32 鷹城秀一 ――罠――







病室の中央にはカーテンが引かれていた。

患者の姿はカーテンの内側に見えなくなっている。

個室から出て扉を閉めた橿原が、廊下に座る警官にお辞儀をした。

「よろしくお願いします」

頷く警官を背に、橿原が廊下を歩き始める。

廊下をしばらく行き、壁に背をつけて待っていた関に声を掛けた。

「鷹城君の意識が戻れば、いろいろなことがはっきりする筈です」

関がそれに眉を寄せて、先に立って廊下を歩き始める。

関達が背にした病院の廊下の角から、花束を持った女性が歩き出していた。

警察官が座る場所から死角になる給湯室に女性が入り、花束を脇に置き、給湯室の濾過装置の蓋をあけ、手許に持った小瓶をあけたとき。

「そこまでです。あなたは、この同じ病棟にいる何人をその毒で同時に殺すつもりだったのですか?鷹城君を殺害し、己の犯罪を隠蔽する為だけに」

手を止めて振り向く女性の白い面に、橿原の呼び掛けを聞きながら関が動きを止める。

白い指先に握られる小さな瓶の傾き。

「関さん」

橿原の声に関が給湯室に入り、女性の動きを手首を掴みとめて押さえる。

「橿原さん」

橿原が慎重に近付き、手袋をした手で女性の手から瓶を取り上げ、蓋をしてビニール袋に入れる。

関が僅かに息を吐いた、そのとき。

 橿原を見つめて、高槻香奈が平板な声でくちにしていた。

「邪魔をするから、眠らせてあげようとおもったのに」

橿原が僅かに眉を寄せ、顔をしかめて厳しい視線で高槻香奈を見る。

「その為に、幾人を犠牲にしても構いませんか」

「だって、沢山いた方がさみしくないでしょう?」

平板な声にぞっとしたように腕を掴んだままの関が彼女を見る。

「――――…橿原さん」

廊下に車椅子を使って来ていた鷹城が警官に付き添われて辿り着いて。

凝然とその言葉に、関に捕らえられた白い美貌の女性を見あげていた。




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