第八章 焼芋令嬢は覚醒する

第29話 アンソニーと友達と特別授業と


 僕は、フロリアン王国第二王子――アンソニー・ローレンス・フロリアン。

 隣国、ケラヴノス皇国の皇太子であり友人のジャレッドと一緒に、リリー嬢をお見舞いにいったローズを女子寮まで送った。

 その直後のことだった。

 どぉぉん、と。

 空気を揺るがす轟音がした。


「きゃぁ――!」


 女子生徒の悲鳴が上がる。

 見ると、ローズとリリー嬢が住んでいる女子寮から、魔物が溢れていた。


 魔物は、より強い魔力を求めて生徒たちを取り込んでいた。

 女子寮から真っ黒い腕が伸び、次々と生徒を捕らえて引きずり込んでいく。


「君! ローズとリリー嬢を見なかったかい!?」


 逃げ出してきた令嬢に声をかける。

 話を聞くと、彼女はリリー嬢の部屋と同じフロアに住んでいるらしかった。


「……リリー様の部屋から、魔物が溢れてきたんです。ローズ様は魔物が溢れる中心部分にいたはずですけど――私にも、なにがなんだか……」


「大変なときに話を聞かせてくれてありがとう、休んでいてくれ」


 僕は彼女に礼を言って、ジャレッドと一緒に女子寮の前に立った。


「……やることができたな、アンソニー」


「ああ、ジャレッド。――ローズと、リリー嬢が危ない。魔物に取り憑かれているかもしれない」


 もしそうなら、一大事だ。

 人間が魔物に取り憑かれ、しかも女子寮を覆い尽くすほどの規模で魔物を発生させている。

 見過ごすわけにはいかない。


「これだけの魔物を生み出す魔力の量……魔物に取り憑かれているのは、おそらくリリー嬢だろう」


 ジャレッドが言う。

 僕は無言で頷いた。


「リリー嬢の魔力は膨大だったからね。心の隙を魔物に突かれたのだろう。――助けに、行かなければ」


「死ぬかもしれないぞ」


「きみもだろ。婚約者と友人が危ないときに、黙って見ているなんてできない」


「――そうだな」


「お待ちください、若!」


 若い男性の声が、僕とジャレッドの間に割って入った。

 灰色の髪に、細い目の青年だ。


「どうした、イーサン」


「どうしたもこうしたもありませんよ!」


 イーサンと呼ばれた青年が声を荒げる。


「確か、ジャレッドの側近の方――で、よかったかい?」


「お初にお目にかかります、アンソニー殿下」


 ジャレッドの側近である彼は、護衛も兼ねているのだろう。

 身体が鍛え抜かれているのが服の上からでも見てとれる。

 礼をとったイーサンに楽にしてくれと言う。

 彼は、すぐさまジャレッドに詰め寄った。


「悪いことは言いません、こんな魔物が溢れたところに突入するなんて自殺行為です」


「しかし、おそらく友人が巻き込まれている」


「それでもです! 生徒だけで魔物の巣に突入するなんて、無謀にもほどがあります!」


 ぐっ、とジャレッドが言葉に詰まる。

 僕もそうだ。

 イーサンというこの従者が言っているのは、紛うことなき正論だ。


「……それでも、俺はローズと、リリー嬢を……助けたい」


「気持ちはわかります。無礼を承知で申し上げますが、これだけの魔物をどうにかするには一国の軍隊相当の戦力が必要です。監督者もおらずたったふたりで突入するなど、死ににいくのと同じ。側近として、年長者として、許すわけにはまいりません」


 僕たちは今度こそ、完全に沈黙する。

 イーサンの言っていることは正しい。

 僕らには、どうすることもできないのか。

 唇を噛みしめ、拳を握った。



「――監督者がいればいいんだね?」


 凜とした少年の声が、上空から響いた。

 見上げると、銀髪をおかっぱにした赤い瞳の少年――フロリアン魔法学園の学園長、セオ・タイム・フロリアンが空中に浮いて、光線を防いでいた。

 その傍には、エルム・サイプレス先生も控えている。


「ボクはこの国の最高戦力のひとりだ。そして、そこにいるアンソニー・ローレンス・フロリアン。ジャレッド・ケラヴノス。この騒ぎに巻き込まれているらしい、ローズ・シルヴェスターとリリー・ブロッサム。全ての生徒を監督する義務がある、この学園の最高責任者だ」


