百六十六話 プライドファイト

 しばらくの無言がその場に流れた後で、ミッカが恐る恐るといった感じで口を開く。

 

 「あたしを……追ってきたの?」

 

 もしそうであればここまで全てショウの手のひらの上で弄ばれただけということになる。あるいは宰相の方かもしれないが、どちらであってもゴルアッシュを振り切って逃げるということまで想定のうえで仕組まれていたのであれば、この先どう動いても逃げきることなど不可能に思えた。

 そんな恐怖に飲み込まれようとしていたミッカだったが、もたらした本人から早々に否定される。

 

 「……そんなわけ、ないだろ」

 

 先ほどの間で、涙や鼻水は止まったらしいキョウジが真っ赤な目を半眼にしての言葉だった。

 再び短時間の沈黙が流れたが、そこで考えをまとめたらしいパシュゼクが引き継ぐように言う。

 

 「まったくの偶然だっていうことか?」

 

 人はほとんど寄り付かず、魔物の領域となっているこの森林地帯において、偶々知っている人間同士が出会う。そんなことの確率は考えるのも馬鹿らしいほどに低いものだということは、説明するまでもないことだった。それでもこうして向かいあっている現状があり、実際にキョウジはいきなり襲い掛かってきたりもしていない。

 

 「あ~~……じゃ、あたしらは急ぐから」

 

 パシュゼクの言葉への沈黙を肯定だと受け取ったミッカは、明らかにほっとした様子でキョウジに向かって手をひらひらと振る。

 

 「……」

 

 だがキョウジが立っている場所はカラスマたちの進行方向であり、そこからどくような気配もなかった。

 もちろんここは街中の道の上などではなく、自然のただ中であり、避けて進む場所などいくらでもある。しかしそうして立っていることが、意思表示であるように見えた。それに、キョウジのギフト能力については、三人とも知っている。彼が許可しないのであれば、少なくとも逃げるということは不可能だ。

 

 「もう何もわかんないんだよ。わかんないから……やっぱりお前は叩きのめしてやる」

 

 そしてキョウジは足幅を広くして地面を踏みしめるような姿勢となった。明らかに戦闘態勢だが、よく見るとその両脚を覆う鎧は、地下遺跡の時よりは明らかに簡易なものだ。

 それは北方砦への伝令という任務の最中であったために、戦闘よりは走りやすさを重視していたからなのだったが、そんなことまではミッカにも、ほかの二人にもわかるはずはなかった。

 ただミッカとしてはここで消耗するよりとにかく安全な場所まで逃げてしまいたいし、仲が良くはなかったとはいえ同郷の学生仲間と争いたくもない。

 

 「ちょっと! それこそ、わかんないって! 追ってきたんじゃないなら、ここであたしらがケンカする意味なんてないじゃん!」

 

 やや取り乱したように訴えるミッカの言葉だったが、それを聞いたキョウジは何かに気付いたように片方の眉を上げた。

 

 「ケンカ……? そう、そうだよね。これはただのケンカなんだよ。は、はは……ははは……」

 

 どこか壊れたように笑い出したキョウジを見て、パシュゼクとミッカは表情をひきつらせる。パシュゼクは強大な力を持つギフト能力者が自暴自棄に見えるような状態であることに恐怖し、ミッカは争いを避けられそうにないことを悟って焦っていた。

 その時、ここまで大人しくしていたカラスマが一歩二歩と前に出てキョウジに近づいていく。その手には短剣を握っているのを見て、ミッカは思わず「ちょっ」と声を上げかける。

 

 「ケンカ……ですか。なるほどですねぇ……。まあこうして会ってしまったものは仕方がないですし」

 「は……、なんだ、意外と話のわかるおっさんじゃんかよ」

 

 しかしいつのまにか――あるいは一瞬にして――カラスマとキョウジの間には戦闘直前に特有の緊迫した空気が流れており、もはやパシュゼクもミッカも戸惑うくらいしかできなかった。

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