最後の死者

 江口先輩が閉じこもったと言われたドアは、重くてなかなか開かなかった。

 どうにか押し開けると、そのドアノブには彼の巨体がぶら下がっていた。

 江口先輩は、り合わせた上着を首にかけ、反対側をドアノブに引っかけて――上体を半端な高さに浮かばせて。

 僕の叫びで数名がそこへ走ってきたが、先輩がぶら下がっているのを遠目に見て毒島さんは顔をしかめ、阿部さんは肩を落とし二人とも戻って行った。

 千束さんと僕が救命を試みるため、彼の巨体をどうにかドアノブから離す。

 江口先輩を二人がかりで横たえると、僕らの間に「退いてろ」と、秦さんがずんぐりとした肩を割り込ませた。

 ぶつかったとき、秦さんは不摂生のためか痩せて見えるが上体はかなりがっちりしているのがわかった。身長こそ阿部さんと悠遠さんの間くらいだが、骨格、特に奥行きがあるのだ。

 彼はその場に背中を丸めて、手際よく脈と瞳孔を確認し、「心臓マッサージしてやれ。できるか?」と僕と千束さんを見た。

 千束さんは酷く疲れた顔で「ええ?」と厭そうにしたけれど――秦さんは左手で右の袖を捲り上げて見せる。肘から先がなかった。

 少しの間、千束さんが心臓マッサージを試みる。全体重を乗せて、江口先輩の胸元に重ねた両掌を打ち込み続けた。

 それを何度か繰り返したとき、衝撃からか、ポロリと――。

 先輩のポケットから、銀色に輝く金属のが、零れ落ちた。チャリンと音を立てて転がるそれを、僕は目の端に捉えていた。

 やがて千束さんが首を振る。救命措置は手遅れのようだった。

 ぐったりと伸びた手足、だらしない口元。小ぶりの鍵――鍵?

 それは今、先輩のポケットから零れ落ちたものだ。彼の家か、車の鍵だろうか。ここで

 再度脈と瞳孔を確認した秦さんも、「残念だが手遅れだ。時計は?」と力なく首を振る。僕が差し出したスマホの時刻を老眼鏡越しに確認し、彼は溜息を吐く。


「現在時刻――15:55だ。得意のスマホにでもメモっといてくれ。――どいつもこいつも、おれより先に死にやがって」


 先輩はまだ温かかったし、生きているときと大差なく見えた。


「首吊り――自殺ですか?」


「そんなことはすぐにはわからん。遺書でもなきゃあよ――だが真っ先に避難したこいつが自殺なんかするかね? まぁ、死に方は選びたいって気持ちはわからんでもないが、おれなら上で派手に死ぬほうを選ぶ」


「遺書ってのはこれかい?」


 千束さんは、拾い上げた江口先輩の大きなゲーミングスマホをこちらへ向ける。


「――彼の指紋認証で解除できたよ。解除するなり、いきなり画面にこのテキストが」


 彼はそのままスクロールさせようと画面を触ったが何も反応はなく、画面のバックライトが暗くなった。


```

〝あの前室のロックは僕が作った不良品で僕にだけは操作できました。奥のロックも、業界人なら誰でも操作できるんです。申し訳ございませんでした〟

```


 僕が代わりにスクロールしても、編集中のメモアプリに書き殴られたこの短い文字列はそれで終わりで、続きも前振りも何もなかった。


「これって……先輩が犯――いえ、まさかそんな! あり得ない!」


 指紋認証だ。こんなものいくらでも捏造できる。

 それに彼には最初の殺人時点でのアリバイがあり、証言者は僕なのだ。

 ――もしネットの障害発生時刻を偽装させることができたら?

 いや、それは志木君が否定して見せたように、無理があるじゃないか。

 でももし、先輩にTFAを乗っ取ることができたら、TFAを使ってネットを破壊することも――?

 指定した時刻にネットを破壊するようにTFAに指示できたら――いや、真鍋さん曰くTFAは『現在の正確な時刻すら』わからなかった――いやいや、TFAにわからなくとも、TIFAにはわかったんじゃないか?

