第4話 片道きっぷの異世界転移
「ぶっへ!」
摩訶不思議な体験の終わりは
「いっつつ……うへぇ、口に草入っちゃった……ぺっ、ぺっ」
上手く着地できずスッ転んでしまって、目尻に涙を溜めながら上半身を起こす。
野草独特の苦みに顔をしかめながら口に入った雑草を吐き出していると、頭上からくすくすと可笑しそうに笑う声が聞こえた。
「大丈夫? センリ」
「……リリス」
顔を上げるとそこにいたのは
リリスは鼻を赤く染めている僕を見て
「ほーら。いつまでも地面に座ってないで立ちなさい。手貸してあげるから」
「……ありがとう」
差し伸べられた手を握って、僕は立ち上がった。
まだ鼻にヒリヒリとした感覚が残りつつあるが、それよりも重要なことを確認するべく周囲を見渡す。
「……どこ、ここ?」
ぐるりと辺りを見渡して、それから
数十秒前まで、僕は薄暗い裏路地に居たはずだ。硬いコンクリートの上にいた感触はまだ足裏に残っている。それに、僕はそこで隣にいる自称吸血鬼と出会い、話をしたのだから間違いないはず。
それなのに。
今、僕の眼前に広がっている景色は、全く見慣れない緑と青の世界だった。
靴底が踏む芝生とぽつぽつと立ち並んでいる樹木。右を向けば所々雑草が生えている補装された道があって、それが前後遠くまで伸びている。
数百メートル先にぽつんと見える小さなあれは、立掛け看板か。それの先をずっと視線で追うと、数キロ先に建物らしきものがぼんやりと見えた。あれは、町か?
僕が今立っているこの場所は、都会の高層ビルと人が忙しなく道路を
……本当に、僕は
「うーん。ここ、どこかしら」
「は?」
見慣れない光景に呆けていると隣から何やら不穏な呟きが聞こえてきて、リリスに視線を戻すと彼女は周囲をきょろきょろと見渡しながら首を
「あそこに町はあるみたいだけど、ここから見た限りクゥエスじゃなそうね」
「ちょ、ちょっと! え、それってつまりどういうこと⁉」
「つまりここは私の知らない土地ってことよ!」
「自信満々に言うことじゃないよ⁉」
どうやらリリスも見覚えのない場所らしく、それを堂々と告げたリリスに僕は頭を抱えた。
「えっ、それじゃあなに? リリスが使った
「そうとも言えるしそうじゃないとも言えるわ」
つまりどういうこと? と頭に疑問符を浮かべる僕にリリスが答えた。
「
「ん? それってつまり……」
先のリリスの発言と今の説明を聞いて、僕は何かに気が付く。
それに気付いた僕に、リリスは何故か決め顔を作って堂々と告げた。
「勘が良いわねセンリ。――そう、私が使う
「なんでそんな危なっかしい魔法使ったのさ⁉」
愕然とする僕は、ハッ、とさらに最悪の事態に気付く。
「え、つまり僕、元の場所に帰れないってこと?」
「そうなるわね」
「なんでそんな平然としてるの⁉ 人のこと全く知らない土地に放り出した
「そんなに慌てなくても大丈夫よ。貴方がこの世界の住人である限り必ず元の場所に帰れるんだから。もしかしたら貴方が元いた場所からここは案外近いかもしれないじゃない」
「見た感じド田舎なんですけど⁉ 電車もバスも通ってなさそうだよ⁉」
「デンシャ? バス? なにそれ?」
「はぇ?」
僕の言葉にふと違和感を覚えたように眉尻を下げたリリス。
「リリス。電車とバスを知らないの?」
「一度も聞いたことがないわね」
僕の問いかけに
「……電車とバスは、乗り物だよ。鉄の箱みたいなやつで、本当に聞いたことも、それを見たことないの?」
「えぇ。乗り物として私が知っているのと乗ったことがあるのは商人の台車と馬車くらいよ。あぁ、あと竜車にも何回か乗ったことがあるわね」
「竜車っ⁉」
今度は僕がリリスの言葉に驚く番だった。
リリスのように全く知らない、ということはない。竜車という乗り物があるくらいは知っている。そして、それが現実では存在しないことも。
だって、僕が住んでいる世界に、地球に『竜』という生物は存在していないのだから。
竜車と呼ばれる乗り物があるのはアニメやファンタジーの架空の世界だけのはず。なのに、リリスにはそれがあると、ましてや乗ったとも断言している。
――一つ。ここに至るまでの工程で、僕の中に一つの解答が浮上した。
けれど、それはあまりに現実味のない、それこそ
しかし、だからこそ、どうしても確かめずにはいられなくて。
「……リリス。一つ、聞いてもいいかな」
「ん? えぇ、いいわよ」
全身が震えた。足の先から頭のてっぺんまで。僕が導き出した答えが、もし、仮に本当に正解だとしたら、これは正真正銘、僕の世界を覆すことになるからだ。
ごくりと、生唾を呑み込んだ。それはその先を知ることの恐怖が生んだ
小刻みに震える
やがて、覚悟を決めた僕は、不安と恐怖が入り混じる眼差しをリリスに向けて尋ねた。
「――この世界に、魔物は存在する?」
「…………」
それは僕の住んでいた世界には架空上でしか存在せず、実在はしない生物。しかし、もしもこの世界にそれが実在しているならば、その時は僕がいる世界は地球ではなく――
「えぇ。いるわよ」
「――あぁ。やっぱりそうか」
肯定と頷いたリリス。彼女が答えてくれた瞬間。僕の中でここに至るまでの全ての違和感と疑問が線で繋がって、そして、辿り着いた結論に言葉を失う。
つまり、だ。
僕、アカツキ・センリは――
「僕、異世界転移しちゃったぁ」
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