第6話
舞踏会から数日後。
どういう巡り合わせか、お父様の遣いで城へと出向くことになり、本日城へと出向いている。
無事に用事を済ませ、時計を見ればそこまで時間が経っていない。これなら少しは寄り道をしても十分足りる。
アンネリリーは、自然と騎士演習所の方へ足を進めていた。
近付くにつれて剣のぶつかり合う音が大きくなってくる。激しくぶつかり合う音に驚き、度々足を止めかけたがようやく姿が見えるところまでやって来れた。
(……団長様は……)
キョロキョロと柱の陰から辺りを見渡すが、それらしき人物は見当たらない。
無駄足だったか?と思ったその時
「何か用か?」
背後から声がかかり、ビクッと大きく肩が跳ねた。
慌てて振り返るとそこには、騎士服に身を包みんだ男が立っていた。
黒髪を綺麗に整え、目鼻の整ったこの人が…騎士団長…?
「すまん。驚かせるつもりはなかったんだ」
困ったように眉下げて頬を掻く。
不審者はこちらの方なのに、気遣ってくれる姿を見て「あ、この人だ」と疑心が確信に変わった。
「いいえ。こちらこそ申し訳ありません。道に迷ってしまって……すぐに退きます」
一礼して、その場を足早に通り過ぎようとしたが「ちょっと待て」と引き止められた。
ジッとアンネリリーの顔を見つめ「君は──」と口を開いた所で、背後から「団長!!」と元気な声が掛けられた。
「何してんすか?ナンパっすか?」
「あほか。お前と一緒にするんじゃない。どうやら道に迷ったらしい」
ひょっこり顔を出したのは、癖のある茶色髪を前髪だけ縛り、耳にはいくつものピアスが付けられている見るからに軽そうな男だった。
「あれ?この子、もしかして公爵家の──」
アンネリリーの顔を見るなり正体をバラされそうになった。慌てて「すみません。急いでいるので」と足早にその場を後にした。
逃げたところで、正体は知られたも同然。彼には私が悪女だという事が耳に入るだろう。
「はぁぁぁぁ~……」
暫く行ったところで、柱にもたれるようにして蹲った。
別に彼とどうにかなりたいとか、そう言うんじゃない。ただ彼にだけは、あの時の女は
「はぁぁぁぁ~……」
再び大きな溜息を吐いた。
「おや?小鳥の囀りかと思えば…私に会いに来てくれたのかな?」
「!?」
いつの間にかダリウスが目の前に立っていて、心臓が止まりかけた。
なんで!?と思ったが、よく辺りを見ればここは魔術塔。………のダリウスの研究室前。気付かない内にこんなところまでやって来てしまったらしい。
「すすすすみません!!お仕事の邪魔ですよね!?すぐに消えます!!」
「まあ待ちなさい」
その場から逃げるようにして立ち去ろうとするアンネリリー。だがその手をダリウスが掴み、引き留めた。
「折角だから、寄って行きませんか?」
促すように研究室のドアを開ける。
相手が相手なだけに研究室なんて怪しい場所、足を踏み入れるのすら恐ろしい。
中々決心がつかずいると「さあ、どうぞ」と半ば無理やり部屋の中へ招き入れられた。
研究室と呼ばれるからには、ごちゃごちゃと散らかっているイメージがあったが、中に入ってみると全然そんな事なかった。どちらかと言えば、きちんと整理整頓されていて本当に研究室か疑うほどだった。
「適当に座ってください。簡単なものしか出せませんが」
「お構いなく…って、ダリウス様が淹れてくれるんですか!?」
「ええ、研究室に人が出入りするのが嫌いなんです。ああ、貴女は違いますよ?」
そう言いながら、手慣れた手つきでお茶を淹れ始めた。その手つきが綺麗で、思わず魅入ってしまう。お茶を淹れる姿が美しいなんて思ったことがない。
「お待たせしました。どうぞ」
「…ありがとうございます」
差し出されたカップを手に取ると、いい香りが鼻を突いてくる。恐る恐る一口口にすると、その美味しさに目を見開いて驚いた。
「美味しい!!」
「それは良かった」
向かい合って座っているダリウスは、お茶を口にしながら嬉しそうに微笑んだ。
意外な一面があるもんだと思いながら、チラッと部屋の中を見回してみる。
難しそうな本が沢山並ぶ本棚に、怪しい色の薬瓶。何に使うのか分からない道具や材料。
「物珍しいですか?」
ハッとして目線を下げた。
自分の部屋をジロジロ見られて気分がいいはず無い。失礼にも程がある。
自分が恥ずかしくなり、俯いているとクスクス笑う声が聞こえた。
「別に構いませんよ。まあ、見たところで面白いものなどありませんけどね」
ダリウスは咎めることもせず、むしろ自由に見て構わないと言ってくれた。
魔術師の研究室なんて、滅多に入れるものじゃない。
この場に長居するのは危険だと言うことは分かっているが、好奇心の方が勝ってしまった。
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