 もしくは、TIFAだけを先に破壊することで犯行時刻を誤認させることができたら――しかしこれも、無理があるという結論だったはずだ。

 或いは。

 或いは先輩が誤魔化すチートする必要があったのは、TFAや殺害時刻ではなく――。


「さっきの鍵はなんだ。見せてくれ」


 泰さんが、事務的に僕の思考に割り込んだ。言われるまま無言でその金属の鍵を拾い上げる。

 持ってみると、家や車の鍵にしては少しだけ小さく、簡易なように思う。大浴場のロッカーには金属のキーがあったけれど、あれは更に小さいので全然違う。


「持っていたのはこれとスマホだけ、か。この鍵は――唯一の物証ってとこだな」


 続けて先輩のポケットや遺体の周辺を改めて、千束さんはそう結論した。

 僕は現実感の希薄なまま、ラボに戻る。


「江口先輩は――手遅れでした。秦さんによれば自殺か他殺かわからないけれど、スマホに遺書が。先輩は、『自分ならロックを操作できた、ごめんなさい』って」


 彼のスマホの画面を撮影した写真を悠遠さんに見せる。

 悠遠さんはそれをちらりと横目で見たほか、微動だにしなかった。

 代わりに、即座にヒステリックな大声を上げたのは毒島さんだった。


「遺書ですって! そんなものいくらでも捏造できるでしょ! あんなに生き意地汚く逃げて、あいつが自殺なんかするわけない‼」


 それについては僕も同感だ。

 あの先輩が、自殺なんてするはずがないと思う。

「どうでしょうか」――と阿部さんはひとり、沈痛な表情で俯き、黙ってしまった。

 これはそう、奥村所長が殺されたときと同じ流れだ。阿部さんは、自殺するのに理由など要らないという立場なのだ。

 阿部さんはそう声高に主張したわけではなかったが、今と同じように疑問を呟いて、顔を伏せた。

 そんな彼女に毒島さんは何度も血走った視線を向け、突然こう宣言した。


「それにあたし、犯人を見たんだから!」


 それは聞き捨てならない言葉だった。もしそうなら、彼女は先輩が殺されたことを確信していることになる。

 彼女は先程まで彼らは死ぬべくして死んだと高を括っていたけれど、しかし先輩についてはどうやら例外のようで、かなりバランスを失っているのかも知れない。

「聞き捨てならんな」という千束さんの言葉に、毒島さんは不敵な、酷く攻撃的な笑顔を浮かべた。


「証拠もある! ほらこれ!」


 彼女が取り出した血のように赤黒いスマホに映る、一枚の写真。そこには、柱を背にしてぐったりと項垂れた先輩と、傍らに座り込む阿部さんの姿が写っていた。

「ここ見てよ」とズームすると、阿部さんが先輩のポケットに何かを入れようとしている。

 銀色の、小さな――。


「ほらこれ! この銀色の見てよ! 動かぬ証拠ってヤツ!」


 毒島さんは阿部さんをまっすぐに指差す。

 不審に満ちた視線が、阿部さんに集中する。


「そ、そんな、違います! 私――」


 彼女は飛び退いて、そのまま壁に背中をぶつける。

「動くな!」と千束さんが命じ、彼女ははりつけのようにそのまま動かなくなった。


「これ――あの男が持っていた鍵かい」


「そう! それよ!」


「ち、違います! それは薬です! 怪我をして、痛いと言っていたから‼」


 限界を超えてズームしても、写真では渡している物をはっきり確認できない。しかし鍵と言えば――鍵だろう。

 毒島さんが勝ち誇った表情で悠遠さんへ向かう。


「鍵があったの。この子が持ってた。何の鍵かわかる? ここでこんな鍵――あのドアにしかなかった」


 TIFAが殺された、あの前室の廊下側ドアだ。

 二重密室のうち、外側を構成するあの密室。

 悠遠さんは遠巻きにこのやり取りを眺め、「鍵がでてきたのか」と呟く。僕は悠遠さんに、先輩のポケットから出てきた銀色の鍵を渡した。


「妙だね。密室と思えば急に方法ばかりが渋滞し始める――光堂さん、この地下にはあの階段上のハッチのような水平ドア以外に出入口はありますか」


「ないよ。シェルターになったらもうあのでっかい非常口から階段上がったところが唯一の出入り口。元からエレベータしかなかったけど、こうなると一階で停止して動かないしね」


