悪役令嬢は芋が好き!~乙女ゲームの破滅エンドが確定している悪女ですが、せっかくなので人生を楽しむことにしました。溺愛?なんのことですか?~

赤夜燈

第一章 焼芋令嬢は転生する

第1話 前世の記憶と乙女ゲームと焼き芋と


 私は、ローズ・シルヴェスター。今年で十歳になる。

 フロリアン王国のシルヴェスター公爵家、私はその一人娘だ。

 おやつに好物のサツマイモを食べていたところ、喉に芋を詰まらせた。


 ――サツマイモ? 異世界に薩摩があるの?


 そんな声が頭の中で聞こえて、呑み込むのに失敗したのだ。


 ――異世界? なんのこと? 

 ――サツマなら、サツマ領というところがあるけれど……。


 そんな場違いなことを考えながら、私はげほげほと激しく咽せた。

 

「しっかりなさいませ! お水を!」


 専属メイドのメルがグラスに水を注いで差し出してくれた。

 九死に一生というやつだ。水を飲み干して、ふうと呼吸を整える。


 ――呼吸ができるってありがたい。ビバ酸素。


 酸素、とは? なんだったかしら?

 ――そういえば家庭教師が次に酸素のことを教えてくれるという話だったけど。

  

「大丈夫ですか、ローズ様? お水をお召しあがりになりますか?」


「いいえ、大丈夫よメル。ありがとう、あなたは私の命の恩人よ」


 背中をさするメルの手を取ってにっこりと微笑む。

 「とんでもないことでございます」と頭を下げられた。

 彼女の手は、ずっと私の背中をさすってくれている。

 幼い頃から一緒だったメルの手は、私を安心させるのが得意だ。


 ――頭を下げたいのはこちらのほうなんですけどもね!?


さっきから頭の中でうるさいこの声の主は、誰だろうか。


「いたっ……」


 頭の左側がズキズキと痛む。こめかみに手を当てる。

 ふと、目の前の姿見が視界に入った。


 鏡の中にいたのは、きつめの顔をした童女だった。

 ウェーブのかかった金髪。

 赤みがかった紫色の瞳には、青が散っている。

 少しきつめの顔だけれどお人形のように整った、とんでもない美少女がそこにいた。


「……これ、私?」


 記憶とかけ離れた姿に思わず絶句して――視界が回転する。

 顔が熱くなり、全身に力が入らなくなる。

 この感覚は知っている。ローズ・シルヴェスターは知らないが、私は何度も何度も体験したことがあった。


 ――熱が出てる。懐かしいなぁこの感じ。


 ――懐かしい? 


 ――あぁ、そうか。前世でたくさん熱を出しましたものね。


 頭の中の声に納得すると同時に、十七年分の前世の記憶が頭の中に流れこんできた。

 情報の洪水に押し流されるように、身体が倒れる。


「ローズ様!?」


 メルが悲鳴をあげる。


 ――そりゃ十七年分の記憶を十歳児の脳味噌に一気に詰め込んだらこうなるよねぇ。


 さっきから頭に鳴り響いていた声は、自分のものだった。


 そのあと、私は七日七晩にわたり高熱にうなされ続けたのだった。




  ★




 これは、私の前世の記憶である。

 私が前世で生きていたのは、別世界。

 西暦2020年代、令和の日本と呼ばれるところだった。




 前世の私は物心ついたときから病弱で、ろくろく外に出られなかった。

 五歳の頃にややこしい病気が見つかったらしい。

 合併症やらなにやら別の病気にどんどんかかり、ずっと入院していた。

 病室で寝ていたほうが家にいたより長いくらいだ。

 そんな自分の生き甲斐は、おやつの焼き芋と乙女ゲームだった。


 まだ病気が発覚する前、幼稚園の芋掘りで食べた焼き芋があまりに美味しかった。

 五歳の自分は雷に打たれたようになった。


 自分の手で掘った金色のサツマイモはほくほくで、甘くて、優しい味がした。

 小食だったはずなのにあっという間に胃の中に消えてしまった。

 この世にこんなに美味しいものがあるなんて、と感動して泣いた。そして倒れた。

 珍しい病気だったらしい。

 丈夫に産んであげられなくてごめんと泣く両親に、「いいよ。おいもが美味しかったから」と当時の自分は言ったそうだ。

 我ながらこのブレなさはなかなかのものだと思う。

  

