第13話 最低
*
「チクショウ……窓もダメだな。しかも、携帯も圏外で繋がらねぇ」
あれから一時間近く、五人は手当たり次第に出口を探したが、そのすべてが病院内の別の部屋と繋がっており、脱出することは叶わなかった。
ならば、窓はどうだと思いつく限りの方法で解錠、破壊を試みたが――当然、開くわけがない。通信手段も封じられ、五人は完全にこの病院に隔離された状態になってしまった。
「本当に……どうなってるんですか、これ。まさか、本物の怪奇現象……」
「アホか、おめぇは。ここまで来たら、本物もクソもないだろうが」
「そ、それは……そうですけど」
山崎は押し黙ってしまった。確かに、ここまで来たら疑う余地もないだろう。現在進行形で、科学では説明できない力によって、自分たちは捕らわれてしまったというのは間違いない。
「……おい、古畑。これまでの映像、全部撮れてるよな?」
「えっ。あ、はい。閉じ込められてから、またカメラは回してるので」
「っしゃあ!」
この状況で、なぜか服部はガッツポーズをしながら、歓喜の雄叫びを上げた。その異常な行動に、四人は一斉に冷めた視線を送る。
「今回はすごいもんが撮れたな! 売れるぞぉ~! このDVDは売れるぞぉ~!」
「ちょ、ちょっと……服部さん、そんなこと言ってる場合ですか。命の危機なんですよ。本当に、ここから出られるかすら、分からないんですよ」
まさか、この後に及んで売り上げのことを気にしているとは――呆れ果ててしまう。
「おう! 絶対に出るに決まってんだろうが! 俺はこのDVDを完成させるからな!」
「…………」
もはや、返す言葉もない。その根拠のない自信はどこから来るのだろうか。先ほどまで感じていた恐怖が彼を見て、波のように引いていく感覚を山崎は味わっていた。
「お前らもそんな暗くなるなよ。こういう時のために、霊能力者を雇ってんだから。なぁ、金閣先生ェ!」
「えっ……」
名指しで呼ばれたことに対して、金閣は驚いた様子で、視線を泳がせる。
「脱出の方法とか、当然ありますよね!」
「だ、脱出……あ、あぁ……うん、ゴホン」
わざとらしく、金閣は咳払いをする。
「い、今この病院は……悪霊どもの結界によって、外の世界と断絶されたと見た。ワシの力では突破するのは難しいかも……」
「――あ?」
その瞬間、服部は腹の底からドスの利かせた声を発した。
「む、難しいが! どこかに結界の脆い部分があるはず! そこからなら、出られるかもしれん!」
「おい、聞いたか! 出られるってよ!」
「………………」
今、この場で金閣の言葉を本気で信じているのは――服部しかいなかった。
「うぇぇ……もう嫌ぁ……家に帰りたい……」
「だ、大丈夫……大丈夫だからね」
アイドルの苺は耐えられなくなり、泣き出してしまった。見かねて、山崎は彼女の背中を擦り、落ち着かせようとする。
「んじゃ、俺と古畑と先生はその結界の脆い部分ってやつを探してくるから、二人は留守番を頼むわ」
「……はぁっ⁉」
その発言に、思わず山崎は声を荒げてしまった。今、この男はなんと言ったのか。理解できない。
「こ、こんな場所に、苺ちゃんを置いていくんですか⁉」
「だって、古畑がいないと映像が撮れないし、先生がいないと脆い場所が分かんないし、俺がいないと幽霊を倒せるやつがいねえじゃねえか。だから、苺ちゃんはお前が面倒見てやれって言ってんだよ」
「それでも! 普通女子を二人置いていかないですよ! 常識って知ってますか⁉」
「いや苺ちゃんはともかく、お前は女子って年でもねえじゃん」
「あーもう! 最っっっっ低! 信じれない! じゃあ、どこにでも好きなところに行けばいいじゃないですか! もう帰ってこなくていいですからね!」
「おう! そこまで憎まれ口を叩けるなら平気だな! じゃあ行ってくるわ!」
そう言うと、服部は古畑と金閣を連れて、本当に探索に行ってしまった。
「うぇぇぇ……わ、私たち……置いて行かれたんですかぁ……?」
「だ、大丈夫……私が一緒にいるから……」
「うぇぇぇぇ……」
残された山崎は苺に寄り添い、慰めの言葉をかけることしかできなかった。
*
「……最低だな、あいつ」
