第3話 魔法と師匠と鍛錬と


「お父様、お母様。私、魔力を高めたいと思いますの」


 翌日。

 まず、私は昨夜考えた計画の一つ、「魔力を鍛える」を実行に移すことにした。

 家族が揃う夕食の席で私がそう切り出した。

 両親――シルヴェスター公爵夫妻は食事の手を止め、「突然なにを言ってるんだこいつは」とでも言いたそうに目を見開いた。


「ローズ。急にどうしたのかな?」


 お父様――公爵が優しい声で訊ねる。


「魔力を高めるのは、貴族として生まれた者の勤めでございますわ」


 私はそう答えた。

 

 この世界には魔法がある。

 しかし、強い魔力を持つのは往々にして貴族のみだ。

 そのため、貴族には特権と財産とともに魔物や犯罪者から平民を守る義務が課される。


 魔物は、人の負の感情のよどみから生まれる凶暴な獣だ。

 ひとたび人間に取り憑けば、取り憑いた人間の魔力を吸い取り周囲を襲う。

 このような魔物による被害を、魔物災害という。

 下から霊障級、悪霊級、怪異級、厄災級、魔王級に分類される。

 霊障級は武器があれば素人でも倒せる。

 悪霊級は騎士が一人いれば安心。

 怪異級は小隊が必要。

 厄災級は最低でも五〇〇人の大隊相当、

 魔王級は国軍ひとつと相打ち覚悟――といった具合である。

 そして、私がバッドエンドで成ってしまう魔王災害は――魔王級なのだ。


「私、魔力の制御をできるようになって、みなさんの役に立ちたいですわ」


 幸いこの国――フロリアン王国には目立った争いはないが、自然発生する魔物はどうしようもない。

 ローズ・シルヴェスターには、ルートによってヒロインへの嫉妬の念から魔物に取り憑かれ、魔物の母体にされて死ぬエンディングが待っている。

 一番マシなルートでも国外追放だ。そのルートでも、魔物に襲われるのは避けられないだろう。

 

 しかし、魔物にも対策が存在する。

 魔物は火や光、聖なるもの、魔力を込めた攻撃、金属の武器で倒せる。

 ローズ・シルヴェスターの持つ魔法属性は火だ。


 私にできることは、まず一つ。魔力を高めること。

 二つ、取り憑かれて魔力が使えなくなっても魔物を追い払えるように、火の起こし方を身につけること。

 三つ、魔物に取り憑かれる心の隙を見せないように楽しく過ごすこと。


 この三つを押さえて過ごせば、一番悲惨なエンドは免れるはずだ。


 もちろん、将来的に魔物に取り憑かれるだとか、国外追放されるだとかそういう話を両親にするわけにはいかない。

 子供に悲惨な将来が待っていると知れば、彼らは辛い思いをするだろう。

 彼らは私を心から愛してくれている。それがわかるから、不確定な未来の話で心配をかけたくない。


 なにより、魔法とかすごく楽しそう。めちゃくちゃ使ってみたい。


 ……というのが本音だが、それをおくびにも出さず「師匠が欲しいですわ」としれっと言う。


 公爵は黙って私の話を聴いていたが、やがて頷いた。


「わかった。じゃあ、近いうちに家庭教師を呼ぼう。励みなさい、ローズ」


「そろそろ家庭教師をお願いするつもりでしたけど、予定を前倒ししてもらいましょう。ローズにこんなに早く貴族としての自覚が芽生えるとは思わなかったわ」


「ありがとうございます! お父様、お母様!」


 火の魔法を黙って庭で使うと下手したら火事になる。許可がもらえてよかった。

 許してもらえないなら裏庭とかで勝手に練習するつもりだったけど、これで大手を振って魔法が使える!


