第27話 とある少女の一生とさみしさと魔物と


 わたし――リリー・ブロッサムは、フロリアン魔法学園の寮にある自室にいる。

 ベッドで泣いていたら、いつのまにか外が真っ暗になっていた。


「……今世では、独りぼっちじゃなくなると思ったのに」


 わたしは、腫れたまぶたをそのままにしてぽつりと呟いた。



  ★



 

 わたしは前世でも、今世でも、ずっと独りだった。


「こんな簡単なこともできないのか」


「まったく。どうしてこんな子が、うちに生まれたのかしら」


「お前、臭いんだからこっちに来るなよ」


「外で話しかけるなよ。お前なんかと知り合いだと思われたら嫌だからな」


 思い出すのは、父と母の怒鳴る声。

 兄と姉がこちらを見る軽蔑の視線。

 そして、度重なる暴力。

 

 ごめんなさいごめんなさいと謝りながら、背中を丸めることしかできなかった。


 わたしは出来のいい姉や兄と比べられ、両親に疎まれていた。


「××××さんって、暗いよね」


「話もしないし、つまんない」


「無視しよ、無視」


 人と話すときにいつも怯えていたから、学校でもいじめられていた。

 先生に相談しても、「お前に原因があるんじゃないのか」と怒られた。


 唯一の支えは、型落ちのスマートフォンでプレイする乙女ゲームだった。


 乙女ゲームのキャラクターは、わたしを虐めない。

 わたしを好きになってくれて、仲良くしてくれるのだ。


 だから、勉強以外の時間はずっとゲームをしていた。

 家からいつか出られるように、勉強だってずっと頑張ってきた。


 けれど、あの日。

 横断歩道を渡っていた。

 信号は確かに青だった。

 信号無視のトラックに轢かれて、ゲームすらできなくなった。

 手も足も動かせないまま、ずっと病室にいた。

 親もきょうだいも、見舞いにすら来てくれなかった。

 誰もいない病室で、わたしはひとりぼっちで死んだ。




  ★




 転生した世界は、大好きだった乙女ゲーム「花と散るエデン」、略して「ハナチル」の世界だった。

 自分がこの世界におけるヒロインに転生したんだ知ったとき、嬉しくて飛び跳ねそうになった。


「ああ、やっと報われたんだ」


 ――今世なら、好きだったキャラクターがわたしを好きになってくれる。

 ――仲良くしてくれる。

 ――友達が、できる!


 生きる希望が見つかった。

 冗談ぬきで、そう思った。


 生まれ変わった平民の家でも、伯爵家でも表面上はそれなりによくしてもらった。

 けれど、どこかみんなよそよそしかった。

 それは当然だと思う。

 人間は異物を怖がるものだ。

 平民には、普通そんなに多くの魔力は宿らない。

 魔力を持つ貴族である伯爵家でも聖属性の魔法を持つ者はほとんどいないと言われた。


「つまり、わたしの魔力はURアルティメットレアってことですか?」


 そう言うと、伯爵家の人たちは困惑した。

 当然だ。この世界にガチャの概念はない。


 この世界がどうなるか、どう振る舞えばいいか、わたしだけが知っている。

 ヒロインとしてふさわしい人間になろうと思った。

 勉強も、魔法の修練も誰より頑張ってきた自負がある。

 わたしは独りじゃないと思えたから、どんなに勉強や修練が辛くても耐えられた。

 どの選択肢を選べばいいかも、全部頭に入っていた。


 アンソニー様。

 ジャレッド様。

 セオくん。

 エルム先生。

 シオン先生。


「今世では、独りじゃない。いろんな人と仲良くできる、――はずだったのに」

 

 だけど。

 悪役令嬢――ローズ・シルヴェスターが現れてから、全てがおかしくなった。


 ……それにしてもローズ・シルヴェスター、芋に執着が強くない?

 戦時中の人かな?

 いや、それなら多分乙女ゲームをプレイしてないと思う。

 あの芋への愛はなに?

 まるで芋以外に興味がないみたい。


 ――なんなんだろう。

 あの悪役令嬢、本当になんなんだろう。


 確かなのは、ローズがわたしと同じ、元日本人であること。

 そうして、ローズのことがとても怖いということ。

 ローズに自分の全てを奪われてしまうかもしれない。


「……そんなのいやだ」


 わたしは拳を握る。

 今度こそ平和に生きられると思ったのに。


 両親や同級生にされたように、また酷い目に遭わされるかもしれない。



「……独りぼっちは、もういやだ!」


「――おまえののぞみを、かなえてやろうか?」


 わたし以外誰もいない真っ暗な部屋に、低い声が響いた。

 誰?

 わたしは、手を伸ばす。

 その手を、黒い触手が絡め取った。


 ――魔物だ。


 この世界の魔物は、人間の負の感情から生まれる。

 人間の魔力を喰らって成長し、増殖する。


「まさか――わたしが、魔物を産んでいたっていうの?」


 状況からして、それしか考えられない。


「やめて! 浄化の光よフランマ・サンクタ――あぁっ!」


 聖属性の魔法を使って、魔物を追い払おうとした。

 魔物は火や灯り、聖なるものを怖がる。

 しかし、両手を触手に絡め取られた。

 口も触手で塞がれる。


「――うぐっ! ふぐーッ!」


 暴れて、必死に抵抗する。

 叫ぼうとしても、口を塞がれているから外に事態を知らせることができない。


 気づいたときにはもう遅かった。

 ざわざわ。ざわざわ。

 わたしの魔力を使って、どんどん魔物が増殖する。

 常人より桁外れに魔力が多いわたしの身体は、格好の母体だ。


(――嫌だ、こんなことしたくない! 助けて!)


 泣きながら、学園に入ってから話したみんなのことを思い出す。

 

 アンソニー様、ジャレッド様。セオくん。エルム先生。シオン先生。


 わたしは笑い出しそうになった。

 頭の中をよぎる彼らの顔は、みんなローズのほうを向いていた。

 

(そっか。誰もわたしに興味がないんだった。……なら仕方ないか)


 前世と同じように、わたしがどうなっても誰も困らないのだ。

 なら、わたしだって知ったことじゃない。

 わたしなんかがどうなろうと、どうだっていい。

 

 わたしのことを助けてくれたのは、今思えば悪役令嬢のはずのローズだけだった。


(……芋、食べたらよかったな)


 ぽつりと、本音が漏れる。


 ひょっとしたら、わたしがもし間違えなければ、だけど。


 ――お友達に、なれたのかな。


 最後に思い出したのは、笑顔で芋を頬張る焼芋令嬢――ローズのことだった。

 彼女の手をとっていれば、なにか変わっていたかもしれない。

 わたしの魔力から生まれた魔物の群れはどんどん膨れ上がる。

 魔力が吸い取られるのがわかる、

 身体が魔物に覆い隠されていく。

 


(もう、遅いよね)


 わたしは諦めて、まぶたを閉じた。

 今世でも、わたしを助けてくれる人なんて誰もいない。

 なら、このまま眠ってしまいたかった。

 魔物がどんどん増えていく。

 どれくらい時間が経ったかわからない。

 けど、わたしから生まれた魔物は遠からずこの部屋から溢れる。

 そうして、学園じゅうの生徒を襲うだろう。


 意識が遠ざかっていく。

 

 わたしは、魔物に取り憑かれてしまった。

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