 ボーイソプラノの声が淡々と、事実のみを告げる。

 ばち、ばち、と空気が震えている。

 セオの魔力が、空気中に漏れ出ているのだ。


「ローズとリリーを迎えにいこう。攫われたみんなを助けるんだ。ボクがキミたちの命を保証する」


「私もいますよぉ」


「緊張感がないんだよ、エルムは」


 エルム先生がにこやかに手を振る。

 セオが空中から降りてきて、ため息をつく。


「ユージン。残りの教師全員で、女子寮に向けて結界を張って。それから軍に出動要請」


「もう済んでおりますぞ」


 白い髭をたくわえた教師が、ほほほ、と笑う。


「いやあしかし、早々に魔物に憑かれる者が出るとは。大なり小なり毎年ありますが、これほどの規模は久しぶりですなあ」


「毎年――」


 イーサンが絶句する。


「はいはい、どいたどいた。坊ちゃん嬢ちゃん、怪我人優先だ。動けるなら手伝って」


 のっそりと現れた、たしか医務室の先生が手を叩く。


「心配すんな、怪我人である限りは全員俺が治してやる。安心していっておいで。頼んだぜセオ坊」


「わかってる、シオン」


 セオの頭を撫でる長細い褐色の教師の笑顔が、やけに頼もしかった。

 頭に置かれた手を払って、セオがイーサンに向きなおる。


「どれだけの規模の魔物災害であろうと、ボクは生徒を助けなければならない。リリーが魔物に憑かれているなら、友人の呼びかけも有効だろう」


 セオの赤い瞳が僕たちを見た。


「貴族であるなら、魔物とは戦わなければならないからね。アンソニー、ジャレッド。ついておいで。特別授業だ」


『……はい!』


 僕とジャレッドは声を合わせて頷いた。



「イーサンは、ここにいる者たちの安全のために残っていてくれ」


「……かしこまりました、若、御武運を!」


 女子寮の魔物たちは、結界に阻まれてこちらには来られない。

 かといって外にいれば、いつレーザーが飛んでくるかわからない。

 結界の内部にいるローズとリリー嬢を助けるには、魔物の巣に踏み込むしかない。

 僕たちは顔を見合わせて頷く。

 腹は決まった。

 


「二人とも、無事でいてくれ……!」


 僕たちは、魔窟と化した女子寮に足を踏み入れた。




  ★




 女子寮の正面玄関を開けて、中に入った僕たちは息を呑む。


「……なんだ、ここ!?」


「入ってきたドアがない……!」


 女子寮は、自分たちの知っている寮とはかけ離れていた。

 階段や壁が積み上がり、迷宮のような構造になっている。

 

「落ち着いて。強力な魔物は空間を歪めるんだ」


 セオが解説する。


「このクラスの結界を作るということは、中心にいる魔物は少なくとも魔王級ではありますね」


 エルム先生が眼鏡を上げる。


「魔王級……『土地を削り、甚大な被害をもたらす』という」


「正解だよ、アンソニー」


 セオが魔法で手から光の球を出し、あたりを照らす。


「……最上位の魔物災害を、そう呼ぶのだったな」


 隣を歩くジャレッドがつぶやく。

 エルム先生がにこにこと笑って背後をついてくる。


「よく勉強していますね。魔物災害の等級は覚えていますか? おさらいです。はい、アンソニーさん」


「え? 確か――下から霊障級、悪霊級、怪異級、厄災級、魔王級……ですよね」


「では、それぞれに対応できる戦力を騎士団で喩えて答えてください。ジャレッドさん」


「騎士団で喩えると……霊障級は武器があれば倒せる。悪霊級は騎士が一人いれば安心。怪異級は小隊が必要。厄災級は最低でも五〇〇人の大隊相当、魔王級は国軍ひとつと相打ち覚悟――だったな」