 そしてその階段に入るには、今いるこのハブのような研究室ラボを通らなければならない。


「つまりこの地下から外と行き来するには、この部屋を通る必要があった――ありがとうございます。それじゃあ不動君、最後の捜査に行こう」


***


 僕はてっきり先輩の現場を調べるのだと思ったけれど、悠遠さんはラボをエレベータホール側のドアから出た。

 そのまま地下から外へ向かうのだ。

 ハッチを開け、高さ二メートルばかりの広く丸い窪みに出る。やはりここは縦坑のような搬入口の一番上だったのだそうだ。


「搬入口って、蓋を開けたらもっと井戸みたいにすとーんって底まで落ちるだけかと思ってましたが。この妙な空間って――何なんでしょうか。いつの間にこんな……」


「さぁ? ミサイル攻撃を受けた後、生存者の捜索のために開いたんだ。君以外は見つからなかったがね。この井戸は、フロアごとにこの床のようなシールドで区切られていた――ということだね」


 搬入口の入り口が上下二枚の鉄板でシールドされていて、閉じているときはそれぞれ天井と床にあたる。その間の空間の、天井だけが開放されているわけだ。

 足元に残る雪は、上部のシールドを開けたときに落ちたもの。


「このシールドは、中央から左右へ開く。そこの、内側のレバーで天井は開くが、床は開かない。そして開き始めるその場所には――丁度あの梯子がある。つまり作業員などの出入りを想定したものではあるね」


 僕らが向かうべき方向には、作り付けの鉄の梯子がある。

 さっきの光堂さんの証言通り、地下がシェルター化してしまえばもう地上にでる方法は今のルートを通ってここに出るしかない。本来の用途は想像するしかないとしても、ひとつ、シェルター化した地下から出るための踊り場としての機能はありそうだ。

 真鍋さんの話では搬入口を開くことはできないはずだったが、この空間からならばレバーを操作して上部シールドのみ開くことができた。上のみなのは、単に下を開けることには転落の恐れがあるからだろう。


「事件に関係ありますか」


「望み薄だね。開けたときはサイレンが鳴り響いて、上の警告灯が回転したよ。こっそり出入りするにはまったく不向きと言える。内田さんの話じゃ、警告灯が回ると警備棟にも連動して開いたのがわかるのだそうだ。勿論、新入りの彼は一度もそれを見たことがないというがね。さっきにしたところで、それを確かめられたわけではなかったし」


 開けたとき、内田さんも避難してここにいたのだから警備棟の様子は確かめようがなかった。

 しかも研究棟の基礎が陥没するほどの直撃を受けてしまっては、設備に何らかの不具合――あけすけに言えば警備棟間の断線――が起きてしまっていてもおかしくはない。

 でも。


「人ひとりが通るだけなら、ちょっとした隙間ぶん開ければよかったはずです。それなら警告も短かくって、気付かれない可能性に犯人が賭けたとか――」


「そもそもこの空間に至るには、さっきの地下エレベータホールの大きな鉄扉か、研究棟の避難通路を通る必要がある。どちらも封鎖されていて、鍵があっても開かなかった」


 僕が考えるようなことは検討済みということか。

 梯子へ向かおうとする悠遠さんを、僕は呼び止める。

 彼女がとても考えないようなバカな考えならどうだろうか? と思ったのだ。


「密室について考えたんですが――この研究所に、複数のスマホを持ち込むことはできませんでした。けれど、もし一台のスマホに重ねてやれば、二台目も持ち込めたんじゃないでしょうか」


