第15話 2024年アニメ映画評14・「あの夏のルカ」

 最初に見た4月の映画は、2021年公開予定だったが、コロナのためされなかったピクサー作品。「私ときどきレッサーパンダ」同様、本年に日本の劇場で上映された。何だか長井龍雪みたいなタイトルで、本作も略すなら「あの夏」だろうから、微妙に「あの夏で待ってる」を意識しているかもしれないし、そうでないかもしれない。

 7点くらいの出来。率直に言って「レッサーパンダ」の方が良かったと思うが、何だかこっちの方が涙腺に来た。もう年かね。テーマは未知との邂逅および異種族の和解というありふれたもの。

 主人公のルカは好奇心旺盛なシー・モンスター(魚人の様な生物)で、地上の生活に憧れているが、両親は人間と接触することを禁じている。そんなある日、ルカは友達のアルベルトと共に人間に化けて港町・ポルコロッソに行き、そこで人間のジュリアと仲良くなる。彼ら三人は、無礼な金持ち男のエルコレに一泡吹かせるため、自転車レース・ポルコロッソカップの参加を決める。とまあ、導入はこんな感じ。エルコレはいわゆるディズニー・ヴィランだが、DQNなスネ夫といった仕上がりで他作品の悪役に比して弱々しい。「キングダムハーツ」に出る場合はどうなるのだろう。

 好奇心旺盛なルカは、似た性質のジュリアと相性が良く、対してアルベルトはルカと正反対なタイプ。ルカが趣向の合うジュリアと仲良くなっていくと、孤独から嫉妬心を起こしたアルベルトは彼を取り戻すため、二人の友情を引き裂こうとする。その際にアルベルトはルカの正体を明かそうとするが、ジュリアとの関係を維持したいルカは彼を怪物扱いし、自身は人間であるかのように振舞う。こうした子供社会のしがらみが主題の一つで、悪意という普遍的感情が、異種族差別と重なり、最後には友人間・人種間の和解に繋がる。個人的な関係性と社会の網目を接続する手腕は見事だが、手垢のついたやり口ではある。 

 ラストシーンでアルベルトが怪物を演じる箇所は浜田広介「泣いた赤鬼」を思い出すが、ルカはアルベルトに手を差し伸べるので印象は異なる。最終的にジュリアを含む三人でレースに優勝するわけだし、ハッピーエンドの「泣いた赤鬼」といった雰囲気だ。

 ポルコロッソの大人達が、二人の正体を知っても難なく受け入れるのは不思議。普通、何かしらの反発があるだろう。接する時間の長かったジュリアの父にも葛藤があるはずだが、それも描かれない。子供向けゆえに社会描写を簡素にしたのか、個人の集合ゆえの複雑さというのはかなり間引かれ、ジュリアくらいしか迷いのショットがない。本作ではジュリアとその父、エルコレと愉快な仲間達以外、まともに住人が描かれない上、ジュリアは夏休みの間だけ街を訪れる外様で、エルコレは金持ちの不良なので、街の空気感を体現した人物とは言いにくい。街の人々がシー・モンスターをどう思っていたのかを挿話で描いておけば、ラストの説得力が増しただろう。

 ただ、ジュリア父は先天的に片腕がないので、迫害された経験があったかもしれず、それゆえルカ達二人を受け入れたとも考えられる。彼は人望厚いので、街の人間がシー・モンスターを迎え入れた一因はそれだろう。他の理由として、思ったよりシー・モンスターが紛れ込んでおり、正体が明らかになった後でも今更無下にできなかったというのもあるか。とはいえ、住人と親しいシー・モンスターがいなかったので、この線はちょっと説得力に欠ける。

 ルカは人間態より怪人態の方が可愛かった。アルベルトはその逆だけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る