Hの定理
1993年。彼は中学三年生だったという。生まれは埼玉県の田舎町らしい。彼は中学の途中までそこで過ごした。
僕は彼を〝お爺さん〟の年齢だと思っていたけれど、まだ55歳だったことが軽く意外だった。うちの親と同じくらいだし、世の中的にも全然現役だ。
「おれんちは、前にも言ったが、親父の会社が潰れて以来天下御免の大貧乏でな」
町中大勢を募って高価な写植機を仕入れたのに、仕事がなくなってしまった。破産したばかりか町中から恨まれ、秦家の窮状は隣町まで知れていたのだそうだ。
それでも当時の秦少年は勉強には熱心で、遅くまで学校に残っていることもあった。
「替えの体操服を買ってもらえねえからずっと体育は見学してた。一足しかねえシューズがきつくて、年中足が痛くて、臭くて、走れもしなかったんだ」
事件はその体育の時間に起きた。
ところで昔は公立校でも給食費は有料だったらしい。それも振込とかではなく、現金で、生徒が専用の封筒に入れて学校まで持っていって納めたのだそうだ。
ひとりあたり三千七百円。
それがその日、それぞれのカバンの中からすっかり消えてしまった。
一か月の食費と思えば安いなと思うけれど、クラス全員分だと総額は18万余りになる。
これは結構な金額だ――それが体育の後にまとめて集金されるはずのところ、直前に盗まれてしまったわけだ。
通例、朝の学級会で集めることが殆ど。しかしこの日は一限目が体育であったため着替えと移動に時間がかかり、遅れると体育教師に迷惑がかかる。そこで、集金はクラス担任が授業を持っている二限目に行われる予定だった。
秦さんは体育に参加できず、彼はその日も見学していた。中三ともなれば見学者の殆どは女子だ。居場所なさから校庭を抜け出して校舎の裏手でしゃがんでいたそうだが――。
その間に、何者かが給食費を根こそぎ盗んでいた。
発覚して大騒ぎになった後、秦さんのアリバイを証言する者はいなかった。意図して人目を避けていたのだから当然だろう。
「――疑われたよ。途中で姿が見えなくなったヤツは他にいないんだそうだ。だがおれが金を? 考えたこともないとは言わんが、そもそも使い道がねえよ。おれが店に入ったら、縁起でもねえって店の方が閉めちまうんだから。誓っておれは盗っちゃいない」
千束さんが、あれこれ考える顔をしながら尋ねる。
「使い道がなくたって……どうかなぁ。単に羨ましい、妬ましい、でも動機にはなるもの」
動機? ――動機か。
こう言っちゃなんだけれども、こういう単純な窃盗では動機なんて明らかだ。
〝お金が欲しかったから〟――それ以外の何があるっていうんだろう。
でも秦さんは昨日、お金が大好きだと言っていたように思う。そこを確認すると、彼は嗤った。
「ああ、そうだ。今はそうに決まってるだろ。だが中坊のおれに――三千、四千円ならいざしらず、18万となるとどうだ。腰が引けるどころか、抜けちまうところだ」
彼にとってはそれほど非現実的な金額だったのだそうだ。
釈然としない顔ぶれに対し、秦さんは続ける。
「途方もない大金だよ。だが矛盾するようだが、おれの人生を変えられるほどの金額でもねえってことも、何となく理解してた。だってそうだろ。『ひとりのカバンから袋を盗む』――これを四十回かそこら繰り返すだけでおれの貧乏がどうにかなるのか? 確かに普通の奴らは妬ましかった。学校に行きゃそういう奴らと毎日顔をあわせる。だが家に帰れば厭でも現実と向き合うことになるわけだ。この落差……小学校からずっと。中三にもなりゃ、その場の金でどうにかなるわけもないって、それくらいのこた腹を括ってたよ」
彼にとっては金塊のようでも、人生を変えられるほどじゃない。そこは全く同意できる。
必ずしも金額ではなく、行為そのものに実感がなかったわけだ。彼が背負う鬱積した貧困の不幸は、四十回の給食費泥棒くらいで
「18万で普通の親と家が買えるなら盗んだかもな。ん? これもP
「そういう場合は≣(同値)を使います。これだとどちらも真か、どちらも偽のときのみ成立しますので、P≣Qで『使い道がある≣盗む』としておけば、逆に『使い道がないから盗まない』も矛盾なく言えます」