「X線検査だけは誤魔化せるかもね。しかしその場合、ジオフェンスはどうするんだい?」


 雪の中で藻掻いているとき――あるアイデアに辿り着いた。

 それは、あの人には密室を作れたのではないかというものだ。

 それは即ち、犯人はあの人だと糾弾するに等しいだろう。

 そんなことをしていいのか。

 それは本当に正しい行いか。


「いえ――例えばその、スマホのガワだけならジオフェンスも反応しなかったかも知れないじゃないですか。樹脂製のガワだけなら誰にだって持ち込めたかも」


「そのアイデアは既に検討したように思うが。それを所長室に置いて私達に見せれば、密室のように見せかけることができる――と、そう言いたいのだよね。偽装に使える二台目があれば自分の部屋も施錠できただろうが、一台目を持ち込んでいない秦先生だけは二台目を持ち込むことすら難しかった。しかしもしそれが問題にならなかったなら――と?」


「はい」と僕は答える。

 まさにそこだ。


「秦さんは使えるスマホを一台も持ち込まなかったけれど、代替機を借りました。自分の部屋も施錠できたはずなんです。――」


「なるほど」と、悠遠さんは僕の言葉を遮った。

 このときの彼女は、まったく感情の読めない無表情をしていた。


「今の話は聞かなかったことにしたい。極端に言えば鉛版で囲ってしまえば何であれセンサーには判別できないだろうさ。だがそうやって空港の検査を誤魔化そうと思うかい。持ち込みが禁じられた物は多岐にわたる。正体のわからない物体はその場で調べられたろう。そのリスクを天秤にかけてあの密室を作る動機が犯人にあったという、に思うが――その話なら聞こうか」


 合理性なんてとても説明できない。

 僕はしどろもどろになって、「いえ、ガワだけなら見つかっても何とか言い逃れできるんじゃないかと」と不明瞭な反論を試みる。


「しかし私が現場で起動したスマホは、少なくともガワだけなんてことはなかった――そうだろう? あれでジオフェンスを誤魔化せたとは思えない。事実、メインエントランスをパスした内田さんも施設内でジオフェンスに引っかかり、警報を鳴らしていたじゃないか。君が本当に言いたいことは何だい。何か新事実に気付いた?」


「い、いいえ――」


「君の考え通りなら、真鍋さんの事件は、ことになるよ。もう一度ちゃんと考えたまえ」


「――え?」


 彼女は、僕を置いてさっさと歩きだしていた。

 僕はその後を追い、作り付けの鉄の梯子を上って、用途不詳の窪みから地上にでる。

 燃えさしが芽吹き、黒煙咲き乱れる荒野。残る壁、地面を埋める瓦礫は白樺のよう。建物付近の雪は大部分が吹き飛び、け、所々には青紫色の小さな花が顔をのぞかせていた。

 西の山脈に落ちてゆく太陽。日暮れまで、幸いまだ少しの猶予がありそうだ。


菖蒲しょうぶ――俗にはアヤメとも呼ばれて、分類上はともかく古来より同一視されることが多いね」


「はぁ」


「君は、花には明るくないのかい。実は私も、花としてのアヤメは知らない。専ら私達が見るのは、統計――機械知性のテストに使うアヤメの分布データだよ。英名・アイリス」


 アイリス。


「所長の、亡きご息女の名と同じだね。所長がこの場所に研究所を作ったのは、偶然や、電力上の利点だけではなかったように私は思う」


「と、言いますと?」


「密室どころではなかったんだよ。この研究所自体が――あった、あの辺りだ」


 彼女は、瓦礫の中を指さした。

 爆撃を受けて散り散りになった壁。

 悠遠さんは「手分けしよう。前室のドアを探してほしい」と、捜索を始める。

 僕は足元を見た。管理棟が一階建てであったことも幸いしたものか、瓦礫にすっかり埋もれることもなく、その扉はあった。周りの壁からは離れて、扉だけが半分ほど瓦礫から姿を覗かせている。焼け焦げたTIFAの残骸も散乱していて、僕は目を背け、悠遠さんを呼んだ。

