第23話 エルムと有望な生徒たちと平穏が崩れる予感と
「ふん、ふんふんふん」
「よォエルムの旦那。元気そうだね」
「シオン先生。どうしました」
私――フロリアン魔法学園教師、エルム・サイプレスは、資料室で次の教材を探しおえて、鼻歌交じりに階段を下りていた。
上の階からシオンが声をかけてきた。
シオン――シオン・ハイドランジア。
褐色の肌でひょろ長い、黒い長髪をゆるく束ねて白衣を着た医務室の医師である。
ぺたぺた、とスリッパを鳴らして階段を下りてきたシオンが、にこやかに話しかけてきた。
「いやね、最近セオ坊も上機嫌ですからね。どうです、今夜あたり一杯」
にやりとシオンが笑う。
そういえば、最近お酒を呑んでいない。
廊下の鏡に自分たちの姿が映っている。
シオンは細長いと言えるぐらい背が高いが、少し見下ろすくらいの高さに自分の顔がある。
自分の緑の髪に、西日が当たっている。
教師の仕事は忙しい。
しかし、たまには息抜きをするのもいいだろう、と思った。
「酔わない程度でしたら、つきあいますよ」
私はにっこりと笑った。
★
学園からほど近い飲食店。
リーズナブルな居酒屋に私とシオンはいた。
一杯目の
「しかし、今年は有望な生徒が多いですねェ。新任教師としては大変でしょうけど」
「確かに。……全体的に豊作で、嬉しい限りです」
「注目している生徒とかいる?」
シオンに訊かれて、私はグラスを置いた。
「そうですねぇ……」
視線を彷徨わせる。
「有望な生徒が本当に多くて、迷いますね……」
「これは! という生徒を一人選ぶなら」
「これは! という生徒ですか……」
私は腕を組んで考える。
聖属性の魔法を持つリリー・ブロッサム。
固有魔法に目覚めていないが、剣術は随一のアンソニー・ローレンス・フロリアン。
雷の強力な固有魔法を持ち、成績もいいジャレッド・ケラヴノス。
ぱっと思いつくのはこのあたりだが――
私は、別の生徒の名前を出した。
「一人、挙げるなら――ローズ・シルヴェスターですね」
「ああ、やっぱりローズの嬢ちゃんかァ」
シオンはにっこりと笑って頷いた。
「やっぱり……というと、シオン先生もなにか彼女が面白いと思うところがあったんですか?」
「彼女は、なんというか――周りを照らす感じがあるんだよねェ」
「照らす……ああ、確かに」
私は納得した。
彼女には、周囲にいい影響を与えるカリスマ性がある。
それに、確固とした芯――芋がある。
「面白いよねェ、ローズの嬢ちゃん。あの娘、セオにまで懐かれてるからね」
「学園長もですか……」
「エルム先生も、そのクチじゃない?」
シオンが黒い三白眼を、愉快そうにするりと細めた。
――なるほど、これを訊くのが今日の目的のひとつか。
どう答えるべきか、迷う。
確かに彼女は魅力溢れる少女だ。
幼い頃から、私が魔法を教えてきた。
……けれど、女性として生徒を見るのはいかがなものか、とも思う。
そのあたりを考えて口を開けずいると、シオン先生が表情を崩した。
「別に責めようってんじゃないから、そんな構えるこたないよ」
「――それは、そうですね」
危ない。
そもそも長いこと考えるのが悪手だったか。
私はグラスを干して、次の酒を頼んだ。
「そういや、魔法省の話聞きました? 内定してるリリーの嬢ちゃんの配属先で揉めてるらしくて――」
「ああ、それは聞きましたね。どのみち上が動くでしょうが――」
話が流れ、私は安心する。
酒を頼み、つまみを頼み、気づけば長い時間が経過していた。
ウエイトレスが空いた皿を下げて、私は何杯目かの水割りを飲み干した。
「エルムの旦那、そろそろ止めといたほうがいいんじゃない?」
「……十歳の頃から、私はローズさんの家庭教師でした」
グラスを置いて、私はぽつりと呟いた。
「へえ?」
シオンが片眉を上げる。
私は構わずに続けた。
「最初に彼女に魔法を教えたとき、一発で魔法を出したんですよ。あんな才能を、他に私は知りません」
「そりゃァ、凄い」
シオンの声には感嘆が宿っていた。
彼女は当たり前のように魔法を発動させていた。
しかし、あんなことが可能だったのはローズ・シルヴェスターただ一人だ。
自分の身体の感覚に鋭敏でなければ、初手で魔法を発動させるなんてできるわけがない。
「それから、ずっとローズさんを鍛えてきました。どれだけの無理難題を言っても、彼女は軽々と乗り越えてきた。――ローズさんは、眩しい存在です。私だって、影響を少なからず受けている」
それだけではない。
彼女の特異性は、その人間性だけに留まらない。
「ローズさんの固有魔法――ご存知ですか」
「確か、サツマイモを飛ばす魔法だったかねェ。あ、お姉さんお水ちょうだい。ひとつでいいから」
「サツマイモを飛ばす、なんて生易しいものじゃありません。あれは――おそらく、自分のものだと解釈したサツマイモであれば、どこにでも飛ばせる。なおかつ、食べるか調理しない限りサツマイモには不可侵の結界がかかっている」
「……いきなり物騒になってきたねェ。そりゃ要するに、サツマイモの形をした隕石みたいなものじゃないか」
シオンの顔色は酔っても変わっていないが、少し青くなったように思う。
そうです、と私は頷いた。
「ローズさんの魔法属性は『火』です。もし固有魔法の拡張、応用に目覚めた場合、……対軍兵器なみの魔法が出来上がります。固有魔法は、解釈をいかに広げて応用ができるかがキモですから」
「穏やかじゃないねェ」
「私は恐ろしいですよ、彼女の才能が。……そして今年の一年生で有望な生徒たち――リリー・ブロッサム、アンソニー・ローレンス・フロリアン、ジャレッド・ケラヴノス……彼らすべてが、ローズさんの影響を受けている」
「魔法の成長は対人関係も大きい……周りにいる人間が強くなったら、当人も引っ張られるからねェ。こりゃ、一年後が楽しみだ。――それで、本題に入ろうか」
「本題?」
私は虚を突かれてつぶやく。
「――生徒に複数、魔物を産んでる者がいるんだよねェ。メンタルケアも間に合ってない」
「……やはり、そうでしたか」
魔物は、人の負の感情の澱みから生まれる。
だから、フロリアン魔法学園でも毎年、何体か生まれるのが常だ。
そのたびにシオンなどの担任を持たない教師が密かに討伐している。
セオが常に魔法を発動させており、魔物が出たら即時対応できるようなシステムになっている。
「そんなに……多いんですか、今年は」
「一人だけが産んでるんならまだわかる、今年は多いんだよねェ……」
シオンがグラスを回す。
「一波乱起こりそうだね、今年は。――ほら、水が来たよ、飲みな」
「一波乱、ですか……」
私はグラスを受け取って中身を飲み干した。
ぼんやりした頭で、生徒たちのことを考える。
「……何事もないのを、祈るばかりですね」
私がそう呟くと、なんとなく私たちの会話が途切れた。
ふと窓を見ると、ぽつりと水滴が垂れていた。
一つ、二つと水滴は増えて、あっという間に業雨となった。
「……平穏無事にすめば、そりゃ一番いいけどね。そうはいかないでしょ、人間は」
シオンの声が、やけに遠く聞こえた。
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