第26話 本物

 *


「あ~Vtuberになってちやほやされてぇ……」

「……なんすか。急に」


 また、サヤが変なことを言い出した。毎度のことではあるが、彼女はたまに訳のわからないことを言い出す。


「いやぁ~だってVtuberってさぁ、幽霊の天職でしょ。顔を見せずに、ネットだけの活動で、投げ銭が届くんだから。やっと、時代が幽霊に追いついたってやつだよ」

「……まあ、相性は良さそうっすね」


 言われてみると、一理ある。ライト自身もあまり詳しい方ではないが、インターネット上で完結している商売というのは幽霊にとってはこれ以上にない好条件だ。何しろ、睡眠も食事も必要ないのだから、そのリソース分をすべて活動に回せる。単純な効率は人間と比較すると、二倍近く上がるだろう。


「私って声も可愛いし、サブカルチャーにも詳しいし、絶対オタクから人気出るよなぁ……猫被るのも得意だし、向いてると思うんだよね」

「……はっ」


 思わず、ライトは鼻で笑ってしまった。何が、猫を被るのは得意だ。彼女以上に、短期で直情的な性格も珍しいだろう。もしも、配信なんてしたら――五分もかからず、本性を現すこと間違いなし。逆に、そのキャラがウケる可能性もあるが、コメントの煽りに乗っかり、一晩中怒り狂うのは目に見えている。


「お前、今笑っただろ」

「……い、いえ」

「嘘つけ! 馬鹿にしやがって!」


 サヤの膝蹴りが炸裂する。それ、見たことか。このような性格では客商売なんて、無理に決まっている。


「まったく、ライトのくせに生意気」

「いてて……じゃあ、そんなに自信があるなら、今からでもやればいいじゃないっすか」

「……いや、別に、本気でやりたいってわけでもないし。ただ、私に向いてるよなぁって言ってるだけ」

「……あ、そっすか」


 どうやら、ただの願望を口にしていただけらしい。もし、宝くじが当選したら、金はどのように使うか語るのと同義。そもそも、彼女の性格上、承認欲求は人並みにはあるだろうが、注目されること自体は避ける傾向がある。本当にデビューする気なんてものはさらさらないだろう。


「でも、一応挨拶の口上は考えてるんだよね。聞きたい?」

「え、いいっすよ」

「もう、じゃあ聞かせてあげるよ。仕方ないなぁ」


 ライトの言葉を無視して、こほんと、サヤは咳払いをする。


「アナタの背後からうらめしや~♪ 新人Vtuberの幽遊零麗ゆうゆうれいれいだよ~♪ 今晩も、バーチャル黄泉平坂に、ご案内します♪」

「……うわぁ」


 別に、その手の職業に偏見があるわけではないが、目の前で顔見知りが演じていると――こう、むずがゆいというか、こちらまで恥ずかしくなる。その醜態に、ライトは目をそらしてしまった。


「おいてめえ、今、キツいって思っただろ」

「…………」


 先ほどは下手に答えてしまったせいで蹴られたので、ライトは無言を貫く。


「黙ってないで、何とか言えや!」

「ぶっ!」


 今度は拳が飛んできた。まったく、理不尽極まる。どちらにしても、殴られるではないか。


 ピー


 そんな雑談をしていると、侵入者を知らせるセンサー音が鳴り響いた。先日の服部Ⅾ一行に引き続き、二日連続の来客である。


「あ、今日も客が来ましたね」

「もう六月だしね。そろそろ、客が増える頃合いだし」


 幽霊の繁忙期というやつだろう。夏が近づくほど、心霊スポットに訪れる人間の数も増える。以前、サヤが夏には毎日人間が来ると言っていたが、どうやらそれは事実のようである。


「どれどれ……今日は……あ、女の子っすね」


 モニターには一人の少女が映し出されていた。恐らく、年齢は高校生程度。ただ、そのファッションセンスはかなり個性的である。巫女服とロリータ衣装を組み合わせたものと言えばいいのだろうか。初夏にもかかわらず、かなり暑苦しい印象を与えられる。

 だが、もっとも目を引くのはその目元を覆っている眼帯である。なぜか、彼女は左目を眼帯で覆っていた。治療中のものもらい――にしてはやけに眼帯が洒落ている。装飾品の可能性が非常に高い。最近の女子高生の間では眼帯がファッションとして流行っているのだろうか。


「ちょっと個性的な子っすね」

「というか、あれって中二病でしょ」


 言葉を選んだライトに対して、サヤはずばりと正直な意見を述べる。


「あー痛い痛い。きっと、自分が特別な力を持ってるって勘違いしてるんだよ。まあ、あの年頃の子にありがちな勘違いだよね。特に、女子はその手の霊感があるって信じやすいし、その延長線で、心霊スポットに来たんでしょ。これだから中二病のガキは……」

「……なんか、嫌な思い出でもあるんすか?」


 明らかに、私怨が込められているような言い分である。サヤの過去に何があったのかは知らないが、中二病に対して、あまり良い印象がないらしい。

 モニターには少女が何やら十字を切るような動作をしている様子が映されていた。そして、眼帯を外すように、後頭部に手をかけている。


「あ、眼帯取るみたいっすね」

「お~? 真の力解放来ちゃう~? さて、こいつはどんな感じで泣かそっかなぁ!」


 少女は眼帯を外す。やはり、特に目の病気というわけではないらしい。そこに綺麗な黒の眼球があった。


「お、顔は結構美人じゃないっすか」

「だから、下手に可愛いから、勘違いするんだよ。中途半端なブスなら、身の程を知るってもんなの」


 眼帯を外した少女はなぜか、監視カメラの方向をちらりと確認する。モニター越し、二人は彼女と視線が合った。



 ――ぞくり。



「なっ⁉」

「んっ⁉」


 その瞬間、二人の時間が凍った。実体が存在しないにもかかわらず、全身の毛が逆立ち、鳥肌が立つような感覚がする。こんな経験は幽霊になってから初。背筋に氷柱を放り込まれたように、寒さで震えが止まらない。


「な……なんすか。今の……まさか、先輩も?」

「う、うん……あいつの両目を見た瞬間に……寒気みたいなのがした」

「ど、どういうことっすか。これって」

「わ、わかんない……私にも……」


 サヤですら、状況が呑み込めない。こんなことは前例がない。ただの人間を見て、幽霊が寒気を覚えるというのは――ありえない。


「せ、先輩……もしかして、あの子って、本物の霊能力者じゃないんすか」

「は、はあ?」

「い、いや……だって、今のって……危険信号にめっちゃ近いんですよ……昔、ナイフを突きつけられた時に感じたのと似てるっていうか……」


 そう、ライトは既視感デジャヴを覚えていた。今の感覚は人間時代にも体験している。一度、不良時代に首の前にナイフを突きつけられたことがあった。ぎらりと銀に輝く刃物が視界に入った瞬間に、全身の細胞が生命の危機を感じ取り、警鐘を鳴らした。あの少女の目は――そのナイフの輝きと非常に類似している。

 蛇に睨まれた蛙ということわざを思い出す。天敵に出会った瞬間に、体が硬直して動けなくなってしまう。もしも、幽霊に天敵がいるとするのならば――それは本物の霊能力者なのではないだろうか。


「ま、まさか……でも……これって……」


 サヤはモニターを確認する。少女はまだ監視カメラをじっと睨んでいる。完全に、カメラの位置が分かっているようだ。プロのカメラマンですら、今際の際でやっと気づけたものを――一目で見抜いてしまった。状況証拠は揃っている。


「あ、あいつが……本物の、霊能力者」

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