フォローのつもりなのか、志木君が真顔でそう言った。
「ふふっ、なるほど。覚えておこう」
給食費は、生徒らがカバンに入れた袋から、現金のみ盗まれていた。
一方で彼が犯人だという証拠もなかった。教室の前を通った隣の組の担任もまた、別段怪しい人物を見なかったと話した。度々そのクラスでは盗難があり、その度に秦さんが怪しまれてきた。
結局、このときも秦さんが犯人と決めつけられ、かつてないほど壮絶なリンチの果てに彼は学校から逃げ出した。
逃げ帰った家にも教師が連絡しに来て、父に思い切り殴られた。
『18万からの金があるなら寄越せ』――と、父はそう迫ったのだそうだ。
子供には使い道のない大金でも、大人にとってはそうではなかったわけだ。
「知らねえよ。本当に、金なんか全然持ってねえ。それでもおれぁ殴られた。気が付いたら病院で、そのまま長野の親戚に引き取られたよ。まぁ、一時凌ぎにゃ却ってよかったのかもな。中学はその後一度も行かなかったのに、猛勉強して大検をとってぎりぎり、近場の医学部まで出させてもらえた。――まぁ、そんなわけだ」
いい話……と言ってもいいのだろうか。それが結果論であるにしても、だ。
僕は励ますような心持ちで、笑顔を作る。
「すごいじゃないですか! 医学部なんて! いや凄いですって! 僕なんか到底真似できませんよ!」
「凄かぁねえ、Fランだ」と彼は僕を軽く睨む。
それでも医学部ならすごいじゃないかとは、本気だ。心の底からそう思う。
しかし目の前の秦さんにしたところで、とても現状を肯定しているようにも思えなかった。これもおそらく本気。
彼の話はこれでは終わらないのだ。
「医者になったのは、そうすればあの頃おれを追い詰めた連中を見返してやれる――そうしてようやくおれはあいつらと同じ人間になれる――そう思ったからだ。先生、先生と呼ばれて、奴らが生きるも死ぬもおれ次第だ。それくらいになれりゃまずまずだったろ。だがおれは聖人でも悪人でもなんでもなかった」
秦さんは言葉を切って遠くを見る。
僕らを見透かすように、この背後を。
「――ただの人間だった。誰も彼も憎かったし、おれと同じ、不幸な人間としか見れなかった。病人を見ても『こいつはあの町の出じゃないか』って、そんな風に考えちまう。それじゃ上手くいかん。難しいもんだな」
医者といえば成功者だ。でも成功したからコンプレックスが消えるとは、やはり簡単にはいかないのだろう。
「騙しだましやってたが、六~七年前、世の中がキナ臭くなった頃、患者が皆愚痴っぽくなってきた。こっちにゃ守秘義務があるからな、奴らは一方的に何でも喋ったよ。持てる者、持たざる者――そんなのがハッキリ見えるわけだ。すると自分が何者か、患者は何者か、誤魔化しきれなくなった。だからおれは逃げた。町から、できるだけ遠くに。行きついたのが『不屈の医師団』。ボランティアといえば聞こえはいいが、前線の使い捨ての医者だよ。撤退命令が下って、船で逃げてる途中を狙われて、おれはこんな体になっちまった」
秦さんは、中身のない右袖をさすった。
貧困に喘ぐ中学生は、傷ついて医者になったが――成功も彼を癒やしはしなかった。何かを欠いたままボランティアとして戦場に赴き、身体の欠損として現実のものとなった――と、そういう話か。
どうにもならない話だ。彼が話したがらなかったのも頷ける。
〝秘密〟には、こうした話も含まれる。何もやましいから隠すばかりじゃない。
彼がこの体験を秘密にし続けることで殺人犯であると疑われてしまうのを、悠遠さんは憂慮していたわけだ。
その悠遠さんはふと顔を上げ、尋ねた。
「給食費は袋に入っていたのですね? しかし現金のみ盗まれ――袋は残されていた?」
そうだ、と秦さんが頷く。
千束さんも「そりゃ、袋の始末が面倒だったんだろうな」と頷く。
悠遠さんは表情を凍らせて――「なるほど」とだけ答えた。
すると秦さんは微かに微笑んで、こう言う。
「――こちらの探偵さんにも、犯人の見当がついたってわけだ。楽勝ってわけかい」
「いえ、これだけの情報で特定は不可能ですよ。むしろ容疑者が増えたとすら言えるでしょう。しかしまず第一に疑うべきは――」
