東国の勇者の場合6

「では、話の続きをしようか勇者殿。」

話の続き?ああ、さっきの軍に入れというやつか。さすがにそれは嫌だ。正直戦いたくない。それに、戦闘はずぶの素人だ。訓練したところで簡単に置いて行かれてしまうのが目に見えている。何とか切り抜ける方法はないものだろうか。

「もう一度お願いしよう。私の軍に入ってもらえないだろうか。無論、タダとは言わん。入ってくれれば貴族の地位と莫大な報酬を約束しよう。」

なるほど、物で釣ろうということか。意外とやってくることが古典的で単純だが一国の王となれば話は別だ。桁が違い過ぎる。あまりにも単純な交渉術だったとしても、物量で押せばなんとなってしまうということか。

 戦争がなくならない理由が分かった気がした。

「どうだろうか。この世界に来たばかりのお主には悪くない提案だと思うが。」

王は迷っている自分にダメ押しの一言を告げた。

確かに悪い話ではない。悪い話ではないのだがそれでは自分の行動が制限されてしまう。それならば、野に放たれてこの世界を見て回った方がましだし、むしろそうしたいくらいである。

 この王を見る限りそんなことを理解してもらえるだろうか。それに、先ほどの少年剣士だ。さっきまで突発的な行動を見るに、かなり王に心酔していると見える。こういったものが今、この部屋に何人いるだろうか。そのことを考えるととてもじゃないが簡単に断ることなどできたもんじゃない。

 さて、どう断るか。このまま黙っていてもらちが明かない。それに相手は勝利を確信して少し顔がほころんでいる。とりあえず何か話してみるか。

「確かに、そちらに関してはとてもうれしいお話です。ですが、先ほどもお伝えした通り私にはこの世界に来た時の記憶がありません。それは陛下も私と会話をしてお分かりいただけたかと思います。」

「確かに、お主の言動に、リニアの証言、疑う余地はなかろう。」

「ですから、今のままでは、入隊し一緒に戦ってくださる皆様に迷惑をお掛けしてしまいます。それは自分にとっても望んでいることではございません。」

「そうか。では勇者殿、お主はいったい何を望む。」

少し顔が曇ったか?だが、いろいろと察してくれたようだ。話が早くて助かる。やはりこういう立場の人間は交渉慣れしているのかもしれない。

 ここまで来たらあとは要求を言うだけである。

「私に入隊までの時間をください。」

「入隊まで期間を延ばしたいということか。」

「はい、さようでございます。」

「期間はどのくらい望む?」

「約半年ほどを。」

「半年!?なぜそんなにも望む。その間一体何をするのだ。」

始めて王が驚きの顔を見せた。これはチャンスかもしれない。

「私はこの世界を見て回りたいのです。」

「この世界をか?」

王を含め周りにいた人間が呆気にとられた。それも当然だ。入隊まで一か月も期間を設けてそれまで遊びまわりたいと言っているのと同義なのだから。

 さらに国王の直属の軍となれば王国の国民にとって大変名誉なことなのだろう。それをけって遊びたいという願い何というもの過去に事例なんてなかったはずだ。ここで畳みかけるしかない。ここから大演説を始めてやる。

「私はこの国、さらにはこの世界の事を学びたいのです。文化、風土、食、娯楽そして人。自分が元居た世界では触れることのできなかった数々の物に触れてみたいのです。そうすることで最低限この国のために戦うという覚悟が出来上がるそう考えているのです。

 それに、この国の軍の中だけでは感じ取ることができないものがたくさんあります。そういったものを別の世界から人間である私ならもしかしたら何か感じ取れるかもしれません。それが、今の私にできる一番のこの国と国王陛下にできる一番の貢献と思いまして誠に勝手ながらご提案させていただきました。」

大演説終了ののち深々と頭を下げた。

 堂々と自分のわがままをぶちまけてまくし立てた。最後にそれらしいことを付け加えてみたが王の意見に背きこれ程までにない名誉ある申し出を簡単に断った。その事実を憐れむかのように部屋は静まり返ると同時に不穏な空気が肌を突き刺した。

「ハハハハハハッ」

豪快な笑い声が部屋全体を包み込んだ。声の主は国王その人だった。

「面を上げよ、勇者殿。」

「はっ」

ゆっくり頭を上げるとそこにあったのは初めて見る国王の表情だった。

 こちらを見つめ少しにやつき、何かを企んでいる表情。この表情は自分もしたことがあるからわかる。まさに、


『面白いもの見つけた』


そういった表情だった。

「よかろう、好きにこの国を見て回るがよい。それまで今回の話は保留でよい。無論それまでの、衣食住はこちらで保証しよう。」

「ありがとうございます。」

それは自分の意見が無事受け入れられて、且つ命が助かった瞬間だった。

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