第三章 焼芋令嬢は原作の舞台に挑む

第7話 メインストーリーと原作乙女ゲームとシナリオの違いと


 悪役令嬢、ローズ・シルヴェスターに転生したと自覚して五年。

 明日は、物語の舞台であるフロリアン魔法学園の入学式だ。

 私――ローズ・シルヴェスターは、自室のベッドでぼんやりと寝転んでいた。

 考えているのは、この世界――「花と散るエデン」、略して「ハナチル」のメインストーリーのことだ。


 そう、これは「スマートフォン乙女向けRPG」である。

 つまり、明確なストーリーが存在するのだ。


「確か……けっこう、闇が深い話だったわね」


 記憶の奥底をひっくり返す。

「花と散るエデン」のメインストーリーは、確かこうだ。




  ★




 主人公は、聖属性の魔法を持つ平民出身の少女。

 魔法大国として知られるフロリアン王国で伯爵家の養子にされ、王国最高峰の魔法学園に入学することになる。

 そこで、彼女は攻略対象キャラクターたちの心の闇に触れる。

 この世界では、人間の負の感情の澱みから魔物災害が発生する。

 そして、この学園では――攻略対象キャラクターが、全員、魔物災害を起こす。

 魔物に取り憑かれてしまうのである。

 聖属性の魔法を持つヒロインが、魔物に取り憑かれて闇堕ちした攻略対象キャラクターたちを救済していく。

 そうやって、メインストーリーが進むゲームだ。


「確か――アンソニー殿下が、最初だったかしらね」

 

 アンソニーは、兄へのコンプレックスから最初に闇堕ちする。



「僕にはなにもないんだ。兄さんみたいに、ならないといけないのに――!」

 

 そんなアンソニーに、ヒロインであるリリーは語りかける。


「あなたはあなたなんだから、そんな真似をする必要はない」――と。


 この台詞をきっかけにアンソニーの呪縛は解け、兄である第一王子ミハエルと和解するきっかけとなるのだが――。


 ――あれ。

 これに近い言葉を、私、だいぶ前に言った気がする。






 

 アンソニーが兄と自分を比べて泣いていたときのことだ。


「僕にはなにもないんだ……兄上のようにならないといけないのに」


 そのとき、確か私は、そっと彼に持ってきた荷物――焼き芋を差し出した。


「人には得意不得意があります。別に無理してお兄さまのようになる必要はまったくありません。例えば芋だって、品種によって美味しさが違うのですわ」


 アンソニーに渡したのは二つの、品種が違う芋だ。お茶請けにしようと思って焼いてもらっていたものである。

 片方はねっとりして強い甘みのある品種。

 片方はほくほくして口の中でほどける品種だ。


「この芋とこの芋、どちらが優れているわけではないと思うのです。アンソニー様はアンソニー様として生きればいいと思います。私はアンソニー様のピアノをもっと聴きたいですわ」


 それだけ言うと、私は彼の横で芋を食べ始めた。


「これも……これも、すごく美味しい。……そっか、僕は僕でいいのか……」




  ★




 確かそのあと、アンソニーは兄であるミハエル王子と和解しているはずだ。

 剣術の鍛錬も一緒にやっていると嬉しそうに話していた。

 ――これ、もしかしてシナリオ改変をしてしまったのでは?

 芋で。


「――まあ、芋なら仕方ありませんわね。芋は人を救うのですから」


 私は納得して頷いた。


 しかし、アンソニーのシナリオを改変してしまった。

 つまり、ストーリーにおけるチュートリアルボスが存在しないことになる。


「となると――次は、ジャレッド様ですわね」


 私は再び記憶の底をひっくり返す。


 ジャレッド・ケラヴノス第一皇子。

 彼が闇堕ちする原因は――傲慢だ。

 もともと、ケラヴノス皇国は魔法に優れた者が多い。

 しかし、人口が多くより魔物災害が発生しやすいフロリアン王国に留学する慣わしがある。

 魔法に優れた者が多い、選りすぐりのエリート集団。しかもその皇族。

 幼い頃から厳しい鍛錬を課せられてきたことは、本編乙女ゲームでも明かされている。

 しかし、環境が変われば状況も変わる。

 ジャレッドの魔法は強力だが――彼はまだ十五歳で、学園の一年生だ。

 高いプライド、伴わない実力と経験。皇族としてのプレッシャー。

 それが限界まで積み重なり――ジャレッドは、闇堕ちする。

 

 そんなジャレッドの闇堕ちを、ヒロインが聖属性の魔法で浄化する、

 ヒロインに救われたジャレッドは、恋に落ちるのだ。


「――無事で、よかった」


 あのときのスチルは、とても綺麗だった覚えがある。




「そして、セオ・タイム・フロリアン学園長。彼は、――ちょっと特殊ですわね」

 

 セオの置かれた環境は、この乙女ゲームの世界で一番といっていいほど特殊なのだ。

 彼の姓はフロリアン。

 つまり彼は、フロリアン王国の王族だ。

 ただの王族ではない。先代の聖属性の魔法の使い手――つまり、先代聖女と王族の間の子供である。

 世界最強と言われる「七色の魔法使い」に最年少で抜擢され、その頭脳と戦闘能力は国家規模とも言われている。

 そんな彼には、姉がいた。

 セオの姉は、聖女と王族の婚姻により強い魔力を期待されて生まれた。

 しかし、彼女には魔力がなかった。

 そして、ある日失踪した。


 姉がいなくなってしまった、その寂しさを埋められず、学園の業務の忙しさに溺れて――セオ・タイム・フロリアンは闇堕ちする。


 そんなセオを救うのは、やはりヒロインだ。


「……もう、寂しくないよ。キミがいるからね」


 セオはそう言って、ヒロインにアプローチをしだすのである。




 この三人だけではない。

 攻略対象キャラクター全員の闇を浄化して、攻略した場合。

 卒業イベント直前、起きるのが――ローズ・シルヴェスターのレイドバトルラスボスイベントなのだ。

 魔物の母体になって衰弱死、だなんて。

 絶対に避けなくてはならない。


「なら話は簡単ね」


 私は顔の前で拳を握った。


「強くなればいいわ。メインストーリーがどう転ぶかわからないけど、魔物に取り憑かれるのは避けたいわね……誰より強く鍛えて、魔物になんか取り憑かれませんわ」


 よし、結論が出た。


「さて、寝ましょうか。明日は入学式だわ……ふぁ……」


 魔法で適温に保たれた室内。

 さらさらの寝間着を着て、布団に潜る。


 ――やるべきことは沢山あるけれど。

 頭の中が整理されたからだろうか。

 私はその日、とても深く長く眠ることが出来た。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る