「で、結局The Final Answerには何を尋ねたんですか?」
志木君が、そんなの興味ないとばかりにずけずけと訊く。
そりゃTFAの開発者からしたら取るに足らない謎なのかも知れないけれど――この子、怖いもの知らずだな……。
「〝質問〟ってことだな。わかるだろ。『おれは盗人じゃない。おれの人生を狂わせた、本当の給食費泥棒は誰か』と尋ねたんだよ。もう四十年も前の、事件とも言えねえような事件だ。そんなもんわかる道理はねぇと、そう思った。ところがあれはどうしたわけか、乗ってきたんだ――」
The Final Answerは当年代に該当候補はあるが、特定には情報不足であると示した。
秦さんの学歴は、大検取得までの記録が途切れている。彼はおそらく内々に親戚に引き取られたため、居住地からも出身中学を推定できなかった。
「おれは中学の名前を入れた。そんな中学はもうとっくに廃校になっていたが――そしたら」
```
The Final Answer: 吉田晃・元教諭
```
「吉田という、おれの担任だ。奴が犯人だったんだ。奴は体育教師じゃないから、体育が始まるとせっせとカバンから金を抜いてまわった。考えてみりゃ明白だ。担任なら教室にいても疑われない。逆に集金後じゃ丸わかりだ。集める前に根こそぎかっ
二限目には集金される。教諭にとって、体育が唯一にして最大のチャンスだった。
そして給食費袋だ。
給食費は学校の管理物であり、これ自体がなくなれば面倒のレベルが変わってしまう。
袋がなくなって困るのは、担任の吉田晃だけ――まず疑うべきは、その人だったのだ。
「教師が――そんなことを……?」
どこか遠い世界の出来事のように感じる。いや、遠い世界の出来事ではあるのだ。時間は戻らないのだから、今この瞬間にも遠ざかっている。
千束さんは「教師だっていろんなヤツがいるだろ」と軽く言う。けれどその吉田という教師は良い教師、悪い教師といった範囲に上手く収まってくれず、僕の中で特異点として浮いていた。
「『スタンド・バイ・ミー』のクリスみたい……」と阿部さん。その名作映画のタイトルには覚えがあれど、僕が観た90秒版にはそんなエピソードはなかったような。クリスが誰かも――いや、そうでなくて――。
「というか、ほ、本当なんですか? 本当にそんな事件が解明できたんですか? だって秦さんの言う通り、大昔の小さな事件ですよ?」
「まったくだ。だからおれも、続けてそれを質問したんだ。どうやって知ったのかって」
The Final Answerが根拠として提示したのは、1998年に統廃合された彼の中学校で、ワープロの外部メディアに残されていた職員会議の記録などだった。
「どうも教頭が、校内で起きた窃盗、傷害を律儀にまとめてたようなんだ。統廃合のときそれを削除というわけにもいかず、教育委員会に流したか、よく分りもせず学校のサーバーにアップロードした奴がいたんだろうな。当時のワープロはネットにも繋がったし」
データが出てくると生々しさが出てくる。
机の中を物色して。横に掛けたカバンを開けて。巾着の口を広げて。
記録上、盗まれたものはマンガ雑誌、小銭、ペンケース、財布、体操着、腕時計――。
「覚えてるよ。どれもこれも、おれが盗んだことにされたものだ。おれが? 腕時計を? 馬鹿げてる」
そんなデータがごく最近まで残っていたとは信じ難いけれど、ネットの情報を根こそぎ消すことは難しいのだろう。
TFAがグラフで示したその記録によれば、窃盗の件数はある時期から増えていった。校内の事件は公にならなかったにも関わらず、事件は定期的に、一件あたりの被害金額は単調増加を続け――。
「明らかに同一犯だ。おれにだってわかる」
頭の中の教室で、想像上の吉田教諭がこちらを振り返り、目が合うとその姿はパッと消えた。
被害は、ある時期にぷつりと止んだのだそうだ。
「それが止んだのが、吉田が異動になった年だ。勿論、教頭は吉田の仕業でしたなんて書いちゃいないが――おれは確信したね」
「でもそれだけじゃ」