 彼女はやや遠く、非常口のあったあたりから、瓦礫を避けながらこちらへ歩いてきた。


「確かに、これはあの前室の、廊下側の扉だ。不動君、鍵を」


 二重密室の外側。

 僕は、彼女に鍵を渡す。彼女はその鍵をドアノブのシリンダーに差し込んで回すと、確かにロック機構が動いて施錠も開錠もできた。


「なるほど。確かにこの鍵はこのドアのものだった。しかし動いてよかった――内扉ほどではないにしても、頑丈なドアだね」


 あの金属の鍵――それが意味するところを、僕はまだ知らなかった。


***


 僕らは再び地下へ戻る。

 すると窪みに降りる梯子の上で、内田さんが心配そうに僕らを見守っていた。聞けば今度は千束さんと光堂さんが揉めているのだという。

 悠遠さんは困った顔で頷き、そして防犯カメラの件を尋ねた。


「あっ、はい、依頼された事件当日、5/10 0:00から22:30までの、正面入り口の映像を中心に再確認して、不審な出入りがないことは確認しました。朝8:30にケータリングの業者……あ、これは歓迎会のためで、その業者が来ましたが、あとは12:12に真鍋さんとアンバサダーの皆さん八人が到着しただけです。翌午前1:30頃の志木さんまで、どなたの出入りもありませんでした。警備棟、宿泊棟3FテラスとDC棟入り口の映像にも異常なしです。それから、再確認しましたが火災報知器が作動した時刻、僕が警報を止めるまでの間、非常口を通った人はいませんでした。できれば事件前後も自分で再チェックしたかったんですが、あの爆撃で――」


 内田さんの報告を満足気に聞いていた悠遠さんは、最後のところで怪訝そうにした。


「映像に、何か『自分で再チェック』すべき点があったのですか?」


「いえそれが――カメラのいくつかは真鍋さんと手分けしてしまっていたもので……。真鍋さんがあんなことになってしまって、自分でも確認したほうがいいかな、と」


「それが非常口のものだったと?」


「え、ええ。自分も横にはいたのですが、主には真鍋さんが確認されました。映像の閲覧権限は本来自分だけなんですが、何か手伝いたいと仰るので、自分がいくつか選んでお願いしたんです。熱心に確認されて異常なし、誰も映っていないとのことでした」


 ――非常口の映像は、真鍋さんしか確認していない?


「まぁ、充分です。屋内に入れる出入口は、正面玄関、管理棟の非常口、それから宿泊棟の非常口、だけですね?」


「はい。しかし宿泊棟の非常口は常時締め切りです。宿泊者はいないことのほうが多いので、緊急時以外は鍵も反応しません。あと管理棟の非常口ですが、外から入るときだけはスマートロックの開錠が必要です。こちらはいつでもどなたの鍵でも開きます。搬入口シャフトへの出入りも封鎖されていてJアラートでしか開きません。地下のエレベータホールのドアと同じですね――ってそれはさっきも言いましたっけ」


「なるほどね。真鍋さんの説明に、何一つ嘘や間違いはなかったと。やはりゲーデルが来ているかどうかなど関係がなかった。完全に無視して良いだ」


 ゲーデルは――いない?


「来てないと、わかるんですか?」


 悠遠さん僕の問いには答えず、内田さんに向き直る。


「では最後にことをお伺いしますが、事件のあった夜、?」


「い、いいえ。どなたの居室も、自分は見ていません。見たとすれば皆さんを呼びに行った真鍋さんです」


 探偵・悠遠さんは顎に手を当てて考え、そしてポケットから電子タバコを取り出す。


「済まないが、一服したい。不動君、助手の君に最後の頼みだ。彼らを呼んでくれないか。全員を一か所に集めて欲しい。希望を言えばそうだな――いや、さっきのラボでいい」


 探偵のその言葉には、異様な重みがあった。

 瞳に輝きはない。鈍く、夕陽を反射するのみ。

 彼女が行き着いた真実は、きっと彼女にとって愉快なものではないのだろう。

 真実。

 真実とは、どこからどこまでの。

 二重密室。

 TIFAと所長の死。

 凶器の謎。

 不可解なネット障害。

 解読不能のメッセージ。

 秘密。

 動機。

 九人目のアンバサダー。

 真鍋さんの襲撃。

 先輩の死。

 ミサイル。

 ――謎だらけのこの事件に、彼女は何らかの真実を見つけたのだろうか。


「全ての鍵は出揃った、というところだろう。奥村・TIFA二重密室殺人事件、真鍋塔子殺人事件、江口開司殺人事件の――〝解決編〟を始めようか」

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