 わくわくしながらお礼を言う。公爵夫妻がにっこりと笑い、私は机の下でガッツポーズをした。







「家庭教師のエルム・サイプレスです。よろしくお願いします」


 翌週。

 家の演習場に来たのは、眼鏡をかけた優しそうな青年だった。


 ――どうしよう、さっそく攻略対象キャラクターが来てしまった。


 エルム・サイプレス先生は、サイプレス伯爵家の次男である。

 優秀な魔法使いで、五年後に学園に新任教師として赴任するのだ。

 ステータス強化画面で顔を合わせる、攻略対象キャラクターである。

 眼鏡で年上、優しくも厳しい先生として根強い人気があったキャラクターだ。


 しかし、まさか師匠を変えてもらうわけにはいかない。

 せっかく来てくれたのだし、頑張ってみよう。

 五秒で思考を終えて、私はスカートをつまみ一礼する。


「ローズ・シルヴェスターです。よろしくお願いいたしますわ、エルム先生」


「はい。早速ですがローズさん、魔力とはなんなのか、どのようにして私たちの身体を循環しているのかご存じですか?」


「循環……ですか?」


「そうです。我々の身体を血液のように流れているもの、それが魔力です」


「身体の一部、ということでございますの?」


「正解です。身体を動かすのは神経を伝わる雷であり、血液であり、骨であり筋肉です。ローズさんは普段から『この筋肉と骨と血を動かそう』と意識して身体を動かしますか?」


 私は首を横に振る。「それが自然です」とエルム先生は目を細めた。


「つまり、魔力はそこに『在る』身体の一部なのです。では、両手を出してみてください」


 言われたとおりに手を出すと、エルム先生はその両手を握った。


「今から魔力を流します。なるべく耐えてくださいね」


「耐え……? ッ! あが、~~~~~~~ッ!?」


 全身に雷が落ちたような衝撃に、私は思わず悲鳴を上げた。


「はい、足を踏ん張って。掌から全身に意識を集中して」


「おご、ッ!? ~~~~~~~!!」


 言われたとおりに足を踏ん張り、神経を集中する。

 すると、先生に掴まれた両手からなにかが流れ混んでいるのがわかった。


 ――これが魔力か。


 魔力が流れ混んでくる感覚を掴む。

 流れ混んでくるものに痛みを感じるということは、反発する力があるということ。

 気づけば、自分の身体を流れて纏っている魔力が見えるようになっていた。


「ほおら、がんばれがんばれ」


 がんばれがんばれじゃないわよ!

 なんでこんなに楽しそうなのこの人!?

 それはそれとして痛いんだけど全身が!? いつまでやってるのこれ!?


「魔力を纏うイメージで流れをコントロールしてください」


 纏う……? こうかしら?

 私が魔力を全身に纏えるようになるまで、五分くらいかかった。

 反発する魔力の存在を知覚し、自分の中にあるものとして受け入れるイメージでやったらうまくいった。

 

「はい、よくできました」


 エルム先生がやっと手を離してくれる。

 自分の身体に流れる魔力を感じられるようになっていた。


「見えますか? これが魔力です」


「それはもうはっきりと」


「あっはっは! ローズさんは筋がいいですね。普通は感覚を掴むまで、最低でも十回は魔力を流さないとならないんですけど。少し物足りな……いえ、とても優秀です」


「ありがとうございます」


「ではそのまま、魔法を使ってみましょうか。こう、手を出して。あそこに的がありますね? そこに向かって身体を流れる魔力を、掌からぎゅいっと搾りだすイメージで」


「ぎゅいっとですか」


「ええ、ぎゅいっと」


 どうしよう、この先生えらく感覚派だ。

 ぎゅいっと? 絞るってことかな……? 

 流れている魔力を絞り出して……掌に集中して出す感覚で……。こうか!


「はいそこで唱えてください。火炎弾ファイアボール


火炎弾ファイアボール


 言われるがまま唱えると、私の手から炎の球が出て的に直撃した。


「……出た」


 呆然とつぶやく私に、先生は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていた。

 しかし、その顔はすぐに満面の笑みへと変わる。

 

「ふふふ、ふふふふ……初日にいきなり魔法を使える子なんて初めてですよ。そのまま百発くらい撃って、感覚を掴みましょうね」


「そうなんですか? やってみますわ!」


「くくく、これは鍛えがいがありそうですね!」


 眼鏡のレンズを光らせて怪しく笑う先生。

 果たしてこんなキャラクターだっただろうか。

 もっと柔和で、優しい先生だったような気がする……。

 そんなことを考えながら、ノリノリの先生の言うままに私は魔法を使い続けた。

 ……あんまり先生の指導に熱が入りすぎて魔力切れを起こしそうになった。

 慌てた先生がメルを呼んでくれて事なきを得たが、先生はメルに叱られていた。


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