「素晴らしい。で、今起きているのは魔王級の魔物災害です。下手をしたら国が滅びます」


「……サラッと言ってますが、大変な事態ですね」


「今回は緊急で、なおかつ異常事態だ。明らかにリリー・ブロッサムが魔物災害の要だからね」


 先頭を行くセオがこちらを振り向く。


「ボクは目がいいんだ。今まで会った魔力の持ち主は全て覚えている。で、だ――この結界内の魔物は、聖属性の魔力を餌にしている」


「……というと、つまり」


「魔物は聖なるものや火、明かり、金属を怖がる。けれど、ここの魔物たちにはおそらく聖属性の魔法が効かない」


「そんなものに、対処のしようがあるのか?」


「そのために私がいます」


 広い空間に出る。

 エルム先生が、その場にぴたりと止まった。


「このあたりの土がいいですかね」


「ああ、そろそろだと思う。やってくれ、エルム」


 エルム先生とセオが目配せをする。

 僕とジャレッドは訝しみながらも足を止めた。


「――『生成精製ジェネレイト・クリエイト』」


 エルム先生の足元に魔方陣が浮かぶ。

 そこから、片刃の長剣が一振り生えてきた。


「剣……!!」


「これは……凄い!」


 ジャレッドが感嘆の声を上げた。

 僕も驚いている。

 物体生成系の固有魔法は珍しく、制御も難しい。

 並の使い手なら、金属片を一欠片作り出すだけで限界を迎える。

 一瞬で剣を生成するなんて、どれだけの魔力が必要なのか、想像することすら難しい。


「土に由来したものであれば、大概なんでも生成できます。アンソニーさん、これを持っていてください」


「僕がですか……?」


「剣ではきみが学年トップだ、アンソニー」


 セオが言う。


「二人とも、魔法にはまだ発動にラグがある。防御しないと死ぬよ」


 びり、と空気に緊張が走る。


「――さて、来ますよ」


「ギャギャギャ!!」


 エルム先生が言い終わるが早いか、中心部分の魔物が生んだのだろう小型の魔物が飛びかかってきた。


「特別授業その一。『魔力を用いて身体を強化せよ』」


 セオ学園長の言葉が聞こえる。

 僕とジャレッドは魔力を足に集中させ、その場から飛び退いた。


 ガオン! と、轟音を立てて女子寮の床に穴が開く。


「その二。『武器に魔力を纏って斬ること』。――やれるね、アンソニー」


「はい!」


 僕は魔力を剣に纏わせて、強化する。

 身体に魔力を纏わせる応用だ。

 授業でも、家庭教師の指導でもやったことだ。


 両生類と爬虫類の中間のような姿をした魔物が、こちらに向かってくる。


「げっげっげっげっ」


 動きが直線的だ。


 剣を振り下ろす。

 魔物の頭は、思ったよりあっさりと地面に落ちた。


「行こう、ジャレッド!」


「……ああ。俺も負けてはいられないな」


「このまま魔物を倒しながら、ローズとリリーを探そう」


 セオが言う。


「今、おそらく二人とも動けない状態だ。なにか目印になるものがあればいいけど――いや、あるいはローズなら……」


 つぶやくセオに、魔物が飛びかかる。


「学園長!」


「――生徒に心配されるとはね」


 セオに飛びかかった魔物は、その姿勢のまま全身がひしゃげて地面に落ちた。

 僕とジャレッドは絶句する。

 魔法か?

 セオは身じろぎ一つしなかった。

 なにが起こったかわからない。


「お見事です、学園長。さて――アンソニーさん、ジャレッドさん。魔力の残滓は見えますか?」


「……魔物たちから、リリー嬢の魔力が見える。この魔力が強い者ほど、中心に近いということだな」


 ジャレッドが答えて、僕も目を凝らす。

 暗闇に光る、見覚えのある魔力の痕跡があった。

 エルム先生が地面に手をかざし、三節棍を召喚する。


「ローズさんとリリーさんを助けるために、最善を尽くすしか今できることはありません。みなさん、頑張っていきましょうね」


『応!』


 迷宮と化した女子寮に、僕たちの声が響いた。

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