第27話 都会の風を感じる
――数週間後。
ライブ当日、涼夏たちは新幹線で東京へと降り立っていた。
「東京だぁ!」
渋谷駅の改札を出て、スクランブル交差点の辺りに来た時、蓮美が目を輝かせて声をあげる。
「やめろよ、みっともない。お上りさんかよ」
涼夏が諫めると、蓮美は不満げに頬を膨らませた。
「お上りさんですけど、何か?」
「開き直りやがった……とりあえず罰金な」
「ひどい! 皮肉のひとつも言えやしない!」
「皮肉もタメ語で言ったらいいんじゃないかな?」
「だって、自然とそうなっちゃうんだもん……」
蓮美はしょもりしながら、渋々百円玉を涼夏が抱える貯金箱に放り込む。
「そんなの抱えて歩いてる方がみっともないと思うけど」
「むしろ自然だろ。その辺見てみろ」
言われて辺りを見渡すと、ハチ公前広場には路上パフォーマーらしき人々がそこかしこで投げ銭入れを傍らに芸を披露している。時刻はまだ昼過ぎで陽が高く、降り注ぐ日光の下で爽やかな街の景色にも感じられた。
その様子に、蓮美はさらに感嘆のため息を溢す。
「ストリートアーティストだ……初めて見た」
「わたしも……初めてです。都会の風を感じます……」
緋音が釣られるように感激しているのを見て、涼夏はすっかり呆れかえってしまった。
「田舎モン過ぎる……」
「まあまあ、涼夏さんだってそのひとりなんだから。それより、もっと気にするべきは――」
一歩引いた位置から涼夏をなだめていた千春は、突然弾かれたように前へと歩み出る。その視線の先には、いつの間にか若い男性グループに囲まれている緋音の姿があった。
「すみません、彼女、私たちの友人で」
固まって動けなくなっている緋音の代わりに、千春が間に割って入って愛想笑いを浮かべる。男たちは大げさに残念そうな顔を浮かべてから、それでもなおヘラヘラしながら距離を詰めた。
「なんだ、男連れかぁ。じゃあ良かったら、連絡先だけでも!」
「おい、そんなん構ってないで行くぞ」
間髪入れずに、涼夏が緋音の腕を引いてスクランブル交差点へと飛び込んでいく。ほかふたりも慌てて後を追って寄せては返す人の波に飲み込まれると、流石に男たちも後を着いてくるような様子はなかった。
「千春ちゃん、カッコよかったよ!」
横断歩道を渡り終えて、蓮美はお上りさんテンションのまま千春を賞賛する。
「最後は涼夏さんのおかげだけど……でも私も女の子なんだけどなあ」
「でもカッコよかったよ!」
「友達……」
緋音は緋音で別の意味で感激しているようだった。
また歩みが止まってしまったので、痺れを切らした涼夏が、三人の後頭部にそれぞれデコピンを食らわせる。
「あいたっ!」
「埒が明かねぇ。いくぞ!」
「はぁい」
涙目で後頭部を抑える蓮美たちは、渋々涼夏の後についていった。
目的のライブハウスは、井の頭通りからほど近いオルガン坂の辺りにある。レコードショップやライブハウスが集まる、渋谷の音楽の中心地だ。無論、蓮美たちもスマホのMAPで位置は確認していたが、涼夏は既に見知った道のように我が物顔ですいすいと街を闊歩する。
「昔、来たことあるの?」
不思議に思った蓮美が尋ねると、涼夏はいくらか苦い顔で答える。
「サマバケの時によくして貰ってた箱だ」
「ああ……なるほど」
察しのついた蓮美は、野暮なことを聞いてしまったと自分を戒めた。
それからほどなくして、一見派手めな雑居ビルらしき目的地へとたどり着いた。
「ここ? なんか、全然そうは見えないね」
「渋谷の箱なら見た目はこんなもんだろ。二階だ」
もう少し「いかにも」な場所をイメージしていた蓮美は、少々肩透かしを食らう。しかし、涼夏に続いて階段を登って店内へ入ると、一気にアングラな夜の店の空気に包まれた。
「これは……すごく、それっぽい」
「いい加減、田舎っぺ丸出しの感想やめろよ。恥ずかしい」
