広まるのも時間の問題だろう。


 散々な目にあったものの、これでカイザーとの縁が切れたも同然。婚約発表が延期になったのも不幸中の幸い。


「………あれ?もしかして、今の私ツイてる?」


 ハッと気が付き、分かり易く顔を輝かせた。少しずつだが、原作とは違う方向に向かっている。


 こうなってくると、何でも上手くいくんではないかと思えてくるんだから単純なもの。だが、この機を逃したら二度と訪れないかもしれない。


「よし、決めた!!」


 天が味方をしてくれている今なら、友だち100人も夢じゃないかもしれない。


 そう決意を改めた。



 ❊❊❊



 あくる日、人が大勢蔓延る王都へとやって来た。

 沢山の店が並び、皆が楽しそうに笑顔で賑わっている。そんな中に素顔のままで入って行く勇気がなく、アンネリリーだと気付かれない程度に変装をして来た。


 アンネリリーだと分かると、どうにも店の者達はよそよそしくなり、目すら合わせてくれないからだ。


 まずは、会話を交わすことが先決。打ち解けた所で正体をバラす作戦だ。


「いざ…!!」


 力強く地面を蹴り、人混みの中へ入って行った。



 ──とまあ、ここまでは良かった…



「さあ、お嬢ちゃん。後ろの小僧を渡してもらおうか?」


 イカつい男に囲まれ、何故か背後には男の子を庇っている。

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