「……最低っすね」
その一部始終を見ていたサヤとライトは言葉を失う。まさか、本当に女性を二人置いて、男性のみで出発してしまうとは……酷いとしか言い様がない。
「で、先輩どうするんすか。二人を孤立させることには成功しましたけど」
「いや……さすがにあれは手出せないでしょ。私もそこまで鬼じゃないよ」
「ですよねぇ……」
いくらサヤでも、あの二人にこれ以上の恐怖を与えるつもりはないらしい。加害者の立場であるにも関わらず、ライトはどこか安堵してしまった。
「っていうことは……男組の方を襲うってことっすね」
「うん。その分、あいつらにはたっぷりと恐怖を味わってもらおうか。ちょっと早いけど、オーブちゃんに連絡しとこっと」
念波を使い、サヤはオーブに指示を送る。
「もしもし~? オーブちゃん? 聞こえたら、ラップ音で返事して」
パンッ
「よしよし、じゃ、とりあえず、ジワジワ追い詰めるって感じでよろしく~」
「まだ襲わないんすね」
「ん、今回は長丁場だしね。まずはたっぷり怖がってもらわないと。最初は一日かけて精神攻撃。んで、どんどん失踪者を増やしていって、最後はどかーんと派手にやろうか」
「何か、手慣れてますね。俺が来る前も、ああいう連中が来たことってあるんすか?」
「二、三回はね。まあ、ああいう本格的な機材を持ってるやつらは初めてだよ。最近はホラー系の動画投稿者が多いかな」
「あー……最近流行ってますもんねぇ」
動画投稿者。成程、その手の職業も病院に訪れるのか。確かに、今の流行はそちらの方だろう。心霊スポットを専門にした投稿者の動画はライトも視聴したことがある。最近のホラー映画でも、彼らは特に犠牲者としてピックアップされやすい。
それも当然だろう。自主的にやってきて、再生数に目が眩み、好き勝手に無礼を働く守銭奴。ここまで生け贄として都合のいい存在も中々ない。その点では――あのディレクターの服部という男は最適の人材と言える。あの傍若無人の男が恐怖の臨界点に達した時、彼はどんな表情と反応をするだろうか。二人はその瞬間が待ち遠しく感じていた。
*
パンッ
「な、なんだ⁉ 今の音……」
「ラ、ラップ音ってやつですかね」
突如聞こえた不可解な音に、服部は肩を震わせる。
「の野郎~……調子に乗りやがって……」
お返しと言わんばかりに、服部は壁を蹴る。
「おい! 聞こえてるか! クソ幽霊‼ 俺はこんなんでビビんねえからな‼‼ もっと派手な一発来いよォ‼‼‼」
「こ、これ……あんまり霊を刺激するんじゃない……」
声を荒げる服部に対して、なぜか金閣が宥める役になってしまった。それほどまでに、彼の行為は異常ということだろう。
「古畑。カメラのバッテリーはどんだけ持つんだ?」
「バッテリーですか? こういう場所では何が起こるか分からないですし、予備は結構持ってきてますよ。何も不具合が起こらなければ、数日は持つと思います」
「よし、そんだけ持てば十分だな。ここからはずっと回しとけよ。何が起こるか分かんねえからな」
「は、はい」
本当に、この服部という男は取れ高のことしか頭にないらしい。ディレクターとしては尊敬できる部分はあるのだが、人間としては落第点もいいところだと思いながら、大人しく古畑はその指示に従った。
「で、先生。結界の弱い部分ってのはどこにあるんだ?」
その服部の言葉に、ぎくりと、金閣は肩をすくめる。
「そ、そうだな。うむ……風水から見て、西、の方角だろう」
「西か。ちょうど俺、コンパス持ってきてんだよ。これで、どっちに行けばいいか分かるな」
そう言うと、服部は方位磁石を懐から取り出した。しかし、磁石の針は――ぐるぐると狂ったかのように高速で回っており、とてもではないが、役目を果たしそうにない。
「なんだこれ……幽霊のホットスポットってやつか」
「これじゃあ、方角は分かりませんね……」
「はっ、おもしれえ。いいじゃねえか。なら、一部屋ずつ総当たりで調べてやろうじゃねえか」
服部が乗り気な一方で、金閣はその狂い回る方位磁石を見て、全身を震わせていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます