第5・5話 吸血鬼の羽と尻尾事情。

「そういえばさ、リリスは自分のこと吸血鬼だって言ってたけど、見た感じ羽とか尻尾ないよね?」

「ん? あぁ、羽と尻尾は普段、身体の中に仕舞ってるのよ。邪魔だから」

「仕舞えるの⁉ どうやって⁉」

「魔法の力でよ」

「本当に便利だねぇ、魔法は」

「羽と尻尾を生やして人間社会で生活するのなんて、自分から魔族だって周りに言いふらしてるようなものよ。だから、隠してる方が色々と都合がいいの」

「……もしかして、この世界だと魔族は危険視されてる感じ?」

「そんなことはない、とも言い切れないわね。私たちを友好的な存在だと認識している者いればその反対も当然いる。ちなみに、私は人間族ヒューマンがそんなに好きじゃないわ」

「え、それじゃあ僕のことはそんなに好きじゃないってこと?」

「なーに言ってるのよ。センリは例外。私のことを無条件で助けてくれたし、それに貴方の血はとても美味だったからね」

「やっぱりリリスって吸血鬼なんだねぇ」

「まだ疑ってるの?」

「さすがに今は信じてるよ」


 しばらく行動を共にするパートナーとなった僕とリリスは、現在は数キロ先に見える町を目指して補装された道を歩いていた。


 そして、今は二人、親睦しんぼくを深める為に会話を重ねている最中だった。


「ところでセンリ。貴方、異世界から転移して来たってわりにすごく落ち着いてない? 私がセンリと同じ立場だったら何も出来ず途方とほうに暮れてる所よ?」

「まぁ、慌てても状況が好転する訳じゃないから。名残惜しく感じるものも罪悪感も確かにあるけど、戻れないんだから仕方ない、って割り切ることにしたよ」


 日本とこっちの世界の時間軸がどうなっているのかは不明だけど、おそらく数日後に僕は行方不明者となって警察の捜索対象になるだろう。


 ちなみにスマホはというとあの裏路地に置いてきてしまった。なので、仮に知人から連絡が来ても絶対に返事を返すことはできない。そもそも異世界で地球産のスマホが使えるとは到底思えない。


 皆には要らない心配をさせてしまった。それだけが唯一の気掛かりで、この胸に罪悪感を募らせる。けれど、どれだけ憂いても、日本にいる修練くんたちとはもう連絡の取りようがない。


「それに、まだ絶対に故郷に帰れないとも決まった訳じゃないからね」

「――そうね。なら、旅の目的にセンリが故郷に帰れる方法も追加しましょうか」

「うん。その方法を模索もさくしながら、せっかく来れた異世界を満喫まんきつするよ」

「そう。いい考えね。なら、一緒に旅を楽しみましょうか」

「うん」


 ふいっ、と一瞬だけリリスから視線を外して、そしてすぐに戻すとこくりと頷いた。


 ――仮に、もし本当に日本に帰れる方法が見つかったとして、その時僕は日本に帰りたいと思うだろうか。


 今はやはり、日本に帰りたいという気持ちが強い。


 けれどこの世界で過ごしていくうちに。


 隣で並んで歩いているリリスと一緒にいるうちに。


 これからこの世界で出会う人と過ごしていくうちに。


 この世界に染まっていくうちに、いつしか考えが変わってしまいそうで。


 漠然とした不安が胸裏にまとわり付く。


「(それも全部。これからの旅が決めることだ)」


 いずれ来る選択は、未来の僕に委ねることにした。少なくとも、答えはまだ出せないから。

 

 それに、


「あ、そういえばセンリが持ってるそのかばんには何が入っているのかしら?」

「ん? 特にリリスが興味をくようなものは入ってないと思うけど」

「そんなことないわ。異世界の物。すごく気になるわ!」

「ふふ。なら、後でリリスに見せてあげるよ」

「やった!」


 まだ僕と彼女は出会ったばかりで、お互いのことを何も知らないのだから。

  

 心の天秤はわずかに、水平ではなく片方に傾いていた。

 


 ***



「……あら。あそこに見える町、シエルレントなのね」

「リリス、知ってるの?」

「えぇ。訪れたことはまだないけれど、名前は知ってるわ。私が前にいたクゥエスって街からもそう遠くない所よ。丁度、次の目的地にしようと思っていた町だわ」

「そうなんだ。偶然なんだろうけど、行先ランダムな空間転移テレポートがリリスが行きたかった所でよかったね」

「くすっ。そうね。これも日頃の行いってやつかしら」

「…………」

「なによその目は。まるで私が善行なんかこれっぽちもやってないだろって言いたそうね?」

「別に、そんなこと思ってないよ」

「目が泳いでるじゃない。ま、センリの思ってる通り、あまり褒められたことはしてないけど」

「やっぱ合ってるんじゃん」

「ふんっ。好き勝手自由に生きるのが私のポリシーなのよ」

「あはは。リリスらしい生き方だね」

「……何故かしら。全く褒められてる気がしないわっ」


 道中。僕とリリスは親睦を深めながら、旅のパートナーとなって初めての町へ辿り着く――。




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