第18話

――式を挙げる前に、祖母に会いに行こう。


 そう言って笑った亘の顔が、後ろへ流れていく景色と共に浮かんでは消える。車内で三人は無言であった。カーラジオは、陽気に午後の番組を流している。


「あの、私の知る限りでは」


 沈黙に耐えかねたのか、それともいきなり帰れと言ったことを少しは悪いと思ったのか、清水は重い口を開いて白藤の現状を話しはじめた。絞り出すように話すその様子は、車内には三人しかいないというのに誰かの耳目を憚っているようだ。


「あの白藤は、冬でも花が咲いています。不気味だと思いませんか? ずっと散りもしないで、雪が降っても咲いているんですよ花房が!」


 心なしか清水の声が震えている。彼女は大きく息を吐くと続ける。


「駐車場の隅に、よく見ないと判らない所に細い道があります。そこをずっと奥に行くと白藤があるんですよ」

「季節を問わず、咲いている白藤」


 茉莉も雪が降っても萎れない白藤に不気味なものを感じ、微かに震えている。馨は、目を閉じて話を聞いている。霊視で見えた雪と白藤。それは今の話を暗示していたのか、それとも。


「清水さん。つかぬ事を伺いますが、今年の三月上旬に雪はまだありましたか?」

「この辺りは県内でも有名な豪雪地帯です。最近は暖冬だと言っていますが、それでもねぇ」

「そうですか、ありがとうございます」

「さぁ、もうすぐ着きますよ。ははは耳も頭はしっかりしているから、遠慮せずに質問してくださいね」


 雪深い地域の屋根は三角のように鋭く、瓦も雪が滑りやすいよう組まれている。前庭だけでも、車が三台ほど駐めることが出来る。バリアフリーとなっている玄関は、昔ながらの引き戸だ。重々しそうな見た目に反して軽々と動く。三和土たたきから上がりかまちにかけてスロープになっており、車椅子生活になってしまったという、松子刀自を気遣っての設計になっていた。


ははが足を折ってしまったから、こんな風にリフォームしたんです。私たち夫婦も、いつ歩けなくなるか判りませんからね。子供たちは県外から帰って来ませんし。段差がないから、膝が痛くなくて快適ですよ」


 ささ、遠慮せずにお上がりくださいと言われ、お邪魔しますと声をかけて上がる。こちらですと奥の部屋に案内され中に入るとソファに座り、部屋のテレビを見ていた小柄な老女がいた。嫁の呼びかけに振り向き、目が合った。九十を過ぎているとは思えないほど、肌はつやつやとしていた。総白髪ではあるがまだ豊かで、皺も年齢の割には殆どなく人の良さそうな笑みを浮かべている。


「あらあら、なんて可愛らしいお嬢さんと男前さんが揃っていらしたの。さあ、入ってくださいな。遠慮せずにどうぞ入ってくださいな。あ、正座なんかしなくていいんですよ。足を楽にくずしてくださいね」


 慌ただしく清水が用意してくれた座布団に座り、しばらくたわいもない雑談に興じていたが、焦れた茉莉が、あの、と水を向けると松子刀自とじは目を細めテレビを消す。と同時に、茶と手土産として持参した菓子を盆に乗せ、清水が入ってきた。お二人から頂いたお菓子ですと刀自に出せば、柔和な老婆が鋭い視線で嫁を睨む。


「ちゃんと仏壇に、お供えしたんでしょうね。ご先祖さまたちに先に供えないと」

「もちろんですよ」


 いつものことと清水は適当に姑をあしらい、ごゆっくりと言い置いて部屋を出ていった。初めて二種類の福井銘菓を食べる茉莉は、新茶と共に笑顔で堪能した。三人でのんびりと茶の時間を過ごした後に。


「では、始めましょうか」


 松子刀自は少し目を伏せて、ようやく語り部としての顔つきになった。


「人待ち白藤のことを聞きたいんでしたね。長くなりますが、かまいませんか?」


 二人が頷くと、松子刀自は余所者たちに語り始めた。人目を避けるかのように佇む、白藤にまつわる伝説。それは悲劇の伝説であった。

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