第216話

「……紫乃はまだ雨夜のことが忘れられないんだよ。まだ好きなんだよ。あの二人なんか似てんのよ。髪型とか雰囲気が。目なんかとくに。御手洗さんと一緒にいるうちに雨夜のことを思い出したんじゃねえの?」



「ごめん、全然ついていけない。なんか話脱線してない?」



「だから!!紫乃が酔って泣きながら御手洗さんに抱きついてキスしたの!!雨夜先輩って何度も何度も呼びながら!!」



「それは御手洗から聞いたんだよね?健が直接見たわけじゃないんでしょ?」




「おう、そうだよ。でも俺は御手洗さんが嘘ついてるとは思えない。あの人が雨夜を知ってるはずねえだろ。他にもいろんなこと知ってたわ。蕎麦屋で働いてたことも東京にいることも……。全部紫乃が教えてきたって言ってた。最後の方はずっと“戻ってきてよ”って言いながら泣いてたんだってさ……。どっちかが嘘ついてるならそれは絶対に紫乃の方なんだよ。」




「御手洗はストーカーなんだよ?雨夜のことだって調べようと思ったら簡単に調べられる。健が御手洗の味方すんのってもっとちゃんとした理由があると思ってたけど、そんなくだらない理由だったのかよ。心底呆れたわ。」




「……俺のなかでは全然下らなくねえんだわ。蓮にはわかんねえんだよ。紫乃がどれほど雨夜のことが好きだったか。振られたあとのあいつ知らねえだろ。毎日泣いてたし、飯は全く食わねえし、赤信号で渡ろうとするし、ベランダから飛び降りようとするし。ほんともう、死ぬんじゃねえのってぐらい衰弱してた。一緒に暮らしてても、結婚しても、ずっと不安が消えなかった。御手洗さんでもあんな情緒不安定なんのに……雨夜が戻ってきたら、俺なんか秒で捨てられる気がしてよ……」




「今でも雨夜が好きとかありえねえし。おばちゃんが好きなのは健なんだよ?なんでそれがわかんねえの?」




「うるせえ。お前なんかに何言われようと響かねえわ。とりあえず俺ら別居するから。今の紫乃は精神がおかしくなってる。このまま一緒に住んでたら俺まで頭おかしくなりそうだわ」

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