「それだけじゃない。それから十年も過ぎた頃、吉田は供託金の横領で逮捕された。生活費のために盗みを始めて、スリルが忘れられなくなったんだとよ。TFAとやらは、そこまで調べ上げておれに犯人を教えた。状況証拠は充分だろ? まぁ、金がない苦しみならわかるが、同じ空腹でも奴とおれじゃ意味が違う。だからおれからすりゃ――あのファイナルなんちゃらーは神様だ。医療の現場でも、戦場でも会えなかった神様に、おれはこ汚い町営住宅の、古めかしいPCの上で出会った」
『壁の崩れる音』だ。
秦さんは、確かにそれを聞いた。そして、フィードバックのリンクをクリックし、問い合わせを書いた。
「『おれを知っているのか? おれのことをどこまで知っているんだ?』と。それだけだ」
多分彼は、最初からTFAの再開に反対などしていなかった。
だって説明会の質疑応答でも自分でそう言っていたじゃないか。『おれは別に、訴えてやるとか許さねえとか、そんな気はないんですよ。ただおれの情報は売ってない、家族もおらん、お役所をハッキングしたのでもないなら、どっから出てきたものだろうかなって、気になって気になって』――と。
秦さんに、奥村所長を殺す動機などないのだ。
「――事件記者としちゃ、真相を知ったあんたが満足したのか訊きたいねえ」
「馬鹿言うな。おれは吉田を殺そうと思って居場所も聞いた。だが奴はもうとっくに死んでた。言いたいこたわかるよ。確かに、貧乏人の
「ボランティアで、考えは変わった?」
「いいや。まぁ、元々死に場所を求めたようなもんだったしな――いくら何でもおれみたいな三流の勤務医が論文一本で採用されるなんておかしかった。あそこはな、21世紀とは信じ難い地獄で、おれは片腕を失った。それでとどめだ。おれの人生は、結局あのときの18万より安かったんだ。どうだい、この状況で隠すような話じゃなかったろ。……それで、こんな話からでも何か解るものかい」
悠遠さんは静かにお礼を述べてから、見解を示した。
「……ここで気になるのは、二点あります。今のお話は、その二点の解決としては充分なものではあるのですが」
そう言って悠遠さんはホワイトボード、〝秦さんの定理〟を示す。
```
Theorem tH(X): H → ¬culprit(H) -{ [Y]++X--[H] | X--[H] }.
```
「culprit……つまり〝犯人〟関数は、犯人かどうかを返す関数でしょう。ですがおそらく、これはここで奥村氏を殺した犯人ではない。盗難事件の犯人かどうか、でしょう。他でもculprit関数は使われていますが、全てが同じ事件についての犯人を示すのでしょうか? 志木さん」
「――イエ、同じ名前の関数でも、結果は違うことがあります。他の言語でもそうでしょう? 同じ名前でも問題ないのは、C++なんかと同じで……それぞれの命題が異なる型を持ち、命題によって呼び分けられるからです」
つまり〝文脈による〟ということだ。
同じに見えるculprit関数はここでは給食費盗難の犯人かどうか返すもので、与える命題によって事件そのものが異なる。こんなとんでもなく便利そうな関数でも、〝どの事件の犯人か〟解らなければ使いようがないじゃないか?
「関数の中身はわからないとして、TFAが秦先生を犯人でないと言ったのなら、この結果は当然¬によって真になるでしょう。ならば容疑者リストからHを抜いて、先頭にYを加えて返す」
「待て。Yは吉田か? それじゃおかしいだろ。吉田は死んだ。容疑者に入る意味がない」
先の議論では、リストXは容疑者リストなのだと考えられていた。
しかし、それから得られる結論Eggは、必ずしも犯人を意味しないのではないか、とも――。
「そうなのです。しかしそれでいうと、Oはおそらく被害者である奥村氏でしょうが、彼もリストXに入っている。それにまず、全然違う事件の犯人でないからといって、ここで秦先生がXから抜けるのはおかしい。この定理tHを通じて、TIFAは一体何を伝えようとしたのでしょうか……」
先の議論では、各関数の最後に現れる三項演算子による場合分けは、TFAに結論を出せなかった思考を表しているのかも知れない――といわれた。しかしどう場合分けすれば無関係なYが秦さんの代わりに容疑者Xのリストに加わる余地ができるのだろう?
