(元邪神の)異世界勇者録〜仕事をクビになったので異世界を堪能出来ませんでした〜

日々、猫。

第1章第1話 オワリのハジマリ

むかしむかし八百万の神々は全ての世界から厄災を遠ざける為に厄災をその身に封じたモノを創りあげました。


創られしモノは厄災の力を己が力として身につけ、数多の禁忌や禁呪、禁断をその身に取り込んでいきました。


いつしか八百万の神々を超え、邪神となったモノは邪仙邪神を名乗る事とし、その遥か昔に放棄された禁域たる『聖域』に引き引き篭もりました。

廃墟となっていた『聖域』を復旧。失われた世界の繋がりを繋ぎ直し、世界から産みだされる『世界の泥』を浄化。エネルギー源に戻し世界に還元する…聖域としての役目を自ら担い自身の価値を築き、安寧の日々を過していました……今日までは。


〜異世界酒場にて〜

場面変わって、人の姿が多い酒場にて呑んだくれるモノあり。

カウンター席に座り、酒を待つ姿は酒場には似つかわしく無い容姿。

腰まで伸ばした黒い濡髪。少年と少女にも見え、少しあどけなさが残り整った顔立ちはまさに傾国。

人の姿には似つかわしい狐耳と尻尾持ったモノ…『彼』は木のジョッキに注がれたエールを胃に流し込んでいた。


黒狐「ぐびっ…ぐびっ…ぐびっ…ぷはー……マスター!おかわり!」

マスター「…凄い呑みっぷりだねぇ」


酒場のマスターは呆れつつもおかわりの酒を出す。

『彼』として創り上げられた、厄災と禁忌の獣…厄災の黒狐はやけ酒を楽しんでいた。


黒狐「いやぁ…仕事クビになっちゃったからねぇ…」

あははと頬を書きながら、エールを流し込む黒狐に対して驚きのあまりジョッキを落すマスター。


ここは神々癒しの世界。

この世界に訪れるのは、神々や神に近しい者ばかり。

その中でも情報屋でもある酒場のマスターはカウンターから勢いよく身を乗り出し、黒狐に尋ねる。


マスター「…それは本当なのかいっ!?」

黒狐「うん。ホント、ホント…マスター、耳出てるよー?」

マスター「っ!?…すまない…驚きすぎた…いやしかし……」


人ならざる神々は、人が作り上げた叡智を利用する為、その姿を人に似せている。…そのほうが生活が便利だから、だ。

酒場のマスターも真の姿は別にある…と言う事だ。


マスター「…それは、大丈夫…なのかい?」

冷や汗を書きながらマスターは尋ねる。

手をひらひらさせながら黒狐は答える。

黒狐「ダイジョーブ、ダイジョーブ…知らんけど」

マスター「…ふざけるなぁっ!きちんと答えろ!!」

黒狐「ヘーキヘーキ、ダイジョーブ、ダイジョーブ…俺が辞めても問題は無いよ…大丈夫なようにしてあるからさ……馬鹿が何かをしない限りは、ね」


全ての世界は『修繕された』

長く在り続ければ当然綻びが生まれる。

完全に修繕出来るのは聖域だけ。


また、世界のエネルギー源であるフォトンライフ。生きとし生けるもの全て、世界自身さえも消費しているシロモノ。

使えば使うほど減るのは当たり前。

使い古したフォトンライフは『世界の泥』として大半は廃棄されてきた。

その『世界の泥』を100%を浄化還元出来るのも聖域だけ。


そこの管理者(※勝手に就任していた)が、クビになったと知らされたのだ。

問:この時のマスターの心情を答えよ。(配点:10点)


黒狐は続ける。

黒狐「いやぁ…『嫁達』に裏切られちゃってさぁ…あははっ!!…契約上の子たちだったけど放ったらかしにして放置してたからねぇ…こっちは寝るのも仕事のうちなんだけどねぇ!……あははは!」


黒狐の嫁。それは生贄にも等しい。

神々が黒狐が反抗しないよう、反旗を翻さないよう嫁入りさせた、契約上の妻達。

その実態は監視者と楔としての役目しかない。

不老不死の呪いをかけられ、隔離された聖域世界から出る事は許されない。

黒狐と共に永遠を過ごす事しか出来ない存在。


…その扱いは逆に黒狐の逆鱗に触れていた事を記載しておく。

黒狐は独りでよかったので、30人以上いる嫁達に過干渉する事無かった。

嫌がる娘達は元の世界、時間軸に返品もしてきた。


黒狐は役目を果たし続けていた。

夢を見続ける事で、夢幻から無限にフォトンライフを精製し続けた。

夢を見続ける事で、全世界を観測し神のルールに違反したモノを特定し続けていた。

夢を見続ける事で、聖域の処理性能を大幅に上げていた。


…夢を見続ける事で反抗の意志が無いことを示し続けていた。


そんな黒狐を、夢の中に居続ける黒狐を、自分たちと触れ合おうとしない黒狐を、嫁達はどのような目で見続けてきたのだろうか。




黒狐は嫁達に尽くしては、来なかった。

だが、出来る事。叶えられる願いは叶えてきた。

花を願われば花を与え、海が見たいと願われば海を創り。

両親や友達との手紙のやり取りさえも神の権能を行使し出来る限りの自由を与えてきた。


それでも。


黒狐「いやぁ…寝所に男を連れ込むなんて、ねぇ…『聖域が完全復旧したイマ。厄災の黒狐は要らない。邪魔でしかない』…か……一番信頼してた子にも裏切られるなんてねー…マスターも笑ってくれていいんだよ?」

黒狐は言い終わると、ジョッキの中身を胃に流し込む。


黒狐の嫁達が彼を裏切り、聖域の権限を持って禁域とされていた聖域を開放。

新たな管理人を自称する神々を黒狐が寝ている間に連れ込んだのだ。

既に聖域の一部を解析していた神々は聖域の権限を奪い、『願うのなら奴隷として使ってやる』と黒狐を見下した結果。黒狐は聖域から追い出される事となった。


黒狐は聖域で独り厄災をその身に秘め。

永遠と夢の中に意識を置いておきたかった事は、誰も知らない。


マスターは何も言えなかった。

ジョッキに残ったエールを回しながら、残念そうな顔で思考を巡らす黒狐。

悩んでも無駄、か。と吹っ切れたような顔になり、ジョッキを空にする。


ふぅーっと一息ついた後に勢いよく、ジョッキをカウンターに叩きつける。

黒狐「マスター、ごっつぁん」

お金代わりの魔石をマスターに手渡し、マスターに背を向ける。


マスター「…何処に行くんだい?」

黒狐「さぁね…風が導くままに。ってとこかなー?」


黒狐は酒場から出ると同時に全ての世界から行方をくらませた。


黒狐。

99の尾を束ねし厄災の化身。

神すら禁断とされる『知識』『力』を手にし、邪神となったモノ。

面倒事が大嫌いで、怠惰な性格で。

…仕方ねぇなぁ、と面倒くさがりながらも手を貸してくれる面倒みが良いモノ。


そんな『彼』は今日。世界の全てから消息をたった。

まるで最初から居なかったかのように。狐につままれたかのように。


『彼』に謝りたくて、置いて行かないでと言いたくて、ずっと一緒にいて欲しくて。

それを彼に伝えたくとも、軌跡を追うことは出来ない。


消えた後には、伝える事は出来ない。

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