電子と魔法の古代遺物《アーティファクト》

杉ノ楓

1章

第1話 アイドルが降って来た日

 空から人が降って来た。

 それも、とびっきりの美少女が。



 陽光にキラキラと輝く、金色のツインテールをふわりと揺らし、俺ん家のベランダに緩やかに着地する。


「あんた、ちょっと匿なさい」


 他人にものを頼む態度とは思えない、傲慢な口調でそう言い放った彼女は、俺の答えを聞く前にズカズカと部屋に中に入って来た。


「ちょっと、飲み物は!」

「あ、はい」

「お菓子くらい出せないの!」

「あ、ただいま」

「マッサージして!あたし、疲れてるの。もちろん変なとこ触ったら殺すわよ」

「はいはい………………て、ちょっと待てえぇ!!!!」


 随分と流されてしまったが、色々とおかしい。一旦状況を整理しよう。


 まず、空から人が降って来た。

 これはまあ、普通だ。この魔法使い蔓延るサイバーシティ《電影都市でんえいとし》に住んでいて、この程度で驚いていては生きていけない。


 次に、既に自分の家かのように寛ぎ、王様気分で命令しているこの女。彼女の名前を、俺は知っている。ちょっとした有名人、いわゆるアイドルというやつだ。

 少人数アイドルグループ《ヴィクトリア・シンフォニー》のお騒がせメンバー、『リビア・セスティア・マルケッラ』。


 歯に衣着せぬ物言いで、言いたいことはなんでもズバズバと言い放ち、度々炎上。

 事務所は日本語が上手くわかっていないという言い訳を使っていたが、本人が勉強してペラペラだと発言したことにより、事務所までとばっちりを受けたという珍事件をよく覚えている。


「お前、ヴィクトリア・シンフォニーのリビアか?」

「あら、知ってたの」

「まあ…… (悪い意味で)有名だしな」

「そう。サインなら後でね。とりあえず、1時間休ませて貰うから。昨日から寝てないの」

「え?あ……おいっ!」


 言いたいことだけ言うと、リビアは俺のベッドに横たわり、すぐに寝息を立てた。


「…………なんなんだよ」


 匿ってとか、そのくせ何も説明せず寝るとか、もう意味がわからない。


 無理やりにでも叩き起こして説明させてやる! と意気込みタオルケットをめくろうと手をかけたが、健やかに眠るリビアの顔が目に入った。


 長い睫毛が頬に影を落とし、ふっくらとした唇は、夢を見ているかのようにほんのりと開いている。肌は白く、まるで陶器のような滑らかさ。制服の襟元が少しずれていて、無防備な姿がより一層魅力を引き立てていた。


「…………くっっっそ可愛いじゃねえか」


 流石はアイドル。彼女もいない、ただの男子高校生の俺には刺激が強すぎる。

 文句を言いたい気持ちも、すっかり消えてしまった。


 まさか自宅の中でこんな手持ち無沙汰になるとは……


 今日は、八月三日。

 学生である俺は、絶賛夏休み真っ只中。


 そもそもベランダにいたのも、涼しさを求めて風を浴びていたからだ。


 一年とちょっと前、親の反対を押し切り半ば強引に電影都市に来たくせに、未だ《電子魔法デジタルマジック》に目覚めていない俺の小遣いはめちゃくちゃ少ない。電気代一つにしても、節約しなければいけないほどに。


 テレビは……音がうるさいかも。ネットサーフィンでもするか。


 特に調べたい事もなく、ただネットニュースを眺める。だが、意識は妙に浮ついていて、気づくと視線はリビアを捉えていた。


 あー、もうっ!駄目だ駄目だ!

 ってかなんでこんな奴に気を使ってんだよ、俺は。


 何がテレビの音がうるさいかも、だ。他人の家に勝手に入って来て、勝手に寝た奴に気を使う必要なんてあるか!そもそも不用心すぎるんだよ。襲われても文句言えねえぞ。


 とまあ、ひとしきり心の中で鬱憤を発散するも行動には移さない。この俺——志氣直哉しきなおやという人間は、限りなく凡人なのだ。そんな度胸は、体中のどこを探しても存在しない。


 気を紛らわす為、自分の部屋なのにウロウロとしていると、ふと黒いギターケースが目に留まった。


 これは……俺のじゃない。リビアの持ち物か。


 本人のインパクトが強くて持ち物にまで目がいかなかった。リビアってギター弾くんだな。


 ——どんなギターなんだろう?


 俺自身、ギターを弾く訳でもない。音楽にも特に興味はない。普通なら、スルーしていた筈だ。それなのに、一見普通に見えたこのギターケースの中身が妙に気になって、気づいた時にはチェックを開けていた。


「え?これは……」


 中身はギターではなく、古びた骨董品(?)の様な物だった。


 縦長の剣の鞘みたいな形だ。焦茶色のサビと緑の苔がその品物の歴史を感じさせる。

 どう見ても汚い。なのに不思議と神聖さすら感じさせる。


(ちょっと触ってみよう)


 取り憑かれた様に、鞘に手が伸びる。

 その時だ。ガタッとベッドの方から音が聞こえると同時、血相を変えたリビアが俺の右手を掴んだ。


「ばか。正気に戻りなさい」


 ギュッと握られた痛みで、我に返る。

 意識はあった。体も動いた。なのに、頭の中がふわふわしていて、何かに操られていた。そんな感覚だった。


「あたしの不注意だったわ。今見たモノは忘れて。いいわね」

「あ、ああ」


 有無を言わせぬ物言いに、俺は何も言えずにただ肯定する。

 返事を聞いたリビアは一つ息を吐くと、ケースに向かいそれを背負おうとした——が、チェックが開いていたせいで中身が飛び出し、俺の手元にそれは落ちて来る。


「え?」


 ただ、拾おうとしただけだった。

 意識もちゃんとあったし、キャッチして返そう。そう思って掴みかけたそれは、俺の両手をすり抜けて、吸い込まれる様に体の中に消えてしまった。

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