 長い入院生活が始まった。

 自分は聞き分けのいい子供だったが、芋に関しては譲らなかった。

 注射も薬も手術も我慢する。

 その代わり芋を食べたい、と主張したのである。

 その甲斐あってか、時々、少しずつではあるが芋を差し入れてもらうことができた。

 熱々の焼きたての芋は食べられなかったが、贅沢は言うまい。

 両親は芋を食べる自分を見て、「そんな勢いで食べると喉に詰まらせるよ」と困ったように笑っていた。

 今思えば、私を不憫だと思っていたのだろう。

 私は芋が食べられればそれでよかったから、自分を不幸だと思ったことはなかったけれど。


 長年入院していると、娯楽が少ない。

 日曜夜にアイドルが畑を作るバラエティ番組と、大河ドラマは欠かさず観ていた。

 しかし一日中テレビを観ているわけにもいかない。病院のテレビは有料なのだ。

 必然的に、両親が買ってくれたスマホでゲームなどをする機会が増えた。


 それで、スマートフォン向け乙女ゲームに見事にハマった。


 特に好きだったのが、「花と散るエデン」という乙女向けRPG――通称「ハナチル」だ。

 主人公が魔法学園に入学し、ガチャで入手したイケメンのキャラクターを育て魔物を倒す。

 よくあるゲームだが、ルートによっては学園が魔物で溢れてバッドエンドになったり、国が崩壊したりする。

 キラキラしたイラストやスチルに反して、かなりダークで骨太なゲームだったように思う。

 なにしろ、どのルートでも人が死んだり魔物に取り憑かれたりするのだ。

 なかなかにハードな展開だったが、それがかえって好みだった。

 入院生活は刺激が足りないのである。

 私はハナチルの世界にどっぷり浸かってしまった。


「ハナチル」の沼に完全にハマってしまった私の生活は、一変した。

 全ルートをコンプリートすべく、連日寝る間も惜しんでプレイしていた。

 点滴を替えにきた看護師さんが、寝ていない私の顔を見てぎょっとしていた。

 「ちゃんと寝なさい」と叱られて、「大丈夫です」と上の空で答えた。

 そのまま休憩をとることもなく、プレイしていたのがまずかったのだろうか。

 とある攻略対象キャラクターのルートに入る直前、休憩しようとした。

 いつものように両親が買ってきてくれた芋をモリモリと食べた。

 ああ、美味しい。優しい甘さが嬉しい食べ物だ。

 なんでこんなに芋って美味しいんだろう。

 私はうっとりとする。

 だが、ここで誤算が生じた。

 飲み物を用意するのを忘れていたのである。

 喉に芋がつまった。

 苦しい。息ができない。

 その拍子に、ベッドから転げ落ちた。

 ナースコールに手が届かない。


 近所の学校から子供たちのはしゃぐ声が聞こえる。

 夕暮れの陽が病室を照らす。目の前が暗くなり、死ぬのかと悟った。


 ああ、一度でいいから外を駆けまわってみたかった。

 アイドルがやっている畑作りもやりたかった。

 そして、もう一度芋を掘って、焼きたての芋にかぶりつきたかった。


 ――長生き。できないとはわかっていたけど。

 ――それでも、生きたかったな……。


 それを最期に、目の前が真っ暗になった。




  ★




 七日七晩。

 十歳のローズ・シルヴェスターと十七歳で死んだ前世の自分が統合されるまで、それだけ時間がかかった。


「……死ぬかと思った」


 朝日が差し込む自室の、病院とは比べ物にならないほど広くてふかふかなベッドの上でつぶやく。

 すっかり熱は下がったようで、大きくのびをした。寝たきりだったから、身体が凝り固まっている。肩と首を軽く回してほぐす。


「もう一度生きられるなんて、思ってなかった」


 ずっと、健康な身体で生きたかった。

 それは偽りのない本音で、生きていることがとても嬉しい。


「しかし、どうしたものかしら……」


 立ち上がり、寝間着のまま鏡の前に立つ。


 そこにはやはり、金髪に紫の瞳の年端もいかない幼女が映っている。

 ローズ・シルヴェスター。シルヴェスター公爵家の一人娘。

 美人だが、少々きつい顔立ち。笑顔が怖い。ザ・なにか企んでる悪い顔、ってやつだ。


「生きてるのはいいけど、まさかハマってた乙女ゲームの悪役令嬢に転生するなんて……」


 私は、大きく息を吐いた。


 剣と魔法の学園乙女RPG「花と散るエデン」、通称「ハナチル」。  

 ここは、前世で寝る間も惜しんでプレイしたゲームの舞台、フロリアン王国だった。

 この世界において、悪役令嬢ローズ・シルヴェスター――つまり、私はどう転んでも破滅する悪役令嬢なのだ。


 しかも、どうあがいてもラスボスとして撃破されてしまう。

 


 あるルートでは婚約者の王子から一方的に婚約破棄されて、国外追放。

 あるルートでは国を脅かした悪女として処刑。

 あるルートでは魔物の母体になって衰弱死。


 ……思った以上に救いがない。

 どうあがいても死ぬか国外追放って、ろくな目に遭わない。

 ダークな世界観は確かに好きだが、あくまでゲームとしてプレイする場合の話である。

 両手を見下ろす。

 問題は山積みで、未来には破滅しか待っていない。


 けれど、それがなんだというの?


 ――私は、生きている。

 嬉しくて全身が震える。

 胸の高鳴りを抑えられなかった。


 身体が辛くないなんて、前世では一度もなかった。


 窓を開ける。息を吸う。吐く。

 呼吸が苦しくない。


 ドアを開けて廊下を歩く。外に出る。

 庭へ駆け出す。

 身体が重くない。どこも痛くない。

 走るのなんて、幼稚園の頃以来。


 足を動かす。どこまでも走れそうで、涙が出る。

 喜びを噛みしめる。

 思わず顔がほころんでしまった。 

 こんなに歩いても走っても心臓が潰れそうにならないなんて、なんて素晴らしいの。

 もう「丈夫な身体に産んであげられなくてごめん」と謝られなくてすむ。

 さんさんと輝く太陽の光が、もう辛くない。

 庭に寝転がる。綺麗に刈られた芝のにおいがする。


 破滅ルートがほぼ確定していても、それは「ほぼ」の話でしかない。

 少なくとも今世の私には、丈夫な身体がある。それだけで充分すぎた。

 与えられた二度目の生を、楽しみ尽くしたい。

 エンディングイベントが終わっても、生きていたい。

 私はもう一度大きく息を吸い込んで、青い空と太陽を仰いだ。


「神様、ありがとうございます! ――私、せいいっぱい生きるわ! 今世は、焼きたてのおイモをお腹いっぱい食べてやる……!」


 私の人生は、希望に満ちていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る