そんなの、全く合理的じゃないじゃないか。
Xの扱いについてはおかしなことばかりだ。それは、もっと根本的なところで何か重大な見落としがあるのじゃないかと疑わせる。
もし悠遠さんが初見にここまで検討していたのなら、その慎重な姿勢も納得できたるというもの。彼女の言う『謎の塊』は伊達じゃない。
「いずれにせよ、Eggはやはりイースターエッグでしょう。卵の中身に拘っていては、このメッセージの本当の意味を見誤る……。本当の意味、実際に事件を目撃したTIFAの考えについてはまだわかりませんが、いずれにせよ、これでは答えを聞いてから無理矢理当てはめているようで、論理的ではありませんね。私達は旧世代AIと変わりない……」
「落ち込むなぁ」と志木君が溜息を吐く。光堂さんと鰐淵さんがそれを「仕方がないよ」と甲斐甲斐しく慰めていた。
「とはいえ秦先生のご協力で、命題Yはここにいるはずのない部外者を表すことがわかりました。そしてEggはイースターエッグに過ぎない疑いが強まりました」
「ま、役に立ったならいいが」と秦さんはまんざらでもなさそうな表情を浮かべた。初めて見る、彼の爽やかな笑顔だ。
「おれは全部話したぞ。探偵さんも、その助手も話した。次はいないのか? 懺悔をして、許しを請う者は?」
まるで白状した者から疑いから逃れられるとでも言わんばかりだ。
そこで堂山が、不快そうなしかめっ面を左右に振る。
「聞いてなかったのか、あんた。意味がねえって言ったんだよ。最初に俺が言ったろうが。こんなこと何の役にも立たねえって。ダイイングメッセージ? 怪しいもんだ。ここの学生の捏造かも知れん」
志木君は唖然としてあんぐりと大きな口を開けた。堂山の言葉は言いがかりだけれど、それを証明する方法もない。捏造でないにしろ、こじつけだと言われたら僕には反論できない。
何か一つでも、ここから未知の情報を得られれば信憑性が上がるのだけれど。
千束さんは、ムッとした表情で堂山に反論する。
「俺はそうは思わんね。第一、ここの研究者連中は誰も俺らの名前すら覚えてないよ」
悠遠さんは飽くまでクールだった。
「捏造ともそうでないとも証明する方法は現時点ではありません。今のところ私は、彼らに捏造などをする合理的な理由があるとも思いませんが――」
もし捜査を邪魔する目的で捏造などをしたのなら失策だ。
だってこのメッセージを見て、探偵はやる気になってしまったのだから。
彼女は、ホワイトボードを指差す。
「捏造かどうかは、堂山さんご自身にお尋ねした方が早そうです。ご覧のようにTheorem tCには、命題Dが登場します。千束さんの定理に堂山さんが現れる理由を、あなたはご存知なのではないでしょうか。昨夜は否定なさいましたが、やはりお二人はお知り合いなのですよね」
そうだ。千束さんの定理に堂山が登場する――それが二人の関係を示すものだ。
彼らは否定するかと思いきや、軽く手を広げて呆れたような顔をするだけだった。
「……今更隠そうとも思わねえよ。学部の頃たまたまサークルが同じだったってだけ。俺は団体職員、こいつは新聞屋。長いこと会ってもいなかったし」
「なるほど。ではお二人がThe Final Answerに尋ねたことは、学部四年間に関する質問、ということですね」
ははは、と千束さんが笑う。
「足元を掬われたなぁ、堂山。探偵さんの仰る通りだ。俺達は大学で――」
「やめろ!」と堂山は慌てて千束さんに掴みかかる。
「俺達は大学で人を殺した」
「えっ」と短い悲鳴を上げたのは僕と阿部さんだけ。
「ひ、人聞きの悪いことを! いいか、よく聞け勘違い野郎! 俺たちは誰も殺してなんかない! あれは、事故なんだ!」
Theorem tDには、どうしても目を引く関数が登場する――kill関数だ。
「いいよぉ? 聞こうじゃない」――千束さんは不敵に唇を歪める。
その場にいた全員が堂山を囲んでいた。
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