海月な彼女と浮遊感に漂う僕

岩井喬

第1話【プロローグ】

【プロローグ】


 正直僕は、自分という存在に大した期待をしているわけではなかった。

 安穏とした生活を送っていたかったのだ。

 警察のご厄介になるだの、街中で突然暴れ出すだの、そんな自分の姿はまるで考えられない。


 欠伸を連発しながら、水族館のクラゲコーナーの前で、彼らの摩訶不思議な挙動を眺める。それだけでよかった。


 しかし、ある夏の日のこと。

 僕は変わった。変わらざるを得なかった。自分にとって一番大切なものが、今まさに眼前で奪われようとしていたからだ。


 ――蒼樹くん!

 ――蒼樹凪人くん!


 幸か不幸か、その夜の天候は最悪だった。しかも、僕がいるのは水族館の屋上にあるヘリポートの近く。

 このままでは、『彼女』は連行されて一生会えなくなってしまう。


 これほどの悲劇があってたまるか。いくら、僕たちの間に恋愛感情(らしきもの)が存在したとしても。


 僕はすぐさま敵に後ろから羽交い絞めにされた。首元に軽い痛みが走る。きっと鎮静剤が注射されたのだろう。

 

 知ったことか。鎮静剤だろうが即死級の毒薬だろうが、今の僕には関係ない。ただ頭にあったのは、『彼女』が無事かどうか、それだけだ。


 しかし――。

 全身の感覚がぼぅっ、として、僕は勢いよく倒れ込んだ。屋上に肩をぶつける前に、機動隊員と思しき人間が僕を支えてくれる。


 だがそんなことはどうでもいい。僕が心から求めているのは、彼女の存在だけなのだから。

 機動隊員が気を抜いた一瞬の隙をつき、僕は思いっきり彼を突き飛ばした。

 それが周囲の隊員たちに認識される。それまでの間に猛ダッシュして、連れられ行く『彼女』目指して足を動かした。


 しかし、今度こそ鎮静剤が効いてきたのか、僕は前のめりに転倒。

 今更ながら、小型の機材運搬用ヘリコプターが、『彼女』を回収すべく待機しているのに気がついた。

 あれに乗せられてしまったら、『彼女』に触れる機会は永遠に失われる。


「ジュリ……ジュリ……!」


 再び羽交い絞めにされながらも、僕は思いっきり彼女の名を呼んだ。

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