居た堪れなくなった涼夏は、それ以上蓮美に反応するのをやめて、奥のステージの方へと向かう。それまでギュウギュウ詰めの狭い廊下だった景色が一転、開けたライブ会場が目の前に広がった。
「わ……思ったより広い」
「大学のサークルで使うような箱とは大違いだね。人が居ないのに、なんだか既に熱気を感じるような気がするよ」
「わ……わたし、怖くなってきました」
「緋音罰金。な、持って来て良かっただろ、これ」
「がーん……」
緋音が、先ほどの蓮美みたいにしょんもりしながら小銭を投じている間に、ステージ脇のバーカウンターの方から店員らしき中年の男性が歩み寄って来た。
「おー、涼夏。やっと戻って来たか。思ったより時間掛かったな」
「お久しぶりっす。戻って来たっつっても、インディーズのイの字すら踏めてない状況っすけどね」
男性と親し気に拳をぶつけ合って不敵に笑い合う。それから、蓮美たちの方へと振り返った。
「オーナーのアキオさんだ。昔、タツミさんとバンド組んでた人」
「え、タツミさんって、いつものお店の店員さんの?」
「同郷のよしみでタツミさんと仲良くなって、タツミさんのよしみでアキオさんと仲良くさせて貰ってたわけだ」
「なるほど」
「その子がヒマちゃんに聞いてた新しい相棒か」
「そんなとこっす」
「あ、えっと、柊蓮美です。よろしくお願いします」
蓮美がぺこりと頭を下げると、タツミは愉快そうに、しかしどこか値踏みするような目で彼女を見る。
「ギターレスとは面白いこと考えたな。オレへの当てつけか?」
「なんでアキオさんに当てつくんすか。アイツへの当てつけに決まってんでしょう」
そう言って、涼夏は壁に貼られた今日のライブのポスターを親指で後ろ手に指す。
――Equinox(イクイノクス)。
メタリックな装飾文字で銘打たれたバンド名と共に、向日葵、ダリア、そしてドラマーと思われる女性の、凛とした三人の立ち姿が前面に押し出されている。彼女たちは、今日のライブのいわゆるオオトリだ。その前座となる数組のバンドが、その下に小さく列記されている。
涼夏たちのバンド『ザ・リベリオンズ(仮)』は、欠席となったバンドの名前の上から、シールで上書きするようにして名前を連ねていた。
「しかしバンド名、カッコカリって何だよこりゃ」
「まだ決まってねーんで。でも、ギターレス・ガールズ(仮)よりゃマシでしょう」
「涼夏お前、それ最初に送ってよこしたヤツだろ。確かにそれよかマシだけどよ」
「しかし、向日葵のヤツ。この箱でこんだけ大々的にライブ組むなんざ、大きく出たな」
涼夏は、改めてステージの周囲を見渡す。
一度は別のバンドで世話になった箱だ。バンドの思い出とは別に、個人的な懐かしさも感じる。
「なんだ、涼夏。お前もしかして、ヒマちゃんから聞いてないのか?」
「聞く? 何を?」
涼夏が振り返ると、アキオは不思議そうな顔で明後日の方向を見上げる。
「てっきり、だからこそ呼ばれたんだと思ってたんだが」
「いや、何のことか全然分かんないっす」
「聞いてないなら良いんだ。言ってないってことだろうしな」
「何すか、気持ち悪いなあ」
「オーナーに向かって気持ち悪いはねぇだろう?」
問いただしたところでそれ以上のことは教えてくれ無さそうなので、涼夏は仕方なく疑念を飲み込んだ。胸にしこりが残った気分だが、今は目の前のライブの方が気がかりで仕方が無かった。
(さて……完成度六〇パーの状態で、どこまでやれっかね)
逃げることは無いし、来た以上はステージに立つ覚悟はできている。
しかし、ここは山形のサークルのライブではなく、東京の音楽を仕事にしている人たちが集まる場所でのライブだ。一発目のステージの印象は、そのまま界隈における涼夏たちのバンドの印象に直結する。
下手な演奏をすればメジャーの道は遠のく。
涼夏たちは今、試される